体内恋愛

太宰推さむ

「と、豊野くん?大丈夫?」

給食の時間に彼は味噌汁をこぼした。向かいの席に座っている彼女が来てハンカチをくれた。

「あーごめんありがとう。かかってない?そっち」

「うん。大丈夫だよ。火傷とかしてない?」

彼女ーー香坂麗奈。不思議なことに、彼女の性格は名前に全て集約されているような気がする。どこか遠くを見るような、寂寥を伴う目をしていて、どこか光に吸い込まれていくような、そういう雰囲気を纏う彼女に、彼はどういうわけか親近感を抱いていた。

「火傷は大丈夫。逆にあったかい。」

「ふふっ。めっちゃポジティブだね。」

麗奈が持っていた茶碗で口を隠して笑った。彼は恥ずかしくなって彼女から目を逸らした後、少し気まずさを感じて、逃げるように残っていたご飯に手をつけた。



なんか、言わなきゃ。

こういうとき、きまって何も思いつかないことが彼の胸をハンカチを絞り上げるようにしめつける。

そして、そこから絞り出されたものには、優しさが含まれていた。それこそ、絞るのをやめたらもう乾いてしまうような。

 給食の終わりを告げるチャイムに動かされ、食べ終わった生徒たちが下膳のために教室を出ていった。彼と麗奈はまだ食べている。

周りでがちゃがちゃと食器の音がする。人の声が混ざって、濤声のように音を飲み込んでいく。だが2人の間にはそんな荒波にも消せない音があるように感じられた。

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