第20話 魔動車

「せーんろをつくるーぞー おーれたーちーはー」


 二日前の事件は何だったのか、彼女は俺の隣で陽気な歌声を車内に響かせている。


「みーんなでうたえーば ほらあーっとゆーまーに」


「それは祖国の歌ですか? アメリアさん」


 運転手をしてくれているギルド職員がアメリアに話しかける。


「そ。なんか大陸を端から端まで繋ぐ線路を作った時の歌なんだってさ」


 今日の彼女はいつになくご機嫌な様子だ。


「あーマジ快適! 毎回これだったらいくらでも出張してやるのにさー。馬車とかゆう前時代の乗り物は滅べばいいのに」


 アメリアは大きく背伸びをしながらそんなことを言っている。

 それは、お前が出張する機会なんて、ほぼないだろというツッコミ待ちだろうか。


「フォルカー先生に感謝してくださいよ? まだ世に出てない最新式ですから」


 俺達が乗ってるこの”魔動車”は、フォルクの古巣の工房が、彼の伝手でギルドに試運転という名目で提供してくれたものだ。

 それをナイスタイミングで、今回は俺達がありがたく拝借おかりさせてもらったのだ。

 馬車との違いは、完全に魔力のみを動力としている点にあるのだが、最新式のこれは、元居た世界の自動車と比べてもそん色ないほどの乗り心地で、アメリアはもちろん、俺も大満足である。


「ときにヤマトさん。今回の仕事はおふざけ無しでお願いしますよ?」


 まるで俺がいつもふざけているような口ぶりだが、今は機嫌がいいためスルーして差し上げた。


 ちなみに、今日の依頼は昨日に続き憲兵団から出された依頼である。


 最近横行している希少生物の密輸入の元締めの一つを特定したとのことで、そのガサ入れに協力してろという事だ。


「でもさ、あれって俺達が行かなきゃダメな案件なん? 憲兵の仕事って割安だからあんまりやりたくないんだけど」


 俺がそんなことをボヤくと、


「何言ってるんですか? それこそあなたの仕事でしょう? 相手は土地の豪商で、領主すらも介入をためらうような相手なんですから」


 バジョンがそう言って咎める。


 聖王都の土地、特に北部は一度、魔族の手で更地にされたせいかほとんどがその時に領主の手を離れている。

 そのせいで、長いこと所有権をめぐっての小競り合いが絶えず、再検地前から勝手に入植していた国民が幅を利かせている地域が数多く残っている。


 今向かっている”プラソディー町”は、ボーゼンドルフ領の西に領境を接する”ベビシュテン領”の最東端の町である。

 そしてそのベビシュテン領の西には、大きな山脈が大陸を縦断している。

 この”中央山脈”を超えて密輸された希少生物を各方面に卸している商家こそ、今回の捜査対象なのだ。


「とりあえず、明日は町のギルドマスターと憲兵隊長には挨拶してもらいますからね? 町長はちょっと面倒なので、事後という事になっています」


「えー? ギルドにも挨拶に行かないといけないのー?」


 俺が不満をこぼすと。


「あのですねヤマトさん? そもそもあなたが大人しくであってくれたなら、我々ギルドは介入しないでもいいんですよ? その辺分かってますか?」


 虚を突かれる思いだった。


「んでなんであたし同行してんの?」


 そんな時、唐突にアメリアが会話に割り込んで来た。


「他に誰も捕まらなかったから」


 それに俺はノータイムで返す。


「ははっ素直じゃねーな。ぷりてぃー・びゅーてぃー・きゅーとなアメリアちゃんと一緒に旅がしたかったって言えよ」


 俺はその言葉に対し、鼻で笑う事で答えた。


「そういえばヤマトさんは昨日、冒険者の試験官でしたよね? どうでした」


 ギルド職員が俺に別の話題を振る。


「いやー。久々に骨のありそうな奴らに当たったわ。なんか常識人っぽいところが不安だったけど、思ったよりぶっ飛んでて笑っちゃったよ」


「あれ? そのパーティーって帝国出身者でしたよね。それをヤマトさんが褒めるなんて珍しいじゃないですか」


 それもそのはず、俺が今まで帝国出身者で合格にしたパーティーなんで両手で数えられるほどしか居ないし、なんならその内半数以上は帝国からの圧力で嫌々合格にしただけだからな。


「もうちゃんと会話が通じるだけで嬉しかったよ。今まで猿以下の連中ばっか相手にしてたからな」


 言い過ぎに思えるかもしれないが事実である。


「ははは。一体誰の事を言ってるんですかね?」


 俺はそのままの意味で言ったつもりだったのだが、彼は少し別のようにとったようだ。

 俺はちらりとアメリアを見る。


「いーちゃーう いっちゃうよー いくいくいっちゃう あんあんあんあん」


 こいつは一体何を歌っているんだ?


「前から思ってましたけど、アメリアさんって歌上手いですよね? 意外に歌手とか向いてるんじゃないですか?」


 歌ってる内容は酷いもんだが、彼女は日本語で歌っているため、この世界出身の彼には意味が伝わっていない。


「ふっふっふ。あたしはこれでも前世は天才歌手として世界を股に掛けていたのだよ」


「ははっ。ご冗談を」


 日頃の行いのせいで全く取り合ってもらえない。


 しかし、それにしても快適な旅である。


 普段は”ホバーボード”という魔力で浮くスケートボードをレンタルして移動する事が多いのだが、品質が悪くてすぐ故障する上に個体差があるわ誤作動をおこすわ、何よりそれに乗っている見た目がシュールでダサいのだ。

 一方、今乗っている魔動車は、ちゃんと世界観に合ったデザインをしているし、土系舗装の道路でも、コンディションによるが馬車に比べたらかなり高速で移動できる。

 しかも冷暖房完備というオーバーテクノロジーっぷりである。


「”バジョン”君。ドライブフィーリングはいかほどのものかね?」


 魔動車の運転は前世と同様ライセンス制である。

 そして運転には大量の魔力を消費するため、魔力量やその安定性の審査をはじめとした割と厳しめの試験があり、自動車のように誰でも簡単に運転できるというものではない。


「いやはやすごいですよ。これほどの省魔力で走行安定性と高速、しかもこの快適装備の数々は大国の最新魔導工学の集大成と言っても過言ではありません。まあ、省魔力とはいえ、そこそこの魔力は消費しますがね」


 そう話すパジョン君はというと、ギルドお抱えの魔動車運転手で、普段は要人の送迎や乗り物の整備を行っている。

 そんな優秀な彼を、今日はとしてこき使っている。


「ヤマトさんの世界の車両は、油や電気で動くと聞きました。魔法を使わずにこの魔動車より遥かに優れた物を作るなんて、一体どうやってるんでしょうか」


 こうやって乗り物に乗って運転手と世間話をする感覚。

 久しく忘れていたが、前世を思い出して少しノスタルジックな気分になる。


「アメリアの歌じゃないが、北部にも鉄道が通ってくれれば、もっと便利になるんだけどなー」


 ふとそんなことを口にすると。


「しばらくは難しいでしょうね。魔族の問題もそうですが、聖王国自体が地権のいざこざを多く抱えていますし、交通インフラの面に関しては帝国の方が発達してますからね」


 聖王国の南に位置する、大陸最大の国である”カンバス帝国”は、この激動の世にありながら周囲の属国が緩衝地帯となり太平を保っている。

 そして、肥沃な大地と温暖な気候を持ち、南は内海に接しているというアホみたいに恵まれた地理にある。


 対する聖王国、正式には”コンツァート王国”はというと、土地の大半が冷帯に属し、不毛とは言わないまでも決して農業には適さない地質である。

 加えて最大の災難と言えるのが、大陸の最北部を占拠する魔族の存在だ。


 この魔族に世界のヘイトが向いているため、帝国はその土地と華やかな娯楽文化を享受することが出来ているのだ。


「ヤマトさんのおかげで、ここ最近は魔族の大規模な嫌がらせが減って比較的平穏ですが、これもいつまで続くやら……」


「まあ、俺のせいで”野良魔族”が大量発生して、突発的な事故が増加したともいえるがな」


 野良魔族とは、昨日のように何かしらの都合で魔界を追い出されてしまった魔族の俗称だ。

 自虐ネタのつもりだったのだが、バジョンが黙ってしまったため変な空気になる。


 アメリアも歌う事を止め、窓の外の景色を眺めているので急に車内が静かになり、なんだか気まずい感じである。


「次の村まではどれくらいかかるんだっけ?」


 その空気をなんとかしようと、俺は話題を変えた。


「順調にいけば中継地点の村には昼前までには着くと思います。そこで昼食をとってすぐ立てば、完全に暗くなる前にプラソディー町に着くはずです」


 すばらしい。


 馬車なら四~六日の行程がなんと一日だ。

 この車種は乗用のため積載能力自体は高くないらしいが、車両としての魔動車というものがいかに革命的な物かが分かる。


 ほんと、フォルカー・ボッシュ様様である。


「村からは道も良くないですし、ちょっと早めに出ますよ。車もあくまでテストカーなので、何があるか分かりませんから」


 それから俺たちはしばらく魔動車に揺られ、予定通り中継地点の村に到着した。

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