音の消えた国

記録：5月2日

　……食料がなくなったよ。随分早くなくなってしまったな。

　まあ、人に分け与えていたら、こうなるのも当然か。もうそこら中に死体が転がっているさ。死因は簡単、飢餓と脱水だ。物流は復活なんてしなかったよ。通信機器に頼り切って言葉を使わなかった罰だな。コミュニケーションをとる方法がなくなったんだろう。

　昨日は、親子が訪ねてきた。もう何日も食べていなかったそうだ。子供の方は今にも泣きだしそうでね……つい残っていた食料を渡してしまった。私の生きるために必要な分をだ。

　なに、後悔はしていないさ。自分の命を捨てて絶望する親子を救う。はは、ヒーローみたいじゃないか。まあ賛辞の声はどこにもないがね。もともと無音の世界だ、何も問題はない。

　ああ、疲れてきた……眠いんだ。政府はいつになったら……そんなことを言っても意味がないことはわかっているんだが……。

　……一度だけ、人を食べようかと考えたんだ。もちろん生きているやつじゃない。そこらへんに倒れてる死体の方さ。

　……私は人間を捨てきれなかった。食えばもっと長く生きれるのにな。ほら、賛辞はどうした？お前の大好きな名誉や地位も、死ねば手に入らないのに……ふふふ、まあいいさ。もう立ち上がるのも疲れたんだ。

　記録を終了する。