5.バンシャザム
金属製の三又顎から、人造人間の残骸がぼとりと落ちた。
最初の獲物を仕留めた部下の
丸腰とはいえ、ソルジャー・ゴンドロウワを抵抗する隙も与えず仕留めるのは簡単ではあるまい。
だが、我々バンシャザムなら話は別だ。
さらに、この作戦では参加する全隊員が強い意志に燃えていた。
標的は銀河皇帝。つまりはそれを守護しているネープだ。
れっきとした任務という形で復讐の機会が与えられたのだ。まだ若く、将軍の地位に着いて日の浅い自分にこんなチャンスが訪れるとは、ゲイレン自身思っていなかった。
戦わんかな時来る……
ゲイレン将軍は口髭を笑みで歪めると、回線を開きヤーザム家の
「全機、四号
ゲイレンは足元の操縦席を爪先で小突き、ドライバーに前進を指示した。
「全機突撃開始!」
「ゲイレン将軍が進軍を開始しました」
ナ・バータ準司令が報告した。
バンシャザム艦のビュースクリーンには、接近する灰色の衛星が大映しになっている。
本来なら先行する
「了解。作戦、第二段階へ」
背後の闇に沈むブリッジの奥から声が響いた。
一人の声ではない。
完璧なユニゾンをなす、そっくり同じ少女の声……だが、その声の主である年端もいかぬ双子姉妹は、今次作戦を立案した参謀指揮官なのだ。
バンシャザムではない。普通の人間でもない。
帝国でも最高クラスの公家にしか使うことが許されない特殊能力者だ。
「作戦、第二段階へ移行します。機動歩兵突撃隊シャトル発進」
復唱しながらナ・バータは、子供の命令で動く違和感よりも、不吉な恐れを強く感じていた。彼女たちは優秀な参謀かもしれないが、言葉や態度の端々にどこか不条理なところがあるのだ。そこが何とも言えず不安だった。
「そうそう司令官、ブラック・バードの発進準備もお願いします。私たちも降りますので」
双子の片割れが言った。まるで買い物をするからちょっと街に寄れというような気軽さだ。
「突撃隊と共にでありますか? それは危険が……」
もう一人が含み笑いをにじませながら言った。
「大丈夫ですよ。私たち、強いから」
こういうところが不気味なのだ。ナ・バータは怖気立ちながら艦の格納庫へ命令を伝達した。
双子が、彼女たちのさらに背後の闇に潜む影に話しかけた。
「すべて予定通りに進行してますよ」
「銀河皇帝に会うのが楽しみですね!」
その影こそ、この作戦の最高指揮官にして今のバンシャザムの主だった。
影は静かに闇の奥からささやいた。
「本当に……楽しみだこと」
このままでは追いつかれる……
ネープはバイザーに表示される各種の情報を見て状況の悪さを再認識した。
追っ手が普通の戦闘車両なら、空里を逃すための時間を稼ぐことはそう難しくない。だが、
前方にゴンドロウワたちの防衛線が見えてきた。
障害物が何もない灰色の平原に掘られた塹壕から、赤色熱弾速射砲や重パルスライフルが顔を出している。
「そこにいるの誰?」
空里がコムリンクに誰何した。
「ゴンゾーホカ、五ユニットデアリマス。アサトサマ」
チーフほど滑らかではないソルジャーの返答が届いた。
「ゴンゾー、ゴンタはやられちゃった。あなたたちも気をつけて!」
「リョウカイデアリマス」
月面車は猛スピードで塹壕の上を通過し、人造人間の兵士たちが手を挙げて空里にあいさつした。
名前を与えられて自律レベルの上がったゴンドロウたちがこういう行動をするようになるとは、完全人間の少年にとって意外だった。
ネープは思った。
空里はゴンドロウワだろうがドロメックだろうが、名前を付けるなどして感情移入の対象にしている。これは空里自身にとっては負担になるかもしれない癖だ。
恐らく防衛線のソルジャーたちはほとんど撃滅されるだろう。脱出のための捨て石……普通の銀河皇帝や権力の上層にいる者であればそれは当然のこととして気にもするまい。
だが空里はまだ、あまりにもただの少女だった。
自分のための犠牲というものをそのまま受け容れるのが難しい、感傷的傾向がまだまだ強いのだ。
これはこの先、リスクや障害の元になるかもしれない現実と言えた。しかし、この性癖を無理に変えることもためらわれた。それは空里に空里であることをやめろと言うようなものだからだ。
ネープの完全人間としての眼は、それが銀河皇帝としての成長だと断じていたが、別の自分が他の見方をしようとしていた。
空里に足りない冷徹さや峻厳さは自分が補えば良いのではないか、と。
空里が今のままの彼女でいることで、むしろこれまでの銀河皇帝にはなかった一面が周囲に……銀河帝国に新しい状況をもたらすこともあるのではないか。
およそネープらしからぬ、幻想とも思える見方だが……
ほんの数ナノ秒の物思いを断ち切り、ネープは背後に注意を戻した。
「!」
月面車のリアカメラが捉えた映像を拡大すると、すでに疾走する
ゴンゾーら防衛隊も戦端を開き、迫り来る敵に砲火を浴びせている。
だが、火線はことごとく
プラズマ・スピアーやショック・ソードで善戦するソルジャーたちに、巨大な金属の顎が襲いかかる。ある者はそれに噛み砕かれ、ある者は強力な打撃兵器と化した
「ああ……」
空里は助手席上で身をひねり、凄惨な戦いの有り様を直接見ようとした。
「アサト、前を向いてください。飛ばします」
ネープはイチかバチか、車体に負担がかかる域にまで速度を上げた。
もう少しだ……もう少し宮に近づけば突破口を開く手がある……
そのための手段を準備すべく、ネープは腕のスイッチを操作してカグヤ宮に信号を送った。
間に合ってくれよ。
だがその時、月面車のシャーシからバキンと嫌な音が響いた。
「! 何?!」
「車体に! 限界が来たようです!」
無理もない。そもそもが作業車で、長時間全力疾走するように出来てはいないのだ。
月面車は止まりこそしなかったがみるみる速度を落とし、空里が運転していた時くらいにその足をゆるめた。
空里は再び身をひねり、背後の様子をうかがって息を呑んだ。
巨大な金属製の野獣が三匹、すぐ目の前まで迫って来ていたのだ。
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