4.ランクDからやり直し

 冒険者たちは、原則としてギルドを経由した以来の受注しか許されていない。依頼者と冒険者が直接やり取りをすることでトラブルに発展することを避けるためだ。

 例外となるのは国またはその直属の機関からの依頼発注。言ってみれば指名であり、ほとんどの場合実績を重ねた『派遣式』のパーティにしか縁がない。


「つまり、俺たち冒険者はギルドに登録していないと食っていけないんだよ」


 そんなわけで、俺はギルドの受付に並んでいた。


『シーカーやトレハンの道は?』


 シーカーは先んじてダンジョン等の調査を行い、後に続く冒険者たちが指針とするための地図やモンスター情報を持ち帰る仕事。トレハンとはトレジャーハンター、すなわちダンジョンに潜って素材などを収集し、直接売買することで収入を得る者たちのことだ。


「シーカーは国が雇用する仕事になっているよ。S級パーティとして名を馳せないとがかからないエリート職だ。トレハンは違法」


 トレハンをやっている奴は少なからずいるが、そこそこ重い罰が下される。自由な探索を可能にすると思いもよらない事故が起こってしまうこともあるという、安全性の理由もあった。


「なんでも百年前くらいには、トレハンがダンジョン最下層のボス級を目覚めさせてしまって、付近の町が半壊したこともあるらしい」

『そんなにヤバいモンスターだったのかい?』

「それもあるが……トレハンは基本的に道中のボス級も回避して探索を行うから、倒されていない奴らまでが加勢しちまったんだよ。今じゃ『トレスティアの百鬼夜行』と呼ばれてる」

『なるほどねえ。虎穴に入らずんばとはいうけれど、怒った虎が盗人だけを食って鎮まるとは限らないし、虎が一匹だけとも限らないわけか』


 そんな世間話をしているうちに、俺の順番がやってきた。

 赤い髪をした人懐っこそうな女の子が、俺ににこっと笑顔を向けてくれる。


「こんにちは! 発注ですか、受注ですか?」

「受注をしたい。ソロだから、重ためじゃないと助かる」

「冒険者タグはお持ちですか?」

「ああ――」


 俺は首元に手を回しかけて、思い留まった。

 冒険者タグは、ギルドに登録する際に発行されるアクセサリー型の魔道具だ。これをギルドの魔道具で読み取ることで、その冒険者の情報が確認できる。


『死んだはずの君が現れたら大問題だね』


 タングステンの脳内耳打ちに、俺は小さく頷いた。

 亡くなった冒険者のタグも、その旨をギルドで登録する必要がある。しかしギャレンたちは俺のタグを奪ってはいかなかった。何故なら、探索中の死亡と報告した場合、俺の死体を回収するための捜索隊が組まれるからだ。

 そうなれば故意に手をかけたのがバレてしまう。しかしパーティ情報から俺を抜くためにも、ギルドへ一報を入れる必要がある。大方、行方不明や逃亡として申告されていることだろう。


 ここで俺のタグを出せば、エリック・ワーズワースの『死亡』が知られてしまう。

 まだ早い。まだ嗅ぎつけられるわけにはいかない。

 だから俺は、エリック・ワーズワースのタグを取り出すのを止めた。


「初めてなんで、タグの交付をお願いします」

「あれっ、初めてなんですか? けっこう使い込まれた装備のようにお見受けしましたが……」


 小首を傾げる少女に、俺は面食らった。そういったことを含めて隠すためのローブだったのだが、この子はぽやっとしているようで中々目敏い。


「師匠からのお下がりなんだ。ローブで隠しているのは、まだちょっと気恥ずかしくて」

「そうだったんですね。大丈夫ですよ、きっとすぐに、その装備に見合う冒険者さんになれます! 応援していますねっ!」


 目を見張る観察眼を発揮したかと思えば、今度は年相応に可愛らしい笑顔でファイトポーズを取ってみせる。

 ころころと表情の変わる子だ。俺と同い年くらいだろうか。


「それでは、お名前をちょうだいいたします」

「パトリック・シンクレアだ」


 父の名前と母の旧姓を組み合わせた偽名を名乗ると、それを少女は魔法紙に丁寧な字で書きこんだ。

 こうして記述したものを最後に魔道具へ取り込むのだ。長い年月をかけた魔力インフラの整備のおかげで、どこのギルドに行っても同じように依頼を受注することができるようになっている。


「ご職業は決まっていますか?」

「付与術師で」

「わあ……! すごいなあ、私、付与は全然ダメで……」

「付与術師を目指していたんだ?」

「ああいえ、付与術師を目指していたというか、なんというか……えへへ、こっちの話なのでお気になさらず!」


 少女は気恥ずかしそうに頬を赤らめて、ぱたぱたと手を払う。

 俺はふうん、と曖昧に頷いておいた。冒険者を目指す上で自分の適性を図るために色々と試してみる者は少なくないのだから、別に隠すこともないと思うが。

 その後も生年月日や出身地、現住所といった質問を嘘混じりに解答し、俺――もといパトリックの冒険者登録が完了する。


「それではこちらが、パトリックさんの冒険者タグになります。現在のランクはD。受注可能な依頼はあちらの掲示板でご確認くださいね」


 ランクDという響きに思わず肩が落ちそうになる。分かってはいたことだが、やはり最低ランクからのスタートだ。

 仕方ないと肩を竦めて、少女の手のひらから冒険者タグを受け取る。


「頑張ってくださいね!」

「ありがとう。君も、魔法の練習頑張ってね」

「えっ……? あっ、はいっ、ありがとうございます!」


 わたわたとお辞儀をする小動物のような仕草に、噴き出しそうになった。少しカマをかけてみたのだが、正解だったらしい。

 掲示板へ向かう道すがら、タングステンのくつくつ笑う声が聴こえる。


『君も人が悪いな。女の子をからかうだなんて』

「別に。頑張っている子を応援しただけだよ」

『それにしても、あの子の魔力量は尋常じゃなかったね。どうして受付嬢なんかやってるんだろう?』

「さあな。色々事情があるんだろ」

『ふむ……ああいう健気な子には報われて欲しいね』

「だな」


 頷く。ギャレンたちへの復讐心が薄れたわけではないが、あの子の優しい明るさのおかげで、少しは心に余裕を持てた気がした。

 片が付いた暁には、この町を拠点に冒険者をしてみるのもいいかもしれない――

 そんなことを考えながら、俺は掲示板に張り出された依頼書の隅にあるランクDの欄を見上げるのだった。

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