あにまるVTuber~ず!

天音ななせ

第1章 白雪てんこ編

第1話 VTuberにわたしはなるっ!

「今日は、みなさんの将来なりたい職業を教えてもらいます~」

 とある小学校の授業。

 担任の先生が、一番前に座っているクラスメイトに、プリントを配っています。

 数十秒後、そのプリントは、わたしの席に到着。

 そこには、こう書かれていました。


       * * *


 【名前】


 【あなたの将来なりたい職業はなんですか?】


 【その職業を選んだ理由はなんですか?】


 【そのために努力していることはありますか?】


       * * *


 いわゆる、『職業調べ』のプリント。

 今の時間の授業は、〈総合的な学習の時間〉でした。

 わたし、近衛(このえ)ゆいか、小学五年生。

『ごくありふれた』小学校に登校している、『ごくありふれた』普通の女の子。

 そんなわたしのなりたい職業なんて、たった一つありません!

【アイドルVTuber】

 わたしは歌って踊れる、ついでにイラストも上手い、ネットのステージでキラキラと輝いている、〈アイドルVTuber〉になりたいの!

 それが、わたしの夢!

 だって、〈VTuber〉って、今、すごく大人気なんだよ!

 それに、お金もたくさんもらえるみたい。

 歌って踊って、イラストも描いて、ついでにゲームで遊びながら話しているだけで、お金がもらえる職業。

 もう、〈VTuber〉を目指すしかないよねっ!

 だけど、プリントを前に、わたしが握っていた鉛筆は、動きが止まっていました。

 だって……。

 か、書けないよ、クラスのみんなの前で、〈VTuber〉になりたいなんて。

 きっと、男の子に笑われるもん。

 理由、それはわたしの毎学期の『通知表』。

 わたしの小学校は、〈良い〉〈普通〉〈もう少し〉の三段階で評価されるんだけど。


 【近衛ゆいかの通知表】

 音楽〈普通〉

 体育〈普通〉

 図画工作〈もう少し〉


 いつもいつも、わたしの通知表は〈普通〉。

 たまに、〈もう少し〉の評価もあるんだよ。

〈良い〉なんて、片手で数えるくらいしか取ったことがないよ。

 歌が上手いVTuberになりたいのに、音楽は〈普通〉。

 ダンスが踊れるVTuberになりたいのに、体育は〈普通〉。

 可愛いイラストが描けるVTuberになりたいのに、図画工作はなんと〈もう少し〉!

 わたしの通知表を知っているクラスメイトに、笑われる未来しか見えないよ。

『おまえなんかが、VTuberになれるわけがない!』

 って。

「ゆいか、プリントは書き終わった?」

「あっ、かなでちゃん!」

 わたしの後ろの席にいた女の子が、先生の目を盗んで話しかけてきます。

 髪を短く切った、落ち着いた声の女の子。

 彼女の名前は、九条(くじょう)かなでちゃん!

 小学校一年生のときから、ずっとクラスが同じ女の子。わたしの一番の友達。

 テストはいつも、全教科90点以上。すごく頭がいいんだよ。

 そんなかなでちゃんは、わたしのまっさらなプリントに目を向けます。

「まだ、だったんだ」

 そして、かなでちゃんの小さなため息。

 も、もしかして呆れられている!?

 友達って紹介したばかりなのに、このままだと、わたしが嘘をついていることになっちゃうよ!

「うっ、ちょっと悩んでいて……」

 本当は悩んでいないよ。

 みんなになりたい職業を知られたくなくて、プリントに書くのをためらっているだけ。

 それは、友達のかなでちゃんに対しても同じ。

 だけど、かなでちゃんはわたしの一番の友達。

 わたしのことを、お父さんやお母さんよりも、知り尽くしていたんだ。

「ゆいかは、てっきりVTuberになりたいと思ってた」

「かなでちゃん、しーっ!」

 大事なときだけ、声が大きいよっ!?

 〈VTuber〉という言葉に反応して、クラスメイトの何人かが、わたしたちの方に視線を向けました。

「VTuberは大好きだけど……、わ、わたしなんかが、なれるわけないじゃんー!」

「そう」

 少しだけ声を大きくして、『完全否定』してみせます。

 これでクラスの子には、なんとかごまかせたかな。

 あとはプリントに。『別の職業』を書くだけ……。

「ところでかなでちゃんは、プリントになんて書いたの?」

 わたしの質問に対して、かなでちゃんは堂々とプリントを前に向けます。

「サウンドデザイナー」

「すごい……、もう決まっているんだ」

「うん」

 かなでちゃんは小さくうなずきました。

 〈サウンドデザイナー〉、わたしは少しだけ、その職業を知っているよ。

 音楽を、制作、加工したりする職業だね。

 作曲、編曲はもちろん、最近だと、VTuberの歌ってみた動画の編曲をしていたりもするよ。

 音楽に関して、すごく幅広いことができる職業なんだ。

 褒められたのが嬉しかったのか、かなでちゃんは、さらに職業について語ります。

「パパのような、たくさんの人に聴いてもらえる音楽を作りたいから」

「ほえー」

 ま、眩しすぎる。

 大仏さんみたいに、かなでちゃんから後光(ごこう)が指しているよっ!

 わたしと同じ小学五年生なのに、ぜんぜん違う。羨ましい……。

 わたしは、かなでちゃんのプリントを手に持つと、その中身を確認します。


       * * *


 【名前】

 九条かなで


 【あなたの将来なりたい職業はなんですか?】

 サウンドデザイナー


 【その職業を選んだ理由はなんですか?】

 音楽が好きだから

 たくさんの人に私の音楽を聴いてもらいたいから


 【そのために努力していることはありますか?】

 パパから、お仕事で使う音楽ソフトの使い方を教えてもらっています

 ギターが弾けるように練習しています


       * * *


 かなでちゃんのお父さんは、有名なサウンドデザイナーでもあるんだ。

 有名なVTuberの歌ってみた動画も、実はかなでちゃんのお父さんが編曲していたりするんだよ。

 かなでちゃんって、お父さんから色々と教わっているんだね。

 って、ぎ、ギターも弾いているの!? そんなの知らなかったよ!

 わたしよりきれいな字で、なんかすごいことを書いているんだけど……。

 わたしのお父さん、〈サラリーマン〉だよ……。

 〈サラリーマン〉って書いて、プリントを先生に出そうかな……。

「月曜日までに、職業を考えておいてくださいね~!」

 先生の言葉と同時に、授業の終了を告げるチャイムが、小学校に鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る