元婚約者様へ、求刑させていただきます!!~転生したら即婚約破棄されたので、王子殿下に弟子入りして法の下で裁くことにしました~

雨愁軒経

1.婚約破棄って……私に言ってます?

「エクレシア。君に婚約破棄を申し渡す!」


 さらさらの金髪に透き通った碧眼の貴族風男性が、こちらへ指を突き付けてくる。


「……おおー」


 なんだか舞台の最前列や4Dの映画を見ているような気分で、私は小さく声を上げた。

 惜しむらくは手元に缶チューハイとおつまみがないことと、突然目の前で繰り広げられたせいでここまでのストーリーが微塵もわからないってこと。もしかして、これが始まりなのかもしれないけれど。


 まだぼーっとしている頭をフル回転させて昨夜のことを思い出そうとするけれど、憶えているのは先方からの不具合報告の電話と、ビル1Fのコンビニでエナドリを買い込んだことくらい。

 そこから多分……三日は経っているはず。うん、横になったらエナドリの揺り戻しでもどしてしまいそうだったから、デスクに突っ伏して交代制の仮眠を二度ほど取ったような?

 いわゆるプチ・デスマーチだ。職業柄、突発的な泊まり込み残業は稀によくある。


「おいっ、聞いているのか!?」


 金髪の殿方が眉間に皺を寄せていらっしゃる。

 妹が好きだと話していたミュージカル俳優に似ているような気がして、より迫力が増す。けれどこんなことを言おうものなら『似てない!』と怒られるんだろうなあ。話し相手の推しの名前は褒める時以外口にしてはならない。大事。


 ええと、それで……なんだっけ。ああそうだ。こんな夢を見られるくらいに熟睡できているということは、きっと残業地獄から解放されたってことなんだろうけど。

 正直、どうやって家に帰ったかも憶えていない。


「エクレシアっ!」


 つかつかと詰めてきた金髪の殿方が険しい顔で睨みつけてきたから、私は思わず周囲を見回した。

 けれど近くにいる人物といえば件の殿方と、彼の傍に寄り添って挑発的な視線を向けてくる優美な女性くらい。女子同士で向けられるイヤ~な視線は、もちろんこちらに向けられている。


「えっ、私っ?」


 てっきり明晰夢的な体験型アトラクションだと思っていたけれど、どうやら違うらしいことに気が付いた。

 途端に感覚が追いついてくる。着慣れないドレスの野暮ったいスカートの重さだとか、床に敷かれたレッド・カーペットに靴が沈み込む感覚だとか、壁掛けの花の薫香を掻き消してしまうような無粋な香水のケバさだとか。


 ――そして、決して私ではないはずなのに、何故かしっくり馴染んでいるこの体とか。


「他に誰がいるというんだ、エクレシア・フュルスティン」

「クロード様。きっとこの子は、現実を受け止めきれていないのよ」


 クロードと呼ばれた金髪貴族にしなを作って寄り掛かった淑女は、歪んだ口元を手扇で隠しながらこちらを嘲笑うように流し見てくる。

 もっとも状況が飲み込めていないのは事実だったので私がこくこくと頷いていると、クロードは「おお」と表情を綻ばせた。


「当たっていたようだ。さすがは美しく聡明なフィーネ。天は君に二物を与えたらしい」

「あら、勿体ないお言葉」


 フィーネはわざと胸をクロードの腕に押し付けるようにしている。あ、この人は嫌いなタイプだわ。


「(まあ? 一番悪いのはこんなことでほいほい誑かされるバカ男たちのせいですけど……だいたい今回の案件だって、社長がキャバクラ接待で良い気になって無茶な納期の開発を引き受けたのが原因だし……ああもう、飲まなきゃやってらんないわ)」


 ――あ。

 そこで私は思い出した。

 私はあの日、家には帰っていない。もうとにかく飲みたい気分で、同期の戦友と一緒にとりあえず行きつけの店からはしご酒をスタートして……それから。


「ならば改めて教えてやろう、エクレシア。私は君よりも、フィーネを選んだ。何故なら彼女の方が魅力的で、私の地位にも相応しいからだ」


 あ、ああ思い出した! 次の店に向かって歩いていたら、友達が怖い外国人にナンパされてて……追いかけられて……もうすぐ警察署ってところで――


「そうか、轢かれたのか!」

「そうだ、惹かれたのだ!」

「はい?」

「うん?」


 すみませんちょっとこっち立て込んでいるのでとクロードを手のひらで制し、おぼろげな記憶を手繰り寄せる。

 最後に見た光景は、急速に迫る車のハイビームと、けたたましいクラクション。


「もしかして私……死んだの?」


 じゃあ何、ここは夢じゃなくて、死後の世界? いえ違う、そういえば妹が読んでいたライトノベルにそういう話があった気がする。転生……だっけ?

 ここは異世界ってこと!?


「ふむ……死ぬとはまた大仰だが、あながち間違ってもいないか。そうさエクレシア。既に王都に君の居場所はない。荷をまとめて里へ帰ることだ」

「……はい?」

「ええい、まったくはっきりしないな。今一度言うぞ、婚・約・破・棄だ!」

「ああー……」


 そういえばそんな出だしだったな? あの時は完全に他人事として聞いていたから話半分だったけれど。

 って、えっ? えええっ!?


「婚約破棄って……私に言ってます?」


 おそるおそる訊ねると、クロードはお前正気かといわんばかりにわなわなと震え、天井を仰いでヒステリックに叫んだ。

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