僕のお姉さま

@SHOUSETUMIKAN

第1話 お見合い失敗


「――ごめんなさい、あなたとはやはり、結婚できそうに……ないです」

 目の前の青年に申し訳なさそうに言われて、ルミナはショックを受けたものの、気丈にほほ笑んだ。

 持っている手帳に、ペンでさらさらと書きつける。

『こちらこそすみませんでした。短い間ですが、ありがとうございました』

 それを読むと、青年はさらに言い訳をするように言った。

「お、俺は……! ルミナさんの優しい人柄に好意をもっています、決して――」

 だがルミナは、その言い訳をさえぎって首を振り、さらにかきつけた。

『大丈夫です。私はこんな身体でもありますから、当然のことです』

 ルミナは過去に起こった事故のせいで、声が出ず、身体も弱い。それなのに、お見合いを受けてくれたこと自体、感謝すべきことなのだ。

『どうぞ、謝らないでください』

 ルミナはもう一度書きつけ、深々と頭を下げた。

『シュナイザー様の今後のご活躍をお祈りしております』


 彼と会話を交わしたホテルのサロンを出て、石畳を歩きながら少し溜息をつく。

 ――あぁ、私はやっぱり、この先もずっと一人なのかな。

 わかっていても、そんな寂しい気持ちになる。

 思えば、ルミナは今まで不運な半生を歩んできた。

 もともとは貴族の両親のもと、幸福に暮らしていたが、10才の時に、両親が病気で亡くなり、ルミナは親戚に引き取られた。

(それでも、ウィンター家の人は皆いい人だから、私は運が良いと思っていたけれど……) しかし不運は続いた。12才の時、ルミナは魔術アイテムの事故で、呪いにかかってしまったのだ。呪いによって体は弱り、声も失ってしまった。

 そして、失ったのは声と健康だけではなかった。  

――『呪われた令嬢』、そう噂は広まって、年ごろになっても、誰もルミナに近寄らなかった。

(当たり前よね……呪われた令嬢を妻にしたい人なんて、いないもの)

 ルミナは溜息をついた。

 ――結婚して家を出ることはかなわなそうだ。けれどこれ以上、ウインター家の世話になるわけにもいかない。

(だって私はもう、去年には成人したのだもの)

 ルミナは今年、21才。ウインター家の面々ははっきりとは言わないが、ルミナの存在が家の重荷となっているのは間違いない。

(私に居座られては……困るでしょう、きっと)

 ウィンター家の嫡子で、義弟であるミシェルも、もうすぐ18となり成人する。いずれは結婚をし、ウィンター家を継ぐ予定だ。

(そこに、呪われた令嬢なんかがいては……)

 邪魔なことこの上ないだろうし、ひょっとしたらルミナがいるせいで、義弟の縁談に差しさわりがあるかもしれない。

 通りを歩きながら、ルミナはますます溜息を深くした。馬車道の辻に建つささやかなスタンドが目に入り、キャンディーや雑誌などがならぶ棚をちらりと見る。

(望み薄だけど……もう一回試してみようかしら?)

 ここ一年ほど、ルミナは新聞や雑誌を買いあさって、求人欄をチェックするのを習慣としていた。

(……本当は、仕事をもって自立できるのが一番だもの……)

 しかし、口が聞けない令嬢にできる仕事なんて、一つもなかった。良くて門前払い、悪くてホテルに誘われそうになった。それで、知人に紹介された紳士に会うことにしたのだった。

 シュナイザーは口下手だが優しく誠実な青年で、数回、お茶を飲んだり散歩をしたりした。

(いい人だったし……デートも、お互い楽しかった、と思うのだけれど)

 ルミナの筆談でも、シュナイザーはイラついたり退屈したりすることなく、いろんな会話をしてくれたのだ。だからルミナも、その時間を楽しく過ごした。

――が、結果は、『お断り』であった。

 ルミナはちょっと唇をかんでうつむいた。仕方ないとわかってはいるが、少しだけ、傷ついていた。

 ――けど、ずっと傷ついているわけにもいかないのだ。

(……仕事もない、結婚も無理そう。こんな私が家を出るには、どうすれば……)

 悩みを深くしつつも、ルミナの足は自然と教会に向かっていた。

 亡くなったルミナの両親は信心深く、ルミナも物心ついたときから、教会で祈ることが習慣となっていた。

 それに、この教会の牧師様は、ルミナのような障害を持った人間にも優しかった。

(少しお祈りをして……この気持ちを切り替えてから、家に戻りましょう)

 そうして教会の階段に差しかかった時、見知った青年が後ろから声をかけてきた。

「姉さま! やっぱりここにいた」

 ルミナは面食らって振り向いた。

(あら、ミシェル? 久しぶりね) 

 弟のミシェルは、家を離れた首都アノマリアの学校に通っていて、めったに戻ってこない。

(どうしたのかしら、家に戻るなんて珍しいわ)

 疑問に思っていると、義弟が追いかけるように白亜の階段を上ってきた。

 ルミナとは正反対の金色に輝く髪に、凛とした水色の目。すらりとした立ち姿に、名門魔術学校の白い制服の彼は、いやがおうにも目立ち――そう、まるで。

(この聖堂の前だと、絵画から抜け出してきた天使様みたい)

 その天使は、少し不機嫌そうに、ルミナを見上げた。

「午後2時に家を出たと聞きました。姉さま、この時間まで一体どこで何をしていたのですか」

 ミシェルは、何かとルミナの行動を知りたがる。きっと『呪われた令嬢』であるルミナが、なにかめんどうなことを起こしたりしないかぴりついているのだろう。

 ――自分の存在が、迷惑になっている。それをひしひしと感じながら、ルミナはメモを出した。

『ごめんなさいね。知り合いとお茶を飲んだ帰りよ。ミシェルは、学校は?』

 ミシェルはいらだったように溜息をついた。

「休暇なので、戻ってきました。なにか不都合でも?」

 ルミナは慌てて手帳に書きつけた。

『そんなことないわ。でも叔父様も、いらっしゃらないし……家に私だけで、ごめんなさいね』

 ルミナの叔父、そしてミシェルの父にあたる、ウインター家当主のヴィクターは、魔術師として多忙な人でもあった。

「別に……僕の家です。父がいようといなかろうと、いつ帰るかは僕が決める」

 そう言われて、ルミナはうつむいた。忙しいミシェルを怒らせてしまった。

『その通りね。ごめんなさい』

 ミシェルは差し出した手を乱暴におろして、教会を指さした。

「で、ここに用が? あるなら僕も同行しますから、済ませてください」

 さしたる用があったわけではない。ミシェルの時間を無駄にしたくないルミナは首を振った。

『いいえ、大した用じゃないの。帰りましょう』

「そうですか。なら行きましょう。帰ったら、話があるので」

 ルミナはぎくりとした。

(話……? ミシェルがわざわざ学校から戻ってきて……? 一体なにかしら)

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