第11話
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
家に着いて、ベットに飛び込んで、枕に顔を埋めて、思いっきり叫んだ。
だって仕方ないじゃないか。
まさか唯一の親友だと思っていた女の子に、昨日仲直りしてまた親友に戻った女の子に…
「ぁぁぁ…」
…恋してたなんて。
知らないわよ。だって、恋なんてしたことないもの。そもそも友達だって片手で数えられるほどしかいなかったんだ。だから友達と恋愛の境界線が分からなかった。
確かに綾音は今までの友達とは違った。こんなにも自分の方から誰かを求めるなんて初めてのことだった。
でもそれだって、ようやく私にも親友と呼べる人間に出会えたんだって思ってた。本当にそれだけ。
咲先生には恋仲を疑われたり異常な執着を指摘されたけど、それだって私が唯一の友達を手放したくなかっただけだと自分で納得していた。
しかし、今日私は確信してしまった。
自分の綾音に対する気持ちは恋なんだと。
だって、綾音が恋人云々言った時、私は他人と綾音がセッ…えっちしている所を想像して吐き気を覚えたんだもん。
そしてその妄想を掻き消して、次に想像したのは、目の前の綾音を裸にしてベッドの上で自分が抱いているところだった。
想像の綾音は、えっちな漫画でしか見た事ないような火照った顔をして私の名前を呼んでいた。
そして私は、やり方なんて知らないのに、綾音の全身を自分の好きなようにして、明らかに興奮していた。
そしたらもう、ダメだった。
自分の下で無防備に私を見上げている女の子が、そういう対象にしか見えなくなった。
そしてどうしようもなく欲しくなった。
つまり、私は完全に綾音の事を性の対象として認めてしまったわけだ。
認めてしまったら、今まで無自覚にしてきた行為達がとてつもなく恥ずかしい事である事に気がついた。
ずっと抱きついて、全身ぴったりくっつけて、匂い吸い込んだり、甘えたり、メッセージだったり通話だったり、自分でもどうかと思うほどの嫉妬心も…あれが全部性的な求愛行動だったなんて。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
◆
「…はぁ。」
一通り悶えて枕から顔を上げた私は、仰向けになって白い天井をぼんやりと見つめる。
「…初恋は叶わない…ね。」
そして自分で呟いた言葉に、胸が締め付けられる。
まさか自分の初恋相手が女の子になるなんて思っても見なかった。
でも、奇跡的に相手の子も同性を好きになる女の子で、私は一応土俵には立てている。
「…なのに、ワンチャンもないわよね」
ここまで奇跡が重なってるのに、残念ながら私は綾音の恋愛対象に含まれない。
綾音はどうしてか、女の子相手でもノンケであれば、その子に対して性的興奮を覚えないらしい。
それは私の歯形やキスマークに対する反応で明らかだ。
なんだあれ。あんなことされてなんで笑っていられる。
…いや、当たり前だ。だって私はノンケでただの親友なんだから。
本当に友達同士のスキンシップにしか捉えられてないんだろう。
最早綾音からの恋愛的好意は期待できない。
かと言って、こちらからの積極的な行動は相手にされない。もう過去の経験で立証済みだ。
なればもう直接的な告白しかないが…
「今更『私、本当はレズビアンなので付き合ってください』なんて言っても…信じてもらえないだろうなぁ。」
漫画が並ぶ本棚に目線を映す。
酔った勢いで普段はしない下ネタトークをしてしまった私。
その時には既に私は綾音の事が好きだったはずだが、あまりにも距離が近かったからまるで気が付かなかった。
だからなのか、単純に好きな漫画のキャラクターで話を進めたんだった。恋愛なんてした事なかったから。
そして不幸にもそのキャラクターが男性キャラの天龍君だった。
「ぁぁぁ…もぅっ…」
その日、私は綾音にノンケ認定された。
あれがなければ、可能性は無限大だったはずだ。本当に、お酒と漫画がトラウマになりそうだ。
しかもその後、私はレズビアンだと告白した綾音を拒絶した。
今なら、あの時の自分の心境がなんとなくわかる。
多分、私が怖かったのは綾音じゃなくて、その後行われるであろう性行為に対して。無理やり組み敷かれる、そんなイメージ。
綾音が別のナニカに見えたのはそのせいだ。ただ私の身体を狙う獣に見えたんだ…私に経験がないから。綾音とそういった事をするなんて想像もした事がなかったから。
現に、今私は綾音とそういった事をしたい。土下座してでもさせてほしい。命と引き換えにしたっていい。だって私は恋を知ったから。
けど、あまりにも絶望的な状況すぎて私の心はボロボロである。
どうやって覆せば良い。参考になりそうな漫画を頭の引き出しから取り出して考えてみる。
普通の少年漫画なら、お色気一発で男は簡単に堕ちるかな。逆に女の子相手なら命でも守って見せれば一発か。でも綾音にそれらは通じないだろう。
読んできた恋愛漫画は参考にならない。私の本棚にも並んでいない。
だって好きと言えば終わりの話を、長々と片思い風に続ける意味がわからなかった。
異性同士でそこそこの関係までいっておいて、「〇〇君が私の事を好きかどうかわからない」と泣くヒロインの心境がどうしても分からなかった。
そして何故か主人公側の男は色々な女に手を出しはじめるのだ。
別に内容を否定するつもりはないが、やっぱり恋愛漫画は私には合わない。あれを私はどう思いながら見れば良い。
うん、やっぱり汗と涙の王道バトル漫画が一番だ。
そこまで考えて、ふと思いつく。
「異性同士で…?」
…そうか。
異性同士で抱き合ったり、同じベットで寝たり、なんならキスマークをつけたり、嫉妬したり。
これで長々と付き合わないのはまるで理解できなかったけど、同性同士に置き換えてみると「好き」が言えなくて泣いてしまうヒロインの気持ちが理解できる。
だって今まさに私がその状況なのだ。
あそこまで綾音にべったりくっついても、『親友』の関係性で成り立つ。成り立ってしまう。
それが同性間の恋愛の難しさ。
初めて自分が立っている場所が、とてつもなく険しい道なのだと思い知る。
だからこそ、知識は絶対必要だった。
「とりあえず検索ね。」
私は急いでパソコンがあるデスクに座り、PCを起動させた。
◆
PCを閉じた時には、辺りは暗くなっていた。
最初は、『レズビアン』を頭に置いて色々検索していたが、今、検索履歴は『百合』に完全に塗り替えられている。
どうやら同性同士の漫画や小説は、レズビアンというより『百合』や『ガールズラブ』というタグがつけられる事の方が多いらしい。
そして百合やガールズラブに関する漫画や小説を読んでいたら夢中になっていて、気づいたらこの時間だった。
感想としては、主人公やヒロインに対して共感しかなかった。
だって置かれている状況がまんま自分と同じだったりする物が多くて。
漫画にこんなにも感情移入して読んだのは初めてだった。気づいたら、お気に入りの漫画は紙の方も全部ポチってしまった。
時計を見れば、もう20時だ。一体何時間PCと向き合っていたんだろうか。
とりあえず伸びをして、固まった身体をほぐす。
「そういえば、咲先生って同性愛に理解があったわね。」
ふと、思い出す。
悔しいけど綾音に対する理解力は、私よりも圧倒的に上だった。
あの人に相談しよう。
どうしようもない先生だと思ってたけど、この間から見方が変わった。先生としてはどうしようもないけど、人としてはそれなり、綾音に対しては溺愛、そんな人だ。
思い立って、スマホを手に取る。
先生の連絡先はちゃんと登録してある。
「え、あっ。」
しかし、連絡を取ろうと画面を見て固まる。
─
『やっほー。課題進んでる?』
『もしよかったらさ、今度〇〇駅の近くにあるスイーツ屋さんいかないかい』
『一緒にデブ活しようぜ!』
『課題大変かい?』
『もし余裕があったら通話しながら課題をするとかどうかにゃ〜』
『連投してごめん!忙しいよね!課題頑張って!』
─
本末転倒とはこの事だ。
綾音との今後を考えるあまり、本人の事を完全に忘れてしまっていた。恐るべし百合漫画。
私は急いで綾音に電話をかける。まだ20時だ。起きてるはず。
けど、繋がらなかった。
一気に不安になる。
でも、大丈夫。私達は仲直りした。ちょっと今手が離せないだけだ。大丈夫。
あぁ、こんな少しのことで不安になるとか。私って本当に綾音のことが好きなんだなぁ。今の私、さっき見たヒロインの子と全く同じだわ。
気を紛らわせる為に、私は少ない友達欄から『東雲 咲』を選んでタップする。そこでふと気づく。
咲先生のトプ画に映る二つの手には、結婚指輪らしきものが写っている。
先生ってこういうのトプ画にするんだ、と案外可愛い所があるなとか思った。
「というか、咲先生って結婚してたんだ。」
でも咲先生は綾音のお母さんと綾音と3人で暮らしてたんだよね?綾音が独り立ちしてから結婚したのかな。それとも旦那さんは単身赴任なんかしてて離れて暮らしていたりするのだろうか。
「ま、いっか。とりあえずメッセージ送ろう。」
─
『こんばんわ』
『相談したい事があります』
『金曜までは長いので』
『暇な時』
『通話お願いします』
─
私がそう送ると、意外にもすぐに既読になった。先生は今日休みなのだろうか。
─
『それくらいの文章一回で送れ。通知うっさいわ。』
─
送られてきた文章に、ふふっと笑みが溢れる。
綾音との単語単語を送るやりとりに慣れすぎて、同じ形式で送ったのがいけなかったか。咲先生は気に食わなかったらしい。
後単純に、私の中で咲先生は友達に近い。ぶっちゃけ先生相手には失礼とか全く考えない図々しさがある。
そうして画面を見て笑っていると、ポコっと間抜けな音がして、咲先生のメッセージが一つ増える。
─
『おい。別に怒ってねぇから通話くらいいつでもしてこい。出れる時は出てやる。』
─
私が既読にしたまま返事しなかったから、気にしたんだろう。
やっぱりこの先生、かなり可愛い人だ。そして優しい人だ。
私は遠慮なしに通話ボタンをタップした。
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