月の絆
辻村奏汰
第1話
「月面の研究所勤務は、私の目標の一つです。中学時代にムーンベース研究所建設のドキュメンタリー番組に感動しました。いつか月で働きたいと思うようになり、宇宙物理学者になりました」
「物理学者でなくとも月で働けたけどね」と真ん中に座る面接官が突っ込んでくる。
「物理学が好きだったので」
身体中に汗が吹きでてくる。こんなに緊張したのは宇宙科学研究所の入社面接を受けて以来だ。鼓動が激しくなっていく。
まずい、とゆっくりと深呼吸する。すべてをモニタリングされているだろう。顔の表情だけでなく、視線、血圧、脈拍、発汗量など。
この面接は、ろくでもない奴を月に派遣させないために、落とすためにやっているのだ。
優雅なパーティーができるような部屋の中央で、黒島秀(くろしましゆう)はキャスターのついた椅子に座っている。正面の壁付近に一列の机があり、五名の面接官が黒島をみつめている。全てを探ってくるような表情のない顔が並んでいる。
極度に緊張しているからだろうか。キャスターが小刻みに動いている。貧乏揺すりみたいで、体が熱くなるほど恥ずかしい。
コントロール。
早く終わってほしいなんて考えてはダメだ。何でも訊いてください、という態度でいないと。
マーシャ・グリーン博士に会いたいから希望していると正直には言えない。不謹慎な奴だと落とされるだろう。〝グリーン博士と共同研究がしたい〟と発言すれば、印象が良くなるだろうか。
同僚の千田に教えてもらうまで、ムーンベース研究所(MBRC)の研究員を募集しているなんて気がつかなかった。
研究所に何人か欠員が出たらしい。募集要項の一つに宇宙物理学専攻の研究員が一名とあった。黒島にとってまたとないチャンスである。
「黒島さんは月で何がやりたいの」
「その研究が人類にとってどのように役に立つの」
「私は、そんなことが役に立つとは思えないのだけど」
ストレステストを受けている気分になる。もう落としてもらって結構です、なんて口が裂けても言えない。不合格に直結する。
「わかりました。もう結構です。面接は以上ですので退席ください」
白けたような雰囲気の中、席を立った。
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