第3話 モルトの友情

「あっはっはっは!」

「笑い事じゃねぇよ!」

「ごめんごめん。でも、ぷぷぷ……」

 翌日、いつものバーにて。

エリックから全ての顛末を聞き、笑みを堪えきれずにヤンガは吹き出した。マーガレットも涼しい顔でグラスを磨きながら話を聞いていると思いきや、口元の笑みを隠しきれていない。

 二人からすれば、王国直属の騎士団長が突然現れ、エリックとこそこそ会話をして突然去っていった、ということになる。

 真面目に心配していたからこそ、真相があまりにも珍妙で拍子抜けだったのだろう。

「それで、結局貴方の作ったポーションのせいなの?」

「成分を調べてみたんだが、中身はいわゆる惚れ薬になっていた。俺も何が何やら……」

「早い話が調合に失敗して惚れ薬を売っちゃって、騎士団長がエリックちゃんにメロメロってことね」

「いや、絶対に俺のせいじゃない。俺のせいじゃない……んだけど」

 昨日アルフレッドから受け取った瓶の中身を抽出してみると、成分が大きく変化していた。

 服用したものを魅了状態にする効果。いわゆる、媚薬だ。

 媚薬は調合が難しく、材料自体も手に入れるのが困難なものばかり。よほど腕の良い錬金術師でなければ、作るのは困難だ。

そんなものを、ポンコツ調合師であるエリックが作れるはずがない。すり替えられたと考える方が自然だろう。

つい最近、騎士団長になったアルフレッドが、他の者から嫉妬を買っていてもなんらおかしくはない。

エリックとしては、そう主張したい。

しかし、このままでは証拠がない。エリックが作ったポーションの瓶の中に媚薬が入っていて、それを飲んだ騎士団長が魅了状態でエリックを訪れたのは事実だ。

「で、どうするの?」

「今、必死こいて治療薬作ってるところだよ」

 魅了状態とは、そもそもかなり珍しい状態異常である。

 使用してくるのはサキュバスやインキュバス、いわゆる淫魔系の魔物しかいない。彼ら自体も最近ほとんど見かけないレアモンスターだ。

 だから、魅了状態を治す薬など、一般の調合師が作る機会はまずない。

 エリックも勿論、作った経験はなかった。父親の遺した書物を一晩中読み漁ったが、まだ手がかりをつかめていない。

「せっかく求婚されてるんだし、受けちゃえば?」

 マーガレットは真顔でそう言い放った。

「はぁ?!」

「騎士団なんて超エリート。団長なら、どうせお金は捨てるほど持ってるでしょ。奥さんになっちゃえば極貧生活ともおさらば。ウチのツケも払えるでしょ」

 ツケという単語に、エリックはギクリとした。待ち合わせがなく、何度かツケてもらっていることは確かに事実だ。

 一応、払う気はある。お金に余裕ができたら、すぐに払うつもりだ。

 お金に余裕ができれば。

「いや、まぁ、それもそうか……」

「アンタ何流されてるのよ。配偶者の意見も聞かずに先にマイホームを建てちゃうなんてロクな男じゃないわ!」  

 どんどん自信なさげになっていくエリックの肩をヤンガが強く叩いた。

 ムキムキの逞しい腕から繰り出された殴打によって、エリックの意識は飛びかけたが、その衝撃によって逆に目が冴えた。

「はー……どうしよう。明後日迎えに来るらしい」

「騎士団って意外と暇なのね」

「有給余ってるんじゃない?」

 ヤンガがぐい、とビールを飲み干した。

 そろそろお開きの時間だ。

「できることがあったら、何でも言ってね」

 ヤンガがエリックの肩を叩き、マーガレットも力強く頷いた。

 やはり、持つべきものは友。

 友情の尊さを噛み締め、エリックは目頭を熱くした。

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