遠望 〜ありがた山・小沢峰・浅間山〜

早里 懐

第1話

いつからか遠くの景色ばかりを見るようになっていた。


思えば山登りを始めてからだ。


見慣れた風景のさらに奥。


どっしりと構える山容が見えると、今までは近くの景色しか見えていなかったことに気付かされる。


いや、見ていなかったと言った方が正しいのかもしれない。





私は首都高速3号渋谷線を抜けて東名高速道路を南下していた。


すると目の前に絶景が現れた。



思わぬ出会いだ。




丹沢山塊を前衛に従えて霊峰富士が鎮座している。


冬特有の澄み切った空気がその絶景を後押ししているのだ。


運転中のため写真に収められないのがとても残念だ。




今日はプランデストロイヤーこと長男の送迎で神奈川県にやってきた。




朝早くに家を出たことと首都高の渋滞で眠気と疲れがピークに達していた。


しかし、私にとってそんなことはピークをハントしない理由にはならない。

よって、私は空き時間で山に登ることにした。


今日登る山は"ありがた山"と決めていた。


本日神奈川県に来た目的に対してご利益がありそうだからだ。



息子を目的地に降ろした後に京王よみうりランド駅前のコインパーキングを目指した。


田舎者の私からするといわゆる都会の道は幅が狭く、とても走りづらい。


まったくもって気を使う道路だ。



程なく駅前のコインパーキングに到着した。


私は車を停めて山登りを開始した。




始めは"ありがた山"を目指して歩く。


駅前を通り過ぎると住宅地がある。


地図を見る限りありがた山への山頂はどうやらこの住宅地を抜けていくようだ。


住宅地は少しばかりの上り坂だ。


白い雲に向かって登って行く。




住宅地を抜けると墓地があった。


西側を見下ろすと何やら大規模な工事を行っている。

大型の工事車両が忙しなく行き来していた。


そんな景色を眺めながら墓地の中央を通る階段を登っていく。



墓地を抜けると石仏群が待ち受けていた。


数百尊の石仏が存在するその特異な空間はテレビのロケーションでも度々使用されているそうだ。


確かにこのような景色はあまり見ることはない。


その特異な空間はとても神秘的だった。



ありがた山の山頂は石仏群の先にある。


大きな供養塔が建てられていた。


私は自然と手を合わせた。


日本人としてのアイデンティティがそうさせたのだろう。



次に目指すのは小沢峰と浅間山だ。


とりあえず来た道を引き返す。


しばらく歩くと京王よみうりランド駅とよみうりランドを結ぶロープウェイが見えた。


来掛けの車内からもこのロープウェイは見えていた。

しかし、ロープウェイという乗り物が街中にあるということが私の目には新鮮に映った。


何故なら私の中ではロープウェイは山に存在するものだからだ。

そのような私の勝手な先入観が新鮮味を増すためのスパイスになったのだろう。



そのロープウェイからは乗客の賑やかな声が聞こえてきた。


少し振動するところがあるのだろうか?

それとも速度が変わるところがあるのだろうか?

ちょっとしたアトラクションにでも乗っているかのような声が聞こえてくるのだ。


そのような声を聞いていると何故だかこちらも楽しくなってくるから不思議だ。



しばらく進むと"巨人への道"と記された、ジャイアンツ球場へと続く階段に辿り着いた。


そこそこ長い階段だ。


その階段を登り切ると、ジャイアンツ球場に辿り着いた。


この階段を登る人たちの目的はほぼジャイアンツ球場か、よみうりランドだろう。


しかし、私は小沢峰と浅間山だ。


階段を苦労して登ったのも束の間、今度は小沢峰の登山口を目指して坂道を下る。


せっかく上げた標高を自ら下げるのだ。


こんな物好きはなかなかいない。

私はそのように自負している。




その坂道にはジャイアンツに所属した選手たちの手形が規則正しく配置されていた。


ジャイアンツファンにはたまらない道なのだろう。


しかし、私はあいにく野球には疎い。


従って、知っている名前と言えば超有名な選手のみだ。


そんな超有名な選手の手形を探しながら坂道を下っていった。



小沢峰へと続く登山口はその坂道の途中にあった。



その登山口に一歩足を踏み入れると一気に雰囲気が変わった。


今まではジャイアンツ球場やよみうりランドへ向かう人たちで賑わう坂道を下っていたが、人気がなくなり一気に登山道に変わるのだ。


小沢峰や浅間山の山頂へ向かう道は都会の中にありながらも登山を感じさせてくれる道だ。



浅間山の山頂まで無事に辿り着いた。


長男の迎えの時間が迫っているためすぐに駐車場に引き返した。


また、気の使う道路で私はハンドルを握っている。

両側は商店街になっている。

とても多くの人々が行き交っていた。




今回、神奈川県に訪れた目的が達成できた暁には長男はしばらくこの地に住むことになる。


子が巣立って行くまでの期間は長いようで短い。

振り返ってもあっという間だった。


今後は離れた場所でそれぞれの生活がスタートするだろう。



また遠くの景色を眺める理由が一つ増えそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠望 〜ありがた山・小沢峰・浅間山〜 早里 懐 @hayasato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画