第14話 後戻り
ずっと一緒にいたいと軽率に学校を捨てた。日常を投げ捨てた。母の手を振り切って岬まで走る。はっはっと息を切らしながら冷たい冬の中を駆け抜けた。昨晩から雪がちらついて、道路は薄く白んでいる。コートも何も着ずに身一つである。ざくざくと雪を踏み抜いて走った。 今日も彼女は初めて出会った時のように、人魚の下半身をとぐろに巻いて、豊かな髪の毛をふわりとさせていた。白く滑らかな肩を雪が薄く積もって滑り降ちる。夜空の星屑を散らしたような髪にも鰭にも雪が積もって、雪化粧を仕上げていた。彼女の周りに降る雪は、まるで彼女を引き立てる舞台の紙吹雪のようで、落ちる雪は彼女と彼女の周りだけスローモーションのようだ。一粒一粒が彼女を際立たせる。
雪の白さは寒さでほんのりと赤らんだ頬とほのかな唇をより艶っぽく演出していた。どこまでも儚くて、瞬きをしたら消えてしまうのではと思ってずっと目を開けていたい。彼女の睫毛にまで細かな雪が積もる。彼女が目を閉じる衝撃でぱさりと散った。夜空の美しさと蠱惑的なうつくしさが雪で隠され彩られ、見た者を引き込んだ。
自分はもう彼女なしに生きていけない。もう戻れない。嘘だ。本当は親には誤魔化して、学校には嘘をついて戻ればいい。休んだのは冬だけだ。受験もまだ先。日常に戻ることはできなくない。
それでも、後戻りできるという現実を見て見ぬふりをして、もう戻れない彼女といたい、彼女の側しか居場所がないと言い聞かせて彼女を見る。どうすればいいのだろうか。彼女と同じ存在になれば彼女といられるだろうか。
日常に別れを告げて、今日も彼女と鏡を見る。鏡の中で、鏡に写った彼女の目を見る。美しい黒い、底のない黒い瞳がゆっくり動いて私の目を見た。目が合った。鏡の中の世界で目が合った。もう離せない。現実は後戻りできても心はもう彼女の手を振り解けないところまで来ていた。
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