14.ミマツー

「あなた、一体何をやっていたのよ」


 宇宙艦スター・サブのブリッジで、完全人間の少年は自分とまったく同じ顔の少女に責められていた。

 空里はその様子を見ながら、かつて惑星〈青砂〉を発つ直前にもこの二人が顔を突き合わせて口論していたのを思い出した。

 ネープ三〇二と、三〇三……

 全く同じ遺伝子を持ちながら、静止した時間軸から誕生する瞬間、染色体の揺らぎによって、女性と男性に分たれた同一人物……で、あるにも関わらず、対峙する二人は、外見以外は何故かまったく異なる個性の持ち主だった。

 

 重力導線を利用したスターフック作戦によって銀河皇帝一行を無事に収容したスター・サブは、今その探知遮蔽クローキング機能をフルに発揮しながら地球圏を離れようとしていた。

 一人、スター・サブを操艦していた救い主、ネープ三〇二は、追撃の手を完全に振り切ったことを確認すると、まず主君である空里の前に立った。

「再び陛下の御尊顔を拝謁し、欣快至極、光栄に存じます」

 少女はそう言うと、片足を引いて膝を曲げ、ヨーロッパ女性風の挨拶をして見せた。

 空里は思わず……

「あ……恐れ入ります……」

 ……と、間の抜けた返事をしてしまった。

 地球風のマナーまで身につけているのは、完全人間だからかこの少女だからか……

 

 その直後、三〇二は弟とも言うべき少年への説教に突入したのだった。

 

「いくら配偶者として契約を交わしたと言っても、陛下は君主なのよ。あんな荒野に連れ出してドカタ仕事をさせていいわけないでしょ」

「アサトが自分で望んだことだ。必要十分な安全上の配慮もおこなっていた」

「でも、衛星からの脱出が遅れたわ」

「否定はしない。だが、最終的な脱出の手段は確保してあった」

「そもそも何なの、あのプランCって。陛下を生き埋めにして偽装自爆とか、六次レベルのリスク計算までちゃんとしたの?」

「生き埋めではない。仮死状態での避難だ。〈青砂〉の承認は得ている」

「不敬にもほどがあるでしょ。前から多面的な判断が苦手な人だと思ってたけど、変わってないわ。背ばかり高くなって……」

 

 その言葉に空里は、はじめて二人の完全人間の間に、以前見た時より身長差があることに気づいた。

 少年三〇三の方が大きくなったように見えるが、三〇二が小さくなった気もする。

 ということは、自分の身長も伸びているのかも?


「そういえば、皇帝ご夫妻両名ともかなり背が伸びたな。衛星の低重力と育ち盛りのせいか?」

 空里の傍らでミ=クニ・クアンタが言った。

 重力導線を構築し、スターフック作戦を実行したのは彼だった。

 元老院での反銀河皇帝派の罠から脱出したクアンタと三〇二は、その足で空里救出のために領外の太陽系へ直行したのだった。

「私、もう育ち盛りって歳でもないと思うんですけど……」

 空里の言葉にクアンタは笑った。

「地球人のことは知らんがね。わしのくにでは十七、八で背が伸びることなど普通じゃよ」

 そうかもしれないけど……

 長身の上、銀河皇帝なんて肩書も付くことでよけい偉そうに見えるのは遠慮したい。

 とにかく、背丈の件から離れたかった空里は話題を変えた。

「クアンタさんも元老院では色々大変だったみたいで、ご苦労様でした」

「うむ……」

 クアンタの声が憂いをおびた。

「あんたの前途が穏やかなれと思っていたのだがね。うまくいかなんだ……いや、もうあんたなんて言い方もしたらあかんな。陛下にはお詫びの言葉もない。ここまで厳しいことになってしまうとは、な」

 空里は帝国元老という肩書にも増して、好々爺の印象が強い老人に笑顔を見せた。

「あんたでいいですよ。クアンタさんは帝国での親代わりみたいな人だし」

「本当にそう思ってるのかね? だったらなおさら悪いこったなあ」

「とにかく、詳しくお話聞かせてください。みんなでこれからのことを考えましょう」

 

 空里は会議の準備をしようと、夫に声をかけた。

「ネープ」

「はい」

 二人の完全人間が同時に返事をして空里の方を見た。

 これは問題だ……

「えーと……三〇三……くんの方を呼んだんだけど……なんかめんどくさいな。二人の呼び方考えないと……」

 少女三〇二が言った。

「でしたら、三〇三の呼び方を変えればよろしいのではないですか? 地球人には男性配偶者の呼び方に色々なバリエーションがありますよね」

「どんな?」

「あなた、ダーリン、ハニー、スイートハート……」

 空里は手を振って少女を制止した。

「ちょっ! ちょっ!」

「子供ができると、お父さん、パパなどと呼ぶようにもなるそうですが」

 子供!

「待って! 待って! あとで考えるから……それにしても、あなた色々とよく知ってるのね……」

「陛下のお役に立てるよう、地球の文化についてはかなり調べましたので」

 完全人間の少女はドヤ顔で言った。漫画だったら顔の隣に「むふー」という文字が浮かびそうな表情だ。

 その顔を見て、空里はふと一つの解決策を思いついた。

 ちょっと抵抗は感じるが、どこかに思い出とのよすがを作りたいという気持ちが湧いていた。

 遠い故郷の思い出に……

「わかりました。決めます。三〇二、あなたの方の呼び方を変えることにします」

 予想外の展開に、少女が目を見開いた。

「あなたのことは、これからミマツーと呼びます」

 三〇二はちょっと眉根を寄せてから、得心がいったようにうなずいた。

「ああ……日本語と英語の語呂合わせですね」

 本当はそれだけではないのだが……勘のいい完全人間の少女も、さすがにそこまでは察しないだろう。

  ネープ三〇二は新しい名前を咀嚼するように、何度もうなずいた。もしかしたら、気に入ったのかも知れない。

 ようやく空里は本来の話に戻れた。

「じゃあこれからのことを決めるので、会議を開きます。どこでやるのがいいですか?」

 それまで何か不思議そうな顔で成り行きを見ていたネープが答えた。

「下のブリーフィング・ルームがいいでしょう。立体プロジェクターもあります」

「じゃ、そこで……」

 一同がブリッジから移動しようとした時、三〇二……ミマツーが空里に声をかけた。

「陛下、ネープ一四一のことは、なんとお呼びになるおつもりですか?」

「あとで考えます!」

 

 めんどくさい小姑だなあ……

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