ステキな鞄

※企画内マンスリーお題「カバン」




 オレの名前はギャザー・レウニール。腕利きのハンターにして、素材収集専門クラン「ポケットポケット」、通称「PP」の主力メンバーだ。

 戦闘に向くスキルのハロ保持者が少なく、全体的にメンバーのランクが低いオレのクランは他所から舐められがちだが、そんなことなどお構いなしでレア素材のために果敢にダンジョンに挑んでいく仲間たちが、オレは割と気に入っていた。

 よって、クランに所属した記念に盟主から贈られる、ポケットの形を象ったクラン印が施されたリュックサックは、オレのちょっとした誇りでもある。

「この鞄、いつ見ても羨ましいなぁ。盟主さんのスキルで魔法が付与されてるんだっけ?」

 カウンターの上に置いたリュックを見て目を輝かせながら、オレより頭一つ分も背の低い水色の髪の男、ティトンが言う。馴染みのクラン「エル・ブロンシュ」、通称「白羽」のメンバーで、攻撃魔法に特化したダンジョンの専門家であるため、素材収集のために協力を依頼することも多い。ちなみにナリこそガキのように幼いが、歳はオレと同じである。

 リュックへと無遠慮に伸ばされる、指貫手袋を嵌めたティトンの手を、オレはぺちりと叩いて引っ込めさせた。

「ほいほい触るんじゃねぇよ」

「触るくらいいいでしょ、ギャザーのケチ。ねえねえ、これ、ジャガイモ何個くらい入るの?」

「ケチじゃない、当然だ。あと、なんでもイモで計量しようとするんじゃねぇ」

 クラン員の証でもあるこのリュックは、見た目の十倍以上の容量が入り、かつ、背負った本人が感じる重さは十分の一以下になるという特別なものだ。鉱石などの重い素材を、大量に、それも徒歩で運搬するオレたちにとって、なくてはならない必須アイテム。このリュックの存在は外部にも知れ渡っているので、譲って・売って欲しいと頼まれることも少なくなかった。

「そうですよティトンさん。人の私物を無断で無闇に触るのはマナー違反です」

 呆れた様子でティトンを窘めた黄緑色の髪の男は、現在オレが訪れている雑貨店の店主にして、同じく「白羽」のメンバー、コトワリだ。今はオレが持ち込んだレア素材、セーラーエリトカゲのエリ部分を検品している最中である。

 そのとおり、と、オレは力強く同意した。

「分かってるじゃねぇか、コトワリ」

「常識ですよ。ちなみにその鞄、売ったらいくらくらいになるんですか?」

「なんでも金に換算しようとするんじゃねぇ」

 目の中にエン記号を浮かび上がらせながらリュックを凝視するコトワリの視界から、オレはリュックを退けて己の体の影に隠す。

 二人が所属する「白羽」は、規模の割には腕が立つメンバーが多い中堅クランだが、そのほとんどが一癖も二癖もある変人揃いだ。

 その中で性格的な癖が少なく、まともと称してもいい唯一のメンバーが、オレの背後の壁際で傍観を決め込んでいる黒髪の男・イロハである。ちなみにティトンとイロハは、依頼の帰りにこの店に寄ったところで、たまたまオレと鉢合わせたらしい。

 ケーチ、と揃って口を尖らせるティトンとコトワリを親指で示しながら、オレは呆れ顔で後ろを振り返って、イロハを話に巻き込みがてらクレームを入れた。

「てめぇらのとこは、揃いも揃ってどうなってんだ? こないだはあの三白眼に『缶詰なら何個くらい入るんだ』って訊かれたし、ピンクの松ぼっくりも、『PIYOは何匹くらい入るのー?』だとか言って纏わり付いてくるし」

 ティトンが横から「それ、クエルとアロのこと?」と尋ねてきたが、オレは無視を決め込む。少し目を丸くしたイロハは、「あー」と声に出すと、肩をすくめて苦笑した。

「うちは『隙あらば猫』が方針だから、気になることは確かめないと気が済まないんだ。適当にあしらってやってくれ。それより――」

 そこで言葉を切ったイロハの赤い瞳がすっと細められ、長い指先がオレを――いや、オレの体の影に隠されたリュックを指す。

「あんた、アロに纏わり付かれたあと、鞄とアロから目を離さなかったか?」

 イロハの口から静かに告げられた内容に、オレは思わず「え?」と声を上げる。同時に襲ってくる嫌な予感。

 あのとき、オレは目を……離した、かもしれない。

 というか、松ぼっくり頭、こと、アロに背中から飛びつかれ、ヤツとリュックの両方が、オレの視界から外れた瞬間があったかもしれない。

 ティトンとコトワリの視線が、興味津々、揃ってオレの胴体へ注がれる。オレもゆっくりと体の向きを戻し、片脇に抱えるようにしていたリュックを見下ろす。

 厚い革越しに感じるのは、中で何かが蠢くような微かな振動。

 何もかも見透かしたような涼しげな声で、だが心底同情したように、イロハがオレの背中に言う。

「いくらたくさん入るって言っても、たまには中を検めたほうがいいぜ」

 恐る恐る耳を澄ませば、自慢のリュックの奥底から、ぴよぴよ、と楽しく合唱する鳴き声が微かに聞こえた。






 Fin.

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