『異世界管理職・勇者』 ゴリ押しで何とかなると思った? それ、迷惑なだけだから。ソースは俺。
第3話 勇者パーティーを追放された借金まみれのC級冒険者だけど、最強の魔法で全てを蹂躙して自分を追放した勇者に仕返しをします
第3話 勇者パーティーを追放された借金まみれのC級冒険者だけど、最強の魔法で全てを蹂躙して自分を追放した勇者に仕返しをします
ザッ……ザッ……ザッ。
うっすらと砂が積もったギルドの床をブーツで踏みしめる音。
その黒髪同様に背中に暗黒のオーラをまとった長身の男が、ぬっとドア枠をくぐり、そこから出現した。
現れた男は、その重苦しい空気を周囲に振りまきながら、一歩一歩地面を踏みしめてギルドのカウンターを抜けた。
そしてそのままこちらに向かい、ジャパニーズホラー映画さながらの足取りで進んで来る。
それを直視できずに、オレは思わず目を背ける。
背けた先で、先ほど男が出て来たドアが開けっ放しになっているのが目に入る。
ああ、几帳面なオレとしてはそれが少し気になるなあ。
開けたら閉めないとだよなあ。
そう、人はこれを現実逃避と呼ぶ。
ザッ……ザッ……ザッ。
ヤバイ。
そのゆっくりとした足音が近づくにつれ、緊張でオレの心音も高鳴り、喉が渇く。
オレはゴクリと生唾を飲み込むと、張り付いていた喉の奥がパリッと剥がれ、小さい痛みが走った。
ザッ……ザッ……ザッ。
今この瞬間、ギルド内の視線が全てその男に注がれている。
ザリッ。
そして、ついにオレたちのテーブルの目の前までやってきた男は、そこでピタリと立ち止まった。
ぬぼーっと
その顔は自身の前髪の陰に隠れて、ここからでは表情が伺えない。
――ドサリ。
男は空いていた丸椅子を上から押しつぶすように腰掛けると、自身の膝上に肘を預けて手のひらで顔を覆い、動かなくなった。
先ほどまでヒソヒソと話していた奴らも含め、その様子をその場の全員が固唾を飲んで見守っている。
こう言うのは早い方がいい、腹を括るんだ! オレ!
オレは頭の中で小さく呟く。
オレは猛獣を刺激しないようにゆっくり立ち上がると、その場で一度深呼吸する。
周囲の視線が視線がオレに切り替わるのを感じるが、それは気のせいだと自分に言い聞かせる。
鉛のように思い一歩を踏み出す。
もう一歩。
そしてついに彼の傍らへ立つと、オレは決意が折れないうちに口を開いた。
「あ、あの……その……ヤマト……」
男の反応は無い。
「あの……その……ど、どうでしたか?」
しまった! この様子を見たらそんな事聞かないでも分かるだろっ! バカなのか俺は!
しかし、その心配をよそに彼の反応は無い。
気にしない様にしているつもりでも周りの視線がオレに刺さるのが、ジリジリとオレの精神を蝕んで来る。
「えっと……、そ、その……」
口の端から言葉にならない言葉を漏らしながら、オレは今から言うべきことを頭の中で整理する。
していると……。
「はあぁぁ…………」
男から大きなため息が聞こえ、思わずオレはびくっと体を仰け反る。
「…………」
………。
うああああああ。
怖いよおおおおおぉぉぉぉ。
男の様子を見るに、決して良い事態で無いことは明白である。
どうしよう、何て言えばいいんだろう……。
まずいまずいまずい。
恐怖に飲まれるな!
「ここ、こここ今回の事は、その……なんというか、こちらとしてもあの、迂闊というか、その、ミスがあったと……」
何とか一言目を絞り出し、オレは慎重に言葉を選びながら発言する。
「そのことについて、えっとその……謝罪をさせてもらいたいと思って……」
しかし、ヤマトの反応は無い。
ええい! ままよ!!
オレは背筋を伸ばし鼻から息を吸い、目を閉じる。
そして、
「本当に申し訳ありませんでしたッ!!」
言葉の勢いに任せ、オレは両手を合わると上体を九十度に折った。
手を鳴らした音が思いのほか大きくて、少しビビってしまう。
うっすら目を開けると、自分のつま先に焦点が合った。
「ギャハハハハハ!! マジウケるんだけど!!」
突然オレのサイドから高くてハスキーな笑い声が聞こえる。
アメリアだあ……。
「ななな何だ貴様! 諸悪の根源のお前がなんちゅう! なんちゅう態度だ! お前こそ早く謝れよ!! ほら!! ほらあッ!!」
顔を上げて、オレはアメリアを指差して怒号と唾を浴びせる。
「ばーか! 何で私があやまらなきゃいけねーんだよっ!! あたしはお前と違って”カナダ人”じゃねーから謝り方なんて分かりませーん!!」
お返しとばかりにアメリアはオレに唾を飛ばして来る。
このクソアマ、クソマジで本当に腹が立つ!
「このクソガキが!! オレだって謝りたくて謝ってんじゃねえんだぞ!!」
オレは思わず振り上げそうになった拳をギリギリで抑える。
そんなオレに対して、アメリアはニヤリと余裕の笑みを浮かべ、
「あとそれさ日本風に謝ってるつもりかもなんだけどさ! 日本人がそうやって手を合わせるのは法事の時か人に金を借りる時くらいだから! 勉強不足でちゅねー”メープル”ちゃん?」
「あああああ!! ファーストネームで呼ぶなっつってんだろこのメスガキャァア!!!!」
オレは拳を振り上げ、アメリアを殴らんとして飛び掛かった!
しかし次の瞬間――。
「もういい」
その低い声に我に返り、オレはヤマトの方に急いで顔を向ける。
アメリアも同じく、その声の主を見るが「あ! いただきますの時もか!」とか言っている。
「もういい!! もうウンザリだ!!!!」
ヤマトはそう叫びながらガバッと両手を広げ、天井を仰ぎ見た。
「池〇めだかかよ」
アメリアが何か言ったが、それが何なのかは分からない。
そして当のヤマトは、突然発狂したかと思うと、次の瞬間には何事も無かったように
その先では、カウンター越しにギルド職員が
「やあ”アノン”ちゃん」
カウンターの前に立ったヤマトが、目の前の職員へ声をかける。
アノンと呼びかけられた女性ギルド職員が、困惑した様子で「……はい?」と答える。
ヤマトは何を言うつもりなのだろうか? というか、あの新顔の女性職員、アノンって名前なのか。
そしてヤマトは少しだけ溜めた後、ゆっくり口を開いた。
「パーティー解除の申請を頼む」
「「えっ?!」」
思わず職員とオレの声がハモった。
「ちょちょちょちょ! ちょっと待ってくれヤマト!!」
オレは焦ってヤマトの元に駆け寄ると、
「ままま待ってくれ! またいつもの冗談だよな? パーティー解除ってお前!」
彼の肩をゆすりながら問いかけるが、ヤマトの体はびくともしない。
しかしヤマトはそんなオレなど完全に無視で、カウンターに肘をかけて目の前のギルド職員に微笑みかけている。
「あいつだあいつ! あのクソガキのせいだ! あいつさえ追い出せばいいんだ!! なあヤマト? 考え直してくれよぉ!!」
まずい! これは本気のやつな気がする。
もうなりふり構っていられないオレは、全力でアメリアに罪を着せようと声を上げる。
「いい大人の男がみっともなくて草! すっげえ必死になって。はっきりわかるんだね」
オレの発言に対してアメリアが返して来る。
こうなったら売り言葉に買い言葉の応酬である。
「黙れクソガキ! お前は毎度やりすぎなんだよ!! 分からんのか!? だから”デストロイヤー”なんて頭悪そうな二つ名付けられるんだろうが!!」
「おめーは図体ばかりデカくて万年
「お前えぇ!! お前は前世だったら炎上どころか黒人に射殺されてんぞ、こんのレイシストがあ!!」
「ざんねーん!! ここは地球じゃなくて
「アメリア」
ヤマトの冷たい声がオレ達の喧嘩を遮った。
「あ? な、なんだよ……」
流石のアメリアも急に名前を呼ばれてたじろいでいる。
オレは彼の言葉の続きを待つ。
「お前はクビだ」
ヤマトはまるでどこかの不動産王のように、毅然と彼女を指差してそう告げた。
「グハッ! グハハハハハッ!! さーすがヤマトさん!! ほーらアメリア! このパーティーのお
オレはここぞとばかりにアメリアを煽り返す。
「ちょ、ちょ待てよぉ!!」
そして間髪入れずに彼は、
「お前もクビだメープル」
!!??
「あへぁ!?」
アメリアへの追い打ちを考えていたオレにヤマトの無慈悲な声が刺さり、思わず変な声を出してしまう。
「ぎゃはははは!! ざまぁあああああ!!」
アメリアが嬉々として両手でオレにを指差す。
「ちょちょおっと待ってくれ!! せめて理由を!!」
流石にここでクビになったらシャレにならない!
あとその名前で呼ばないで!
「ユラリ」
「ゆ……ゆらり……」
そんなオレの言葉は当然のように無視され、こんどはユラリの
ん? そういえばユラリってホントの名前は何だったっけ?
「ユラリ。お前は……。まあコミュニケーションさえ頑張れば多分一人でもなんとかなるだろ。 うん」
「ゆらっ!?」
ユラリはブンブンと首を振り、ヤマトの発言に遺憾の意を伝える。
「そして最後にピチカ」
そして、最後に指されたのは神官のピチカである。
「はい? なんでしょう?」
とぼけるような笑みで、ピチカは首を傾げる。
「お前は……。まあ、お前はいいや」
「「はああああああああああああ????!!!!」」
アメリアとオレが同時に声を上げる。
「おかしいだろ!! お前バカなの? 死ぬの!?」
「ヤマト! あんたがピチカ
怒涛の総ツッコミである。
オレの視界にちらりと、野次馬どもが吹き出しそうになるのを堪えているのが映る。
こっちは笑い事ではねぇんだ! 命掛かってんだよぉ!
「うるさい。もう決めたことだ」
ヤマトはそう言い切って、ゆっくりと元の椅子まで戻っていく。
それを見て、オレも自分の
で、さらにそれを見ていた、
「あ、あのー……。流石にそれは困るんですが……」
後ろのギルド職員もカウンターから前身を乗り出し、本当に困っている様子でヤマトに声をかける。
「俺はここまでよく頑張ったよ、こんなお荷物ばかりのパーティーで二年も……」
その声さえ無視して、椅子に腰を下ろすなりそう発言するヤマト。
「ああ? お荷物はあっちだろあっち?」
それにアメリアが食って掛かると、彼女は順番に指を指しながら続ける。
「まともに戦闘も出来ない黒人ハゲにコミュ障の落ち武者。そしていつも自分は何食わぬ顔して実は何気に一番被害出してるクレイジーサイコ”聖女”!」
何故かピチカに対してだけ妙にトゲがある。
「自分の魔法も情緒もコントロールできないクソガキ魔法使いもな」
アメリアの発言に、ヤマトがそう付け加える。
「言わせてもらうがいつもあたしをガキ呼ばわりしてるけどピチカの方が年下だろうが。そもそも前からお前はあいつに甘すぎんだよ! このロリコン野郎!」
「ロリコンで結構」
ヤマトはそう言い切った。
「キッッッショ!! おめー前から思ってたけどマジでピチカをワンチャン狙ってるだろ!」
「…………」
無言である。
「うわあああああ!! マジきめぇぇえぇえ!!」
頭を抱えて発狂するアメリア。
「さーて! アノンちゃん。あの三人のパーティー除外をおねがいねっ!」
ドン引きするアメリアを尻目に、そう言うとヤマトは自分の冒険者IDカードをカウンターに向かってヒュッと投げる。
トランプ投げのようにくるくると回りながら放たれたそれは、カウンターの上を滑り、見事ピタリと職員の前に止まった。
「おい!!」
アメリアがヤマトの目の前に立ち塞がって凄むが、ヤマトはわざとらしくそっぽを向いている。
「あのー。先ほども申し上げた通り……」
ギルド職員はどう引き留めるべきか言葉を探っている様子である。
「おめー自分勝手にもほどがあるだろ!!」
そんな
それに対してヤマトは、
「自分勝手? どの口が言ってる? お前は自分の行動が正しいっていうなら”勇者パーティーを追放された
ヤマトはアメリアに現実を突きつける。
そしてその言葉は同時にオレにも付き刺さる。
そして彼の言った通り、とある事情でオレ達には多額の
「はぁ?? おめーがリーダーなんだから責任もって全部の借金返せよ!」
「アノンちゃーん! パーティー解散後に借金がまだ残ってる場合はどうなるのかなー?」
ヤマトに雑に振られた職員は困った声で、
「ええと、原則はパーティーメンバーで折半という事になりますが……でも――」
「はい。って事だから頑張ってね、最強魔法使いのアメリアちゃん!」
「おい待てババア! そんな規定あたしは聞いた事ねえーぞ」
今度は職員へ突っかかるアメリア。
そしてオレは、ババアと呼ばれた職員のこめかみが一瞬、ピクリと動いたのを見た。
「確かに、個人の責任が認められれば過失割合により一人当たりの金額が上下することはあります。ただし今回は既にパーティーの合意で”保険適応”の手続きを既に行っているため、メンバーで当分とするのが妥当と思われます」
明らかに不機嫌な声で職員が告げる。
オレ達冒険者は、不慮の事故が起きた際に色々と補填してもらうため、冒険者ギルドの保険に加入している。
もちろん強制加入である。
この前やらかした事件の場合は金額が大きすぎて保険では相殺しきれなかったため、とんでもない金額の借金をかぶせられてしまった。
「いやいやいや! ピチカだろ! あれは絶対ピチカが悪いだろ!! 毎回毎回ピチカだけ優遇しやがって! あいつはニヤニヤニヤニヤ何考えてるか分からない顔してほら見て見ろよあの邪悪な笑みを! あれは絶対分かっててぶりっ子してるんだぞちょっとかわいいからって男どもはすぐ甘やかしてさ! 何であたしだけ毎回強く当たられなきゃいけないんだよ! あたしだって女だぞ? もっとさあ! なんかもうちょっと大切にしてくれてもいいだろ!!」
まくしたてるアメリアに、オレは思わず、
「いやお前、女、子ども扱いするとキレるじゃん?」
そう返したのに続けてヤマトが、
「あれれー? アメリアお前、借金が払いきれないから噛みついてたんじゃないのか? まさかパーティー抜けたくない理由ってあれか? もしかしなくてもピチカに嫉妬してんのか? 実は俺の事好きなんか?」
そう言ってアメリアに対し、ニヤリと汚い笑みを浮かべる。
「んなわけねーだろこのドスケベロリコン勇者がッ!!!!」
アメリアは目を見開いてそう叫ぶと、今しがた自分が座っていた丸椅子を手に取る。
まずいっ!
「ああっおい馬鹿やめ――」
オレが制止する間もなく、その椅子はヤマトの頭に向かって振り下ろされる。
バキャンッッ!!
その椅子がヤマトの顔に触れるかという瞬間、椅子はヤマトの眼前で鈍い音を立てて粉砕された。
「
次の瞬間、粉々になった椅子の破片と共にアメリアの体が勢いよく後方へ吹っ飛んだ。
ゴロゴロゴログシャァ!!
アメリアは転がりながら半解放された両開きのドアの片方を突き破り、ギルドの外にはじき出されていった。
「ああ……」
オレ達の後ろで、ギルド職員が頭を抱える声が漏れ聞こえた。
オレは頭に乗った木片を払い落とし、静かにそっと後ずさった。
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