〜第1章〜

第1話 飛んじゃう私

「沙夜おはよー!」


教室の入口付近で。

元気いっぱいな声に振り返ると、親友の久美がこちらに向かって手を振っていた。


「あっ、久美おはよー!」 


私──沙夜は桜高校の三年生だ。この学校を選んだ理由は校則がとにかくゆるいこと。厳密には校則がゆるいわけではなく、教師が生徒を制御しきれていないというのが正しい。

生徒のほとんどが派手な格好をしている。


親友の久美は隣の席だ。久美は正統派アイドルみたいな顔をしているのにも関わらず、テニス部に所属している為、常に日焼けをしている。私は久美が大好きだ。


彼女は私と違っていつも明るく、気分のムラも無い。そんな久美にいつも励まされている。


「ギャハハ!おっ、沙夜来たじゃん。おはー。」

キラキラ系女子の桃香が私の方を向き、軽い挨拶を投げかけてくる。


私は小さく一礼を返して、桃香と、彼女の周りにいるクラスの一軍グループたちから視

線を逸らす。桃香は今日も、クラスの目立たない──所謂陰キャ男子の机に座っていた。


私は桃香が苦手だった。私が人生を何周してもなれなさそうな、モデルみたいな容姿。

校則では禁止されている金髪に、何回も折り畳まれたミニスカートは当然の着こなし。

ナンパは日常茶飯事のことらしい。その辺からして私とは合わない。



しかし、それを差し引いても絶望的に性格が悪いうえ、何よりあのギャハハという笑い

声を聞くたびに不安になるのだ。


桃香とは三年に上がって初めて同じクラスになったのだが、彼女は席順が私の後ろで、

ことあるごとに「ねーねー」と話しかけてきた。

最初こそ当たり障りのない会話をしていたのだが、桃香の反応が悪かったこともあり、

私は彼女の話題に合わせてクラスメイトの愚痴を喋ってしまった。

すると、桃香は急に生き生きとしだして話し出した。彼女は悪口が大好物なのだ。


休み時間になると、クラスはルーティンに入る。一軍グループによるいじめだ。


今日も桃香を中心としたメンバーが、オタク女子をいじめている。

いじめの内容はシンプルかつ酷いもので、ターゲットを中心に座らせて囲むような(サークル)輪を作り、罵詈雑言浴びせるというもの。

教師は実態はあるもののいじめを黙認しており、教室にいる時も決まって気配を消している。


それが始まると、私は気分が悪くなり、猛烈な吐き気を催す。

正義感の強い久美は最初こそ止めに入っていたが、今では自分が何をやっても意味がな

いこと、無力だという事を察して、唇を噛みながら傍観するようになった。

……私も傍観者であるのは同じだ。

でも、私は気分が悪くなるため、まともに見ることすらできない。

学校が終わると、私はすぐに帰宅する。

家だけが唯一、私が安らげる神聖な場所だからだ。

そして私の家には、私の味方がいる。


──首を吊った、私だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る