第5話 オロロロロロロロロロロロ

 ギルド内の熱気(物理な)が増す。


 某アメコミヒーローのような恰好でヤマトのシールドを破らんとするエミリアの魔法の出力は徐々に増している。


 このままデストロイヤーとか言われてるアメリアがやけを起こしたら、はたして俺たちは無事でいられるのだろうか。


「なあアメリア」


 アメリアの名前を呼ぶヤマトの表情は余裕そのものだ。


「な、なんだよッ!」


 返す彼女の表情は彼とは対極的で、である。


「お前さ、ここからどうする気?」


 そのストレートなヤマトの問いにアメリアは、


「…………」


 無言だった。


「お前さあ、なんだかんだ俺が手加減して、いい感じにをつけてくれるとか思ってるだろ?」


「………」


 アメリアはやはり何も答えない。


「このアラームが聞こえないか? ここでの”攻撃魔法の行使”はご法度だ。やりすぎなんだよ。お前はな」


 いや、あなたも前に何回か鳴らしてませんでしたっけ?


「まっ! まだ完全に発動してないからっ!!」


 少し冷静になったのか、黙っていたアメリアが苦しい反論をする。


 もう明らかに手遅れだが、しかし一応マズいことをやっている自覚はあるようだ。


 そんな彼女の言葉を聞き終えた後、ヤマトはユラリの方に伸ばしていた左腕を、ゆっくりと正面へと引いて行く。

 そしてそのまま、その腕をアメリアの頭へと伸ばし――。


 ガシッ。


 鷲掴みにした。


 そう言えば、被りなおしたはずのアメリアの帽子はまた何処かへ飛んで行ってしまっている。


「悪い子にはお仕置きだ」


 そう言ったヤマトの左腕がドス黒く禍々しいオーラを放ち始める。

 この後の流れは幾度となく見た流れである……が、


「……おいばかやめろ」


 アメリアが静かに焦る。

 しかしヤマトはやめる気は無いようである。


 するとどうでしょう。

 アメリアの右手が放つ熱気が、見る見るうちに萎んでいくではありませんか。


「おいいいいい! まさかまでやらないよな!? な?」


 アメリアの質問への返答は無い。


 これは”マジックドレイン”。


 相手の魔力を吸い取る”闇魔法”である。


「待て! 分かったヤマト一旦話し合おう一旦」


 一体どの口が言っているのか、早口でアメリアが捲し立てる。


 そして当のヤマトの顔はニチャニチャと笑顔である。


 この人を小馬鹿にしたような表情は、アメリアといい勝負だと思う。


「なあヤマトヤマトあたしさっきトイレ行こうとしてたんだよ。実はけっこうやばいんだよ言ってる意味か分かるよな?」


 辺りの熱気が急激に落ち着き、機能を失った扉がゆらゆら揺れて、冷たい外気が吹き込んで来る。


「ああァ~~。アメリアたんの魔力ぅ~~。すごく美味しいナリィ~~」


 口を開いたかと思えばこれである。


「それマジでキモいからやめろ!」


 アメリアにはまだ突っ込みを入れる余裕はあるようだが、その間にもどんどん魔力は吸い取られていく。


「魔力ってな、人によってが違うんだよ」


 唐突に何かを語り出すヤマト。


「人、エルフ、魔族。いろんな奴ら老若男女の魔力を吸って来たけど、やっぱり若い人間の魔力は格別でなあ」


 その口ぶりはもはや、悪役そのものである。


「そして意外にも、エルフの魔力はなんか発酵したような風味があって、俺は苦手なんだよな。やっぱこれは年齢が関係しているのんじゃないかと思ってるんだが、どう思う?」


 誰に問いかけているのか知らないが、エルフにそんなことする人間などほぼ居ないので、分かるわけがない。


「今までで一番、魔力が美味かったのはやっぱりピチカだな。”聖女”だけあって、こう……なんというか、シャッキリシコシコ、歯切れがいいのに濃厚なコクが――」


 オレはゆっくりと後ろのピチカを振り返るが、当人は変わらずニコニコと笑顔で目の前の光景を眺めている。

 対照的にエミリアは汚いものを見る様な目をしていた。


 実際オレもそろそろ本気で気色悪いからやめて欲しい。


「いや、でもお前もなかなか悪くないぞ? 淡麗系でどのど越しは悪くない。そうあれだ、ア〇ヒ・スープゥードゥラァァイ! みたいな」


「お前は前世だと未成年だろうが……」


 この二人の会話は時々意味が分からないが、ともかくこの男を”勇者”と呼びたくない連中の気持ちが、何だか分かる気がする。


「そうだ、”スタッカ”もなかなかいい感じだったな。でも流石にあいつ等は流石にバレるとやばそうだな」


「なあヤマト本当にそろそろやめてくれね?」


 をやめろという意味で言ったのか、まだ続けようとしているヤマトに……ん?


「え? 今”スタッカ”って言った?」


 オレは思ぬ名前が出たことに動揺して、それを口に出してしまった。


「たのむヤマトそろそろ……そろそろヤバイから……」


 アメリアはスーパーマンの姿勢が維持できなくなってきたのか、下半身が徐々にと地面へと下がり始めている。


「俺も節操くらいはあるぞ? 第一王女とかは流石の俺も――」


 もはや恐怖を感じえない。

 ヤマトさん! もういいでしょ!


「いいかげんクドいから……もうたのむからそろそろ……」


 アメリアの声は掠れて風前の灯火だ。

 足もだらんと下がり、ついにはヤマトがアメリアの頭を持って宙づりにしている。


「やめて欲しいなら、それ相応の頼み方ってものがあるよな?」


「やめてください死んでしまいます」


「そうじゃないだろ?」


 素直にごめんなさいすればいいのに、それがアメリカ人の血なのか、よっぽど謝ることに抵抗があるようだ。


 そもそもアメリアが誰かに謝っている場面を一度も見たことが無い気がする。


「やめろ……さもないと……大変なことに……うっぐ!?」


 これはもう駄目みたいですね。


 短時間で大量の魔力をに失ったことで起こる”急性魔力欠乏症”。

 その症状はというと……。


「どうぞ?」


 ヤマトがニヤリと笑う。


 そして――。


「ぐっぷ……」


 その時は訪れる。


「ごっぽオロロロロロロロロロロロ!!!!」


 アメリアの口から、先ほど飲み食いした物が勢いよく噴射された。


 びたびたびた。


「…………」


 吐き出された吐瀉物はヤマトの”自動防御盾パッシブ・シールド”に当たり、不快な音をたてて床へ落ちる。

 オレは思わず目を背ける。


 急性魔力欠乏症。

 通称”魔力酔い”と呼ばれるそれはその名の通り、めっちゃ気持ちが悪くなるというものだ。


「あっはーあ! きたないですぅー!」


 オレの背後でピチカが嬉しそうな声を上げる。


「ぐっ……おろろろろ……」


 先ほどよりも勢いのない第二波が吐き出され、アメリア自身の服を派手に汚す。


 ぷしゃーーじょじょじょじょじょーー。


 そして間もなく、アメリアの股下から滝のように無色の液体が流れ落ち始めた。


「あらあらあら! おもらしですわぁー!」


 あらあら、ピチカさんはなんでそんなに楽しそうなんですのー?


 ドッ……ベチャリ。


 ヤマトの手から解放されたアメリアが、膝から崩れ落ち、自分の吐瀉物の中へ顔から突っ込んだ。

 丁度、ヤマトへ向かって土下座する形になる。


「なんだ、やればできるじゃないか」


 じょろろろろろろ……。


 アメリアの股下に水たまりが広がる。


「うわ……汚ったね……」


 そう言い残して、ヤマトは水たまりを避けてアメリアの横をすり抜けると、無言でギルドの出口に向けて歩いて行く。


「お掃除、おねがいしますわー!」


「ゆっ! ゆらり!」


 そう言って、背後の二人も足早に外へ出て行ってしまう。


「ん!? えっ? オレ!?」


「お願いします」


 ギルド職員がカウンター越しに顔をしかめながらトイレの方を指差す。

 ……ああ、掃除道具はあそこって意味か。


 アメリアの顔の下に広がる褐色の小間物と、未だ止まらない大量の尿が融合している。


「おいアメリア。そろそろそれ、止めれないか?」


 ダメもとで頼んでみる。


「……おじっごいぎだいっていっだじゃん゛ん゛ん゛ん゛」


 ああ……オレ、嘔吐恐怖症なんだけどなあ……。

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