3.二〇〇年

 どうにかユーニスタの町にまで戻ってきた俺は、まっすぐギルドに詰めている治癒官を訪ねた。厳しい審査を潜り抜けた光の魔法使いのみが就くことを許され、どのギルドにも二人は常駐するよう国で定められている、冒険者たちの生命線だ。


「はい、終わりましたよ。どうですか、動きに違和感はありませんか?」


 治癒魔法をかけ終えた杖を俺の腹部から離して、治癒官は眼鏡を直しながら訊ねた。

 俺は何度か体を捩ってみて、突っ張った感覚がないことを確認する。血を失った分の倦怠感と眩暈がうざったいくらいだろうか。

 治癒魔法とて万能ではない。たとえば腕をモンスターから食い千切られたとして、その腕の先があれば接着もできるだろうけれど、モンスターに飲み込まれてしまったりして行方不明となった場合、残った腕の傷口を塞ぐことはできても再生までは不可能だ。

 そしてそれは血液も然り。こればかりは肉でも食って蓄えるしかない。


「ありがとう。助かった」

「これが仕事ですから。それにしても、なんだか鋭利な刃物を突き立てられたような傷でしたけど、一体どんなモンスターと戦ったんですか?」

「あー……護身用に持っていた剣を振り回していたら、手元が狂っちゃってさ」

「剣? ですがあなたは、魔法職じゃ……」

「だから護身用だよ。最終手段! みたいな? ほら、すっぽ抜けて、モンスターに当たって弾かれて、グサッ! みたいな!」


 訝しげな視線を向けてくる治癒官に、大ぶりな動作で強引に誤魔化す。我ながら無理はあると思う。剣なんて持つ魔法職なんて聞いたことがない。低威力の代わりに極微量の魔力で起動できる爆弾型魔道具を持っておく方がよっぽどそれらしいからだ。

 せっかく疑わしく思ってくれているのだからここで告発してやっても良かったが、まだ俺が生きているということは隠しておきたい。

 治癒官に改めて礼をして、踵を返す。


 金貨袋に残っている所持金はごくわずか。パーティとして得た収入はまとめてギャレンとアニスが管理していたから、個人分配分は小遣い程度しかない。

 腹を満たしたかったが、その前にギルド内に併設されている装備屋へ向かい、できるだけ安く、より顔を隠せそうなローブを見繕った。こっちは俺が魔宝職だから、特に怪しまれる様子はなかった。


 さらに寂しくなってしまったなけなしの袋を握りしめて食堂に向かい、ビッグボアのステーキ定食を注文する。ビッグボアは森に生息する獣系のモンスターで、比較的狩りやすく肉も美味い。

 丁寧に香草で臭みを取り除かれたステーキは、テーブルに運ぶまでの距離さえもどかしくなるような香ばしい湯気を立てている。


『ほう、美味しそうだね』


 端の席に腰を落ち着かせたところで、それまで大人しくしていたタングステンが歓声を上げた。それに俺は声を抑えて答える。


「食べたいのか? というか食べられるのか?」

『普通に君が食べてくれればいいよ。感覚を共有しているからね』

「便利だなあ」

『ちなみに、私は辛いものが嫌いだ。辛さとは痛みだ。あんなものを好んで食す者の気が知れ――』

「覚えておくよ」


 長くなりそうだったので適当に切り上げ、カットしたステーキを頬張る。口いっぱいに広がる肉汁の風味に、タングステンも堪能するようなうっとりとした溜め息を吐いた。


『うん、いいね。塩味が控えめなのがとてもいい』

「これでも結構しょっぱいと思うけど?」

『まさか。多少塩抜きをしたくらいじゃこうはならないだろう。どんな調理をしたんだい? 料理長を呼んでくれ!』

「塩抜き……? ああ、塩漬けか」


 合点がいった。かつては狩った獲物の肉を塩漬けにして備蓄し、少しずつ食べていたという話は聞いたことがある。今でもそういった調理法はあるが、酒の肴にするくらいだろうか。


「お前、何年前に死んだの?」

『今は通歴何年?』

「ええと、ヴァーレン歴八年だから……通歴だと七〇二年?」

『……やだ、私が死んでから二〇〇年も経ってるの!?』


 驚きつつも本人はさして気にしていない様子で、そりゃあ町の景色も様変わりしているわけだと、むしろどこか嬉しそうに唸っていた。

 それはきっと、あの頃の連中と顔を合わせなくて済むからかもしれないと思うと、俺はそれ以上冷やかすことはできなかった。

 そして、その予感は的中していたらしい。


『時に、君を裏切った連中はどこだい?』

「さっきから探しているけれど、見当たらないな。今はいないだけなのか、既にこの町を去っているのか……」

『エリックたちは旅団式だったんだ?』

「ああ。もっとも当初は拠点式だったから、この町が三番目だけどな」


 冒険者たちのパーティスタイルは大きく三つに分かれる。

 ひとつは、生まれ故郷などひとつの町を拠点に活動する『拠点式』。ふたつめは、各地を転々としながら見聞を広める『旅団式』。そして、特定の町を拠点にしながらも、噂を聞きつけたり依頼を受けたりすることで広範囲に行動する『派遣式』だ。

 拠点式は安定しているが変化は少なく、旅団式は不安定なものの刺激が強い。収入面で最も強いのは派遣式だが、各所との連携や信頼の構築に縛られるという息苦しさもある。いずれも一長一短だ。


「今思うと、旅団式に切り替えたのは俺を殺すためだったのかもな」

『ふむ。そうなると、元の拠点に戻っているかもしれないね。早速追うかい?』

「そうしたいのは山々だが、今の手持ちでウィルガルドまで追いかけるのはぶっちゃけキツい」

『ああ、ウィルガルドか……町一つ隔てたお隣さんといえば聞こえはいいけれど、遠いからねえ』


 ひたすら歩き詰めても五日はかかるだろう。下手をすれば、道中で行き倒れになる可能性が高い。


「だからまずは何かしらの依頼を受けて、金を稼ぐしかないな」


 食べ終えたステーキ定食の皿に向かって手を合わせ、俺はトレイを下げるべく立ち上がった。

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