酔った勢いでノンケ発言をしてしまった女の子が、ノンケ嫌いの女の子に恋をしてしまって拗らせてしまう話
水瀬
プロローグ
第1話
※9月2日に物語を大幅修正しました。
◆
私は感情が表情に出にくく、その関係で人付き合いが苦手だった。所謂日陰者という奴で、ボッチ、コミュ障。
それはこの大学に入学してからも変わらず。もう夏休みを終えたのに、通学路や講義の時間もずっと1人。
それでも不自由はなかったし、4年間をそのまま1人で過ごしても問題は無いかな、なんて思っていた。
そんな私が、大人数の人気ゼミを選ぶわけもなく。志望者が1人しかいないような不人気のゼミを意図的に選んだ。
今に思えば、少数のゼミを選ぶ方が個人を認識しやすくなってしまい、返って自分を苦しめる選択だったと思う。
「あれ!?もしかして君って、ここのゼミ選んだもう1人の子!?」
教室に入るなり、1人の女の子が駆け寄ってきた。
「え?…え、えぇ。」
人付き合いが苦手な私が、咄嗟に良い返事ができるわけもなく。詰まりながらも頷くことしかできなかった。
その私の反応の何がいいのか、女の子はにっこりと笑って私の手を取った。
「私は橘綾音!私もここのゼミなんだぁ!」
私の手を包みながら彼女は、私に顔を近づける。
なんて距離感だ。これが陽キャか。
明るく染められた茶色の髪はセミロングに整えられていて、どこか大人の雰囲気を感じる。それでいて、ニコニコと明るい笑顔は子供そのもの。
近寄った彼女から香る甘い匂いは香水だろうか。
この大人と子供を両立するアンバランスさ、この女性はきっとものすごくモテるのだろうと想像する。そもそも顔の作りが良い。
「君は、なんていうの?」
首を傾げながら、彼女…橘綾音は可愛く聞いてくる。
「えと…高嶺…麗華…」
「おっほー!可愛い名前だね!麗華って呼んでも良いかな?」
「え、えぇ…。」
「ふひひ!ありがと!私の事も呼び捨てでいいからね!」
私が戸惑っている間にとんとん拍子に進む会話。私が飛び越えるのを躊躇するようなハードルを、簡単に飛び越える彼女。
私達は陽と陰だった。真逆。
「これからよろしくね!麗華!」
この強い光が私を完全に飲みこんでしまうのは、必然だった。
「ちちくりあうなら他所でやれ馬鹿共。」
そんな風に彼女と手を握り合っていると、女性の声が聞こえて見る。
視線の先には…
髪は長い金髪。それをポニーテールにして纏めている。目つきは怖いけどすっごい美人。
上は白衣を着て、下はミニスカート。そこから生える長い生足を隠す事もせず机に放り上げている。
そんな中々インパクトの強い女性が居た。
「うっわ。口悪。だからこのゼミ不人気なんだよ」
そんな女性と、綾音はフランクに話し始めた。
「楽できていいじゃねぇか。」
「なんでこんなのが教師やってんだろ」
「しかたないだろ。上が人ないねぇとか言ってるから。ほんとは子守りなんかしたくねぇんだよ」
「さいてー…ま、いいけどね。お陰で一コマ楽できるし」
「あ、お前の単位はねぇぞ。」
「んな殺生な!?」
どこかこの2人には、私には分からない繋がりがある気がした。やり取りが知り合いのそれだ。
しかし、この人この学校の教授なのか。教授の要素白衣しかない。
「あー、ごめんね麗華。」
私が2人のやりとりに唖然としていると、綾音に声をかけられて意識を戻す。
「これ、実家の居候なんだ。」
「指差すなボケ。」
居候…?どういう事かよく分からない。けど、2人が親密な関係なのはなんとなく分かった。
「あ、えと…高嶺麗華です。その…宜しくお願いします。」
とりあえず無難に挨拶をする。
一応、この人は私の選択したゼミの先生になるわけだ。
「おーう。ま、ここ選んだってことはやりたい事特にないってことだろ。単位ならいくらでもやるから遊んできていーぞー。」
…先生に、なるんだろうか?
私はとんでもないゼミを選んでしまったんじゃないだろうか。
「えー!まじ!?」
そんな先生の言葉に反応したのは私ではなく、綾音だった。
目をキラキラと輝かせて、嬉しそうに飛び跳ねる。
前世は犬だな。とか、なんとなく思った。
「おう。お前も行ってこい。つか行け。」
「あん♪咲ちゃんやっさし〜♪」
「どうせ真面目に受けたってお前には単位やらないしな。遊んだ方が得だろ。」
「ふっ!ざっ!けっ!んっ!なっ!」
でも、この2人のやり取りは私的には面白くて好きだった。勉強の方は期待できないかもしれないけど、これからゼミは大学での楽しみの一つになりそうだ。そんな風に思った。
◆
「ねね!麗華はさ、この後予定ある?」
初めてのゼミを終えた所で、綾音に声をかけられる。
初めてのゼミといっても、渡さなきゃいけない資料とかいう【くしゃくしゃになった紙】を渡されただけだ。その後「じゃ、おつー」と軽くいって先生は出て行ってしまった。本当にそれで終わりだった。
「え、ないけど…」
「そしたらさ一緒に帰らない?」
私は一瞬考える。
「そう、ね。…いいわよ。」
そしてそう応えた。
普段の私なら、断っていたかもしれない。
けど、綾音と私、2人しかいないゼミ、これから嫌でも顔を合わせることになる。断って気まずくなるのは何としても避けたい。
そんな思考が私の中で巡った結果だ。
「やった♪」
そんな私の打算的回答を知らず、また飛び跳ねるように喜ぶ綾音。
私の口角が上がっていた事に、私は気づかない。
◆
彼女との時間は想像以上に楽しくて、あっという間だった。
今日はじめましてだった女の子は、第一印象通りに底抜けに明るい子だった。
私がどんな反応をしても、ニコニコと楽しそうに笑っていて、私の方まで釣られて笑顔になってしまった。
秋なのに歩きながら食べたアイスの生クリームをヒゲみたいに付けながら、それに気づかずに歩き続ける彼女が面白くて、無意識にスマホを取り出して彼女の写真を撮ってしまった。
「むむ、盗撮は犯罪ですぜお嬢さん。」
初対面の日に失礼かもしれないと顔を青くしたのは、綾音が芝居掛かった声を出してからだった。
「あ、あの!ごめんなさ…」
「って、ことではい!」
「…え?」
私が心の底から謝ろうとした時、綾音はそれを遮るように明るい声で私の前に立った。
訳もわからず顔を上げると、外なのも気にせず綾音はポージングをし始めた。
「綾音さん公認のセクシーショットね!これなら好きなだけ撮っていーよ!いや〜ん、あは〜ん、うふ〜ん」
そして、そんな事を言いながら、綾音はお尻を突き出してみたり、胸を持ち上げてみたり、腕を上げて脇を見せて(長袖を着ていて見えないが)きたり。
漫画とかでよく見る、ギャグに近い様々なお色気ポーズをしてみせた。
その一瞬で、私は綾音という人間を理解した。そして、理解してしまったら、私は完全に彼女の虜となった。
「ぷ、ぷくく…」
そうすると、私の中から罪悪感と恐怖心が完全になくなり、残ったのは髭を生やしながら必死にポーズを取る彼女に対する可笑しさだけだった。
「あ、笑ったなー?私のセクシーショットは貴重なんだぞー?ほれほれ?どうだー?それー!」
「だ、だって綾音…ほら…ぷくく…」
「ん?…あー!うっそ!?いつから!?」
「10分くらい前から…ふふ」
「早く言えよ!恥ずいだろ!」
ついに耐えきれなくなって、髭を生やした綾音が映ったスマホを見せてあげると、意外にも顔を赤くして本気で恥ずかしがっていた。
あぁ、そういう顔もするんだ。
私は今日会ったばかりの女の子の事を、もっと知りたくなった。
◆
「んー!今日は楽しかったー!」
こういう時、私も!と笑顔で言うのがきっと普通なんだろう。
でも私は心の中でそっと、私も楽しかったと呟く。綾音のことは1日ですごく好きになった。けど、やっぱりまだ恥ずかしい。
長年1人で過ごしてきたのだ、全然慣れない。
「綾音はどっち方面なの?」
「〇〇方面だけど」
「おお!私もそっち〜。△△駅の近くで一人暮らししてるんだ〜」
「え、私もそこが最寄りよ。」
「うっは、まじ!?超運命じゃ〜ん」
ここまで1日で奇跡が重なると、さすがに私も綾音に対して運命的な何かを感じた。
「麗華さえ良かったらさ、時間が合う時は一緒に登校したりしない?」
「うん。する。」
私は即答した。考える余地もない。運命の方が私に寄ってきてくれているのだ。掴む以外の選択肢なんてなかった。
◆
帰ってすぐ、綾音からメッセージが届く。
これから宜しくお願いしますという挨拶と、一枚の画像。
その画像を開くと、綾音の講義の時間割だった。これと私の時間を照らし合わせて、合う時間がある日は一緒に登下校をしようという事なのだろう。
私は自分のスケジュールを確認する。そして、眉間に皺を寄せた。
何回見直しても、私と綾音の時間が被っているのはゼミの授業がある日だけだった。それもゼミ終わりの帰りの時間だけ。
私のスケジュールは、前の方で取り揃えている。嫌われ者の一限達だ。
それとは反対に、綾音のスケジュールは頑張って後ろの時間で取り揃えてあった。絶対興味無いであろう授業が何個もあって、そこから綾音の性格が見えてきて少し面白い。
でも、そのせいで私達が会えるのは金曜日のゼミの後だけだった。
私は少しだけ残念な気持ちになりながら、自分の時間割を送る。
こんなことで落ち込むだなんて、私は余程彼女を気に入ったらしい。
こんなにも誰かに会いたいだなんて、それこそまだ友達がいた小学校の時以来だ。
そんな事を考えていると、唐突にスマホが震えて驚く。
メッセージの通知かな、と思ったが、バイブは持続的だ。
スマホの画面には、あやねという文字と、どこかのブランドらしき洋服の画像。所謂アイコン。
震えは通話を知らせるものだった。
ただの電話なのに、急に緊張感が襲ってくる。でも仕方ないじゃない。電話なんてもう何年もしていない。むしろ電話を取る側となると、片手で足りるくらいしかしたことが無い。
でも、早く取らなければ綾音はこの通話を終わらせるだろう。そして、無視した私に呆れるかもしれない。
それだけは避けなければと、震える手で震えるスマホを取る。
「は、はい。」
『あ!ごめんね急に!今大丈夫だったー?』
上擦った声が出て少し恥ずかしかったが、スマホの向こうから聞こえる声は、そんなこと気にしていないようだった。
「え、えぇ。大丈夫よ。何もしてないから。」
『そっか!よかったー…って、よくないわ!なんじゃあの時間割!?1週間全部1限からってどうなってんの!?』
「1限は取る人が少ないから…席が空いていていいのよ。」
『え、理由それなの!?』
「ええ。大事なことよ。」
『うは〜。麗華は見かけによらず面白いなぁ〜』
1限は嫌われ者だ。大学には遠くから来る人達が高校の時よりもグッと増える。だから必修でもなければ好んで取る人は少ない。
それは私にとっては聖域だった。
それをケラケラ笑う綾音。でも、それを馬鹿にしているような嫌な感じは全くしない。これぞ友達同士のやり取りなんだろう。
だったらと、私も自分なりに言葉を返してみる。
「あなただって、何よあの時間割」
『んー?』
「頑張って午後に詰め込みましたって感じの時間割。」
『くひひ、ばれたか!私朝超苦手だからなぁ〜』
「そんな感じする」
『え〜、どんな感じよ〜』
「楽しい事に命かけてそう」
『おー、中々いい線いってるなぁ』
今日初めて会った子なのに、そうは思えない程すごく話しやすい。交わされる会話が気持ちいい。
そう思うのは、彼女の類稀なるコミュニケーション能力によるものだろう。
彼女はずっと私をリードしてくれている。そうでなきゃ、私がこんなに上手く人と話せるわけがない。楽しいと思うわけがない。
「…金曜しか、会えないわね。」
そう思った私は、つい思っていた不満事を口にしてしまった。
しまった、と思ってももう遅い。
『んふふ。それ、私にもっと会いたいよ〜っていう風に聞こえるぞよ。』
この通り、現代の技術によって私の言葉は彼女の耳に完璧に届いてしまっていた。
「…」
『ごめんごめん。無言やめてーな。』
バクバクと、心臓がうるさい。
出会ったばかりの子に、会いたいという気持ちを全面に出すなんて気持ち悪い。絶対引かれる。
「…私、うざかった?」
こう言う時、私の口はよく動く。
『ん?』
「その、私友達とか殆どいたことなくて…距離感とか分からないから。うざかったらハッキリ言って欲しい。」
『え、そうなの?』
「…うん。」
『やった!じゃあ私、麗華の友達一号ってこと?』
「いや、過去には友達いたから」
『いやでも!今は私だけってことでしょ!?』
「え、えぇ…まぁ、そうね…」
『なら、友達初心者の麗華君には、綾音様からこれだけは言っておこう!』
「何?」
『私には遠慮しないでいいからね。』
「え?」
『手始めに、さっき思ったこと言ってみ。』
「さっき思ったこと?」
『「可愛い綾音ちゃんと毎日会いたい!大好き!ちゅーー!」って。』
「…」
『おい、無言やめろ』
あり得ないと思った。
だって、私はほんの少し前まで恐怖していたはずだ。自分の言動のせいで、綾音に嫌われるのではないかと。
そこから不安で自分の黒歴史を話して、綾音を困らせたはずで。
なのになんで。
なんで、私は今、笑っているのだろう。
綾音の話術なのだろうか?気付けば、話の本筋から脱線しすぎない程度に脱線させて、最終的にネタに昇華させる。
私のさっきまでの不安は、もうどこにもなかった。
綾音なら、大丈夫だと。今日会ったばかりの女の子相手に、私は絶対の信頼をおかされた。
「…もう少し、綾音に会いたい。」
だから、今回の言葉は自然と出てきた。
きっと綾音なら大丈夫。会ってくれる。拒絶しない。
『…』
「あ、あなたこそ!無言やめてよ!」
なのに、返事が返ってこなくて焦る。
まさか、騙された!?
『ごめんごめん!麗華のおねだり可愛すぎて心臓止まってたわ!』
しかし、意味の分からない回答が返ってきたことで安堵する。
良かった。とりあえず嫌われたりしたわけではなさそうだ。
綾音のことは信頼しているけど、あぁいう無言は怖いからやめほしい。綾音の声が聞こえないのは怖い。
『じゃあさ、空白で会おうか!』
「空白?」
『昼休みでしょー?業間でしょー?それに土日!』
「っ…!」
私は綾音の提案に、自分の口角がギュッと上がったのを感じた。
その手があったか。別に登下校だけが私達の時間じゃない。
『本当はね、それを伝えたくて電話を繋げたのよ。単純に麗華と話したかったってのもあるけど。』
「そう、なの…」
綾音の言葉に、さっき限界まであがったはずの私の口角は、ピクピクと動いてまだ上りたがる。普段表情筋なんて使わないから痛い。
『でもよかった〜。麗華も私の事を気に入ってくれたんだね!』
「ええ、今日の数時間であなたへの興味はすごく湧いたわ。」
『うひひ。そりゃえがったぁ、えがったぁ』
『も』…つまりは、綾音も私の事を気に入ってくれたという事か。私なんて、終始綾音にリードしてもらっていただけだけど、どこが良かったんだろうかという疑問は残るけど、正直どうでもいい。
綾音が言うのなら、嘘じゃないはずだ。
「…その、私からもメッセージとか送ってもいい?」
『麗華ちゃんや忘れたのかえ?あたいに遠慮は無用さね。』
「…ありがと」
『いいってことよ!…それじゃ、ま。言いたいことは言えたし、そろそろ通話終わろっか。』
私も、言いたいことは言えた。最後に素直になれた。
綾音の声とバイバイするのは、少しだけ寂しく思う。
今日初めて聞いた彼女の声は、酷く耳障りが良くて、好きな声だった。
「うん。連絡してくれてありがとう。」
『おう!麗華もいつでも連絡してこいよな!私もどしどし応募するから!』
「ふふ、何をよ」
『ふひひ!…じゃあ、おやすみね。麗華。』
「うん…おやすみ。綾音。」
最後にまたよく分からない事を言って私を笑顔にしてくれた。
楽しかったな、と思いながらスマホを耳に当てたままにする。
通話が終わる瞬間まで、このままでいたかった。
「…」
『…』
「…」
『たは〜!よくあるやつ〜!』
「ふふ。切るタイミングって分からないものね。」
その結果、2人して通話を切らなかった。
これ、漫画とかでよくある奴だ。まさか自分が経験するなんて思わなかった。
更に私は笑顔になる。誰かと話してこんなに楽しいと思ったのは、本当に久しぶりだった。
『…じゃ、先に通話切った方が勝ちね!』
「え?ちょっと…!」
『じゃ…』
テロンという情けない音が聞こえて、通話が終わる。
なんとも無茶苦茶なルールを提示されて、綾音は通話を切った。きっと通話を切ることが出来ないであろう私への配慮だろう。
寂しいなんて、久しぶりの感情だった。
そして、そんな寂しさの中には、これからの未来への期待がたくさん詰まっていた。
私は握ったまだったスマホを動かす。
そして綾音とのトークの画面に戻して一枚の画像と「おやすみ おじいさん」という文字を送る。
するとすぐにスマホは振動する。
『それトプ画にしてええよおばあちゃん。おやすみ。』
その返信に少し考え、自分のアイコンをタップした。
そしたら数秒後、またスマホが震える。
『アホ!素直か!嫌い!嘘だよ大好き!私をたくさん可愛がってね!おやすみ!』
私は彼女の反応に満足げに微笑んだ。
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