劣等感の塊だった俺が、異世界と現実世界で大人になる物語

グルグル魔など

1 落ちこぼれの独り言

 教室には、テスト結果を見たクラスメイトたちの歓声やため息が飛び交っていた。

 ――俺は冷めた薄目であいつらの様子を伺い、気づかれぬように溜息を吐く。


「やった、90点!」

「お前さ、勉強しないって言ってたのに結局ちゃんとやってるじゃん。ずるいよー!」


 それぞれの結果に一喜一憂しているクラスメイト。友達同士で点数を見せ合ったり、次のテストへの対策を話し合ったり、教室は賑やかだ。

 高校生活が始まってたったの2か月。

 けれど、人間関係が生まれるには十分な時間と言えるだろう。


 ――うるさいな。たかが中間テストの一つや二つでそこまで喜ぶなよ。それが俺の総意。

 俺は椅子に座ってぼんやりと窓の外を見ていた。返却された俺のテスト結果はひどいものだった。だから内心で、クラスメイトの様子に毒づいているわけ。

 ありがたいことに、誰も俺の点数を聞いてこようとしない。


「もうすぐ模試だし、次はもっと頑張らないとね!」

「そうだな。俺も今日からがちで勉強始めるわ!」


 ――こんな点数、誰にも言えねえな。

 赤い数字が無情にも俺の無力さを突きつけてくる。何度やっても、どれだけ勉強してもこんな風に結果は伴わない。勉強は苦手だ。体育の点数も同じようにテスト用紙の形式で点数で伝えてくれたらいいのに。そうしたら、俺の気持ちは多少は晴れるだろう。


 俺だけがこの教室の中で、まるで別の場所にいるような気がしてならなかった。

 まあ、都内でも屈指の偏差値を誇る高校に、俺みたいな落ちこぼれがいることが可笑しいのだけど。


 目を閉じた。逃げたいと思う。

 この現実から今すぐにでも。何もかもが嫌になる。授業が終わったら、すぐにアルバイト先に向かう。隙間時間で、寝る間を惜しんで勉強しても、このざまだ。


 ――世界は平等じゃない。分かっていたことだけど、残酷すぎる。


 ――俺みたいな奴がこんなトップレベルの進学校にいることが幸運だから……俺の幸運は使い切ってしまった。それに尽きるとも言えるか。


 学校の成績も、家での関係も、何一つうまくいかない。

 時間がゆっくりと流れて、ふと気がつけば教室は静まり返り、いつの間にか放課後になっていた。


「か、神崎君……起きろよ。もう放課後だぞ」

「放っておけよ。そいつ、かなりのテストで赤点だったみたいだし、不貞寝だろ」

「そっか、そうだな。起こしても意味ないかもな。落ちこぼれだし」

「それに俺、聞いたぜ。そいつ、中学ではかなりのわるだったって……」

「うっそ! 何でそんな奴がうちの高校に入れるんの?」


 小声で交わされる会話が耳に入ってくる。俺を起こそうとしたクラスメイトは、結局俺を無視して教室を出ていった。


 教室には誰もいない。

 俺は机に突っ伏して、無気力なまま目を開けた。何もかもが嫌になる。何も変わらない日々から、ただ逃げ出したかった。


 俺の人生には何の希望もないように思える。

 劣等感なんて押しつぶされて、死にそうだった。特に、この高校に奇跡的に入学してしまったことで俺の人間価値はがけっぷちに瀕している。


 別に入学したかったわけでもない。

 高校受験をしたわけも、ただの理由作りだ。一応、受験しましたよって世間体のため。


 ただ、幾つかの偶然が重なって面接で最高点を取ってしまい、ギリギリで滑り込んでしまっただけだ。入学前から分かっていたことだけど、俺みたいな人間がエリート気質な同級生と上手く絡めるわけもなかった。


 偏差値至上主義にまみれたこの高校じゃ、俺の価値は限りなく低い。もしかすると、ピラミッドの最底辺にも届いていないかもしれない。


「逃げたいなら、逃げてもいいんじゃない?」


「……は?」

 不意に聞こえた声、俺は驚いて顔を上げる。

 そこには一人の女生徒。俺を見下していた


「こんなとこで、何してるの? 皆、もう帰ってるわよ」


 声は静かなのにはっきりとして、教室の中に染み渡るようだった。


 俺でも知っているその美貌、結城ゆうき里佳子りかこが立っていた。俺みたいな落ちこぼれとは異なる、別世界の住人その人。


 同学年でも屈指の人気者。男女問わず、里佳子りかことよく声をかけられているから、俺も名前ぐらいは知っていた。だけど何組の女生徒までかは知らないし、興味もない。そんなピラミッドの頂点に手を届かせる彼女が、俺に声をかける理由とは?


 俺は目を開けて彼女を見上げる。


「……」

「……」


 やはり、結城ゆうき里佳子りかこその人だ――。

 長い黒髪は艶やかで、真っ直ぐに腰まで伸びている。


 透き通るような白い肌に、深いブルーの瞳。まるで海の底を覗いているかのようなその瞳は、誰の心にも触れることなく静かにただ存在していた。


「神崎君だっけ? 噂通り、野良犬みたいな目つきなのね。本当に、凄い目つきよ」

「喧嘩を売ってるのか?」


 結城ゆうき里佳子りかこはまるで俺の心の奥を覗き込んでいるかのようで、居心地が悪かった。

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