第13話 汚染魔力
・登場人物・
ヤマト……主人公、勇者。
フォルカー……S級冒険者。魔動車の設計者。
ブラシュ……剣士。C級冒険者。リーダー。
パァス……スカウト。ムードメイカー。
パレッタ……魔法使い。学院主席。
クェント……センチネル。あまりしゃべらない。
アキ……聖職者。中性的な顔立ち。
**********
森の奥に進むにつれ、一層辺りは暗くなる。
遠くの方で今まで聞いたことのない、鳥の鳴き声のような音が響き、その不気味さは一層際立つ。
そして僕達はその森の中を……。
「私みたいな若輩者がフォルカー先生の前でこんな事を話してもいいのか分かりませんが、今の帝国魔導師――いいえ、帝国の魔法の扱い方はおかしいです! 何なら終わってます!」
すっかり立ち直ったパレッタが、やたら白熱してフォルカーさんと談笑している。
「頭ではわかってるんですよ……。でも、なんかちょっとタイミングがずれるんですよね……」
ブラシュもヤマトさんと話し込んでいる様子。
そう、僕たちは危険な森を和気あいあいとおしゃべりしながら奥へ奥へと進んでいた……。
「なんか……なんかなぁ……」
隣でパァスが呟く。
それに彼女の後ろから声をかけたのは、
「分かりますよ。こんなの気が抜けますよね?」
アキさんはそう言っているが、おそらくパァスの思っている事は違う。
パァスがヤマトさんの熱狂的な信者なのは僕らパーティーの全員が知る所だ。
おそらくブラシュがヤマトさんと親しく話している事に妬いているんだろう。
しかしまあ、当の自分はというと、最初から全く話に入れてすらいないのだが……。
「あの、アキさんって若いですよね? ウチはあんま知らへんのやけど、その年齢で三本線ってすごいんとちゃいますか?」
先ほど返事を返してくれたアキさんを、自分の話し相手としてロックオンしたらしいパァスが、アキさんに質問をする。
「ああ、それに関しては話すと長い経緯があるんですけど……」
正直僕は聖職者の階級について詳しくないが、アキさんの階級はその見た目と比べ高いのだろう。
彼女の容姿的に、年齢はブラシュ達とそう変わらないか少し下か。
そして黒目黒髪ですっきりした顔立ちは、東岸から諸島にかけての特徴である。
「もしかしたら薄々察してるかもしれませんが、僕もヤマトさんやフォルカーさんと同じ”転生者”なんですよ。なんならヤマトさんと同郷です」
これには僕もパァスも驚いた。
遠くで談笑していたパレッタもこちらをちらりと見て、そして何故か「むふー」と笑う。
「あれ、でも転生者って、聖職者にはなれへんって聞いた事ありますけど?」
思わず僕は、そうアキさんに尋ねる。
「確かに帝国ではそうですね。聖王国でも一般的にそう認識されているんですが、実は別になれないわけじゃないですよ」
軽く微笑んでアキさんは続ける。
「確かに、僕も提案されるまでそう思ってましたからレアケースだとは思います。でも全く前例が無いってわけでも無いんですよ」
そう話すアキさんに、ブラシュが、
「え? 何の話してるんですか?」
そう興味津々でやって来て話の腰を折る。
そこへパレッタも加わり、
「もしかして、ヤマトさんとアキさんって前世でも知り合いだったりするんですか?」
そうやって尋ねるが、アキさんとヤマトさんは顔を見合わせて、
「うーん。これは知り合いと言ってもいいんですかね?」
アキさんが首を傾げながらそう言った。
「いいんじゃないか? 一応、俺は前世でのお前の事覚えてるぞ?」
ヤマトさんがそう答えると、アキさんは何故か少し寂しそうな眼をして、
「知り合いの知り合いというか、ヤマトさんにとって僕はその他大勢の一人でしかないでしょ?」
軽く微笑みながらそう答えた。
「え? もしかしてスネてんの? アキちゃん?」
ヤマトさんが意地悪っぽく彼女を煽る。
「……知りませんよ」
アキさんが不貞腐れたように、プイっとそっぽを向く。
僕はそのアキさんの表情に、不覚にもドキッとしてしまう。
「ガハハハ!! 仲がいいなお前ら!」
そのやり取りを見ていた、フォルカーさんが豪快に笑う。
本当に気が抜けてしまう。
「あの、すみませんちょっと相談なんですけど」
ブラシュが突然改まった口調で言う。
「ん? どうしました?」
それにアキさんが反応する。
僕達も立ち止まってブラシュの顔を見た。
「……ちょっと小便がしたくて」
「はあ? 今?」
パレッタが呆れた声を出す。
「流石に気が抜けすぎだろ……」
僕も思ったことが口に出てしまった。
「とっとと済ませちまえ、丁度これから危険地帯だからまあ逆に良かったんじゃねえか?」
フォルカーさんはそう言ってくれているが、ブラシュは……そう、あれだ。
「あの、森に一人で入るのは流石にマズいっすよね……?」
ブラシュのこの発言に、フォルカーさんは、
「小僧、まさか大きい方か?」
流石のフォルカーさんも、ちょっと困った口調で返す。
「いや、フォルカーさん。こいつ、なぜかこういうとこ、繊細で……」
僕がそこに助け舟を出す。
思わずパァスが噴き出して、それにブラシュが顔を真っ赤にしながら「もう我慢するからいいよ!」と怒っていた。
アキさんも苦笑しながら、
「いいですよ、僕も少し催してたんで、ついて行きますよ」
「す、すんません……」
「流石に森の中はマズいので、ちょっと道を戻りましょう」
そういって足早に二人で来た道を戻っていく。
「え? あの…………えっ?」
俺は口をパクパクとさせて二人の背中を指差すが、他の皆はそんな俺を不思議そうに見ている。
そして、何かを察したヤマトさんが、
「ああ、お前アキの事を女だと思ってたパターンか」
ニヤリと笑いながら俺にそう言った。
その言葉に、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「でもそれ分かるわぁー。ウチも最初アキさんのことどっちか分からへんかったもん」
「私も、でも一人称が僕だし何となく男なのかなって、まあ僕って言う女の子も割といるけど、ってクェント顔真っ赤! さっきのブラシュより赤いよ!」
わー! やめてくれー!!
「気にすんなクェント。実際アキは男のファンクラブがあるくらいには男にモテるから」
フォローになってない!
まったく、まさかこの森でこんな恥ずかしい思いをするとは思わなかった。
このまま森の奥まで駆け出してしまいたい気分だ。
僕がそんなことを考えていた時、その違和感に最初に気づいたのはパァスだった。
「え……何やこの感じ……」
パァスが突然、そう呟いた。
それに続いてバレッタも、
「言われてみれば、なんだろう……この不安な感覚? ともすれば気のせいともいえるぼんやりとした……」
辺りを見回しながら言う。
「やっぱりパァスちゃんが最初に気づいたか」
ヤマトさんがそう言ってパァスの顔を覗き込む。
「嬢ちゃんはスカウトの適性が高いみたいだな」
フォルカーさんも感心したような様子だ。
「もしかして、これがあれですか? 瘴気ってやつ?」
パァスが不安な表情でそう質問する。
するとヤマトさんは二、三歩前に出て、
「そうこれがそれ。キミらは
両手を軽く広げて、そう答えた。
「えつ!? 普通の魔物とこんなにも違うもんなんですか!?」
パレッタはとても驚いているが、僕の方は全くピンと来ていない。
「――冒険者で頻尿って、けっこう致命的じゃないですか?」
用を終えた二人が駆け足で戻って来た。
「ブラシュ、何か感じる?」
試しに僕は、ブラシュに聞いてみる。
「んえ? 何? アキさんのアキさんが結構デカ――」
ドゴッ!
アキさんがブラシュの脇腹に肘打ちをかます。
何だかわからないが、何も感じないのはブラシュも同様の様だ。
「座学で習ったと思うが、瘴気っつーのは特定の魔物が出すデバフ系の
フォルカーさんが丁寧に説明してくれる。
魔物の生息地は、大なり小なり”闇属性”の魔力で汚染されているものだが、そのなかでも人体に影響があるのどの強力な魔力で汚染された場所の事を”汚染魔力警戒地域”、さらに大きくなると”警戒地帯”と呼ぶ。
この汚染魔力の形跡が確認された場合、付近に特殊な魔物や”魔族”が存在する可能性があり、これこそがC級冒険者以上の冒険者が担当する仕事となる。
「確認しますが、魔族と接敵した場合、必ずその場から動かず、僕らの指示に従ってくださいね?」
アキさんがしつこいくらいに念を押す。
「さて、進もうか。大丈夫、俺達といる内は何てこと無いから」
ヤマトさんはそう言って歩き出すが、危険は無いと言われると、何故だか逆に不安な気持ちになってしまうのはなぜだろうか。
僕達はゆっくりと歩を進め始める。
進んでいる間、ブラシュはしきりに周りを気にしてキョロキョロしている。
それとは逆に、パァスとパレッタは神妙な面持ちで前方だけを見つめている。
「気分は大丈夫ですか?」
アキさんが誰ともなく声をかける。
「大丈夫です……」
そう答えるパレッタの声は少し元気が無いように聞こえる。
!?
「ううっ!?」
何だ? 言葉で表現できないような不安感に突然襲われる。
一瞬で全身を寒気が包み、何かに侵食されていくような不快感に苛まれた。
体が震え、額に冷や汗が吹き出る。
『”プルガーション”!』
アキさんのその声と共に、頭上に光の輪が降りてきて、一瞬温かいものを感じたと思うと、スッと体が楽になる。
顔を上げると、全員が不安そうに僕を眺めていた。
「……えっ。もしかして今、僕あてられました?」
自分で口に出した言葉が震えているのを感じる。
「そうですね、瘴気だまりに触れてしまいましたね。今のが汚染魔力によって”魔力汚染”をうけた状態です」
アキさんがそう答える。
どうも僕は瘴気にあてられたらしい。
話には聞いていたが、これは確かに……。
「と、とんでもないですね。確かに、魔族討伐には聖職者が居ないとダメって言われる理由がわかりました……」
俺はそう言いながら自分の体をさする。
「この程度でしたら、光魔法でも対処可能ですよ。用心することに越したことはないですけどね」
この”瘴気”、もとい”闇の魔力”というものは本当に厄介で、対処法が極端に限定される。
魔族退治が聖職者を伴う必要性の大きな要因がこれにある。
「これって、魔族が近いって事ですか?」
声が出ることを確かめるように、僕はアキさんに問いかける。
「うーん、これに関しては――」
「アキ、めっ! しー!」
何か言おうとしたアキさんに対し、ヤマトさんが自分の口の前に人差し指を立てて制止する。
「え? な、なんですか?」
アキさんは疑問に思いながらも、口をつぐんだ。
「さ、とりあえずこのまま進むぞ!」
ヤマトさんはまるで何事も無かったように歩き始める。
僕はそのあまりにも堂々とした姿と今自分が感じている寒気との乖離に、熱に浮かされたような感覚を覚えた。
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