第54話 覚醒

 気づいたら、真っ白な空間にいた。

 どこを見ても何もない。

 自分以外誰もいない。


 ふと右腕に違和感を感じ、右腕の方を見ると――何もなかった。義手が、無くなっている。


「死んだ、ってことか」

「残念、まだ死ねないよ。君はね」

「!?」


 後ろから声が聞こえて振り返ると、黒いモヤモヤが浮かんでいた。


「やあ」


 モヤから女性の声が響く。


「やっと会えたね」

「何者だ? お前」

「私はシアン=トーカー。名前ぐらい知っているだろう?」

「シアン……トーカー!?」


 知っている。

 知り合いというわけではない。俺が一方的に知っている。

 迷宮に関わる者で、シアン=トーカーの名を知らない者はいないだろう。



 歴代最強のシーカー。アマツガハラの最高踏破記録、180層に到達した存在。



 いつも全身に包帯を巻いていて、黒いローブを羽織っていたからその姿は謎に包まれていた。わかるのは目の色が緑色ということだけ。性別すら不明。正式にシーカー登録はしておらず、無断で迷宮に入って大暴れしていた野良のシーカーにして伝説のシーカーだ。


「し、信じられるかよ! だってシアンは10年前、突如として姿を消した! それ以来、誰も姿を見ていない! もう死んだって誰もが……」


 そのミステリアスさや自由奔放な探索スタイル、豊富な知識、卓越した戦術、そして何より圧倒的な戦闘力が多くの人の心を打った。

 彼女が投稿した迷宮探索の動画は合計で200億再生を超えている。日本だけでなく、世界中でシアンは支持されていた。


 かく言う俺もファンの1人だ。


「うん。肉体は死んだよ。でも死の直前、オーパーツに魂を移し替えたんだ。そして私のオーパーツは解体され、再構築され、いま君の腕の中にいる」

「む、無理だ。さすがに信じられない……」

「信じなくていいさ。私の正体など今は大した問題じゃない。問題なのは君の現状だよ。君はいま、飯塚敦に殴り飛ばされ満身創痍。ここから逆転するには、もうオーパーツを覚醒させるしかない」


 シアン……を名乗るモヤの声が険しくなる。


「オーパーツを覚醒させるには私の力が必要だ」

「……オーパーツ覚醒の鍵を、お前が握っていると言うのか?」

「そうだ。君のオーパーツは8割方完成している。だけど、まだ足りない。その足りない分、私が力を貸してやってもいい。これは交渉さ。力を貸すから私の願いを叶えてほしい」

「交渉になってないだろ。この状況で俺に断る選択肢があるか。オーパーツが覚醒しなきゃ死ぬんだぞ!」


 黒いモヤから「あはは!」と愉快気な笑い声が聞こえる。


「確かにそうだね。これは脅迫か。ゴホン! じゃあ言い方を変えよう」


 黒いモヤから、殺気のような圧力が放たれる。


「死にたくなきゃ私に力を貸せ」


 有無を言わせぬ迫力だ。


「……なにをすりゃいい?」

「シアン=トーカーを、継いで欲しい」

「なに!?」

「私が生きていると、そう思い込ませたい奴らがいる。フリをするだけでいいんだ」


 それは……また無茶な要求だな。

 シアン=トーカーを演じるということは、それだけの強さが必要ってことになる。労力も計り知れない。


 だけど今は……選択肢はない。なんせこれは脅迫なのだから。


「わかった! やる! やりゃいいんだろ!」

「ふふふ……ありがとう。それでは君にこの力をあげよう」

「言っとくが、できるかどうかは別の話だぞ」

「大丈夫! 私もできるだけサポートするからさ」


 黒いモヤから、オーパーツが現れる。

 そのオーパーツを、俺は握りしめる。


「これが君のオーパーツ……“墨刀ぼくとう”だ。墨に刀と書いて“ぼくとう”と読む。面白いだろう?」

「……これが、俺のオーパーツ……それに、この形は……」

「私のオーパーツ“神鉈カムナタ”と同じ形だ。だけど効果はまるで違う。私のオーパーツは魔物を殲滅するためにあるようなモノだが……君のは違う。シーカーとしては、異端な能力と言わざるを得ない。使い方は言わずともわかるね?」

「……ああ。わかる」


 オーパーツ……墨刀を握った瞬間、頭に性能が浮かんだ。


「ありがとう。これなら、アイツを倒せる」


 光が俺を包み込む。

 外の冷たい空気が、鼻を通っていく。


「またね。葉村志吹君」



 ---



 気づくと、俺は雪原の上を飛んでいた。

 飯塚に殴り飛ばされた後か。

 握りしめていたオーパーツはない。

 オリジンは義手の姿のまま。


 あの白い空間……あそこは俺の精神世界的なモノなんだろう。

 改めて、オーパーツを起動しなくてはならないようだ。


 今度は、俺の手で。


「いってぇ……」


 全身がズタボロだ。だが、ここでおねんねするわけにはいかない。


「【突竜鎖】!!」


 俺は左手から鎖を飛ばし、如月を襲っているワーウルフの首に噛ませ、鎖を収縮。ワーウルフとの距離を詰め、義手でワーウルフ達を薙ぎ払う。


「は、葉村さん!」

「悪いな。遅くなった」

「い、いえそんな! それより葉村さん! その体……」

「ああ。悪いが治癒魔法を頼む。まだ一匹、残っているんでな」


 飯塚が俺の方へのそりのそりと歩いてくる。


「まーだ生きてんのかよ。しぶてぇなぁ~~~」


 如月は俺の背中に手を当て、


「【万迦快煙】!!」


 如月が緑色の煙を発生させる。煙は傷口に入り、傷を癒していく。


「……葉村さん、どうするのですか? 勝ち目はないですよ……」

「勝ち目はある。絶対に勝つ! 後は任せろ」


 俺は義手の手首を、左手で握る。


「あ~? この期に及んで何をするつもりだ?」


 義手に、ヒビが入っていく。まるで卵のように。

 ヒビが義手全体に広がると義手は割れて、床に落ちたガラス玉の如く弾け飛んだ。


「ははははははっ! なんだオイ! 俺に唯一効く腕を! 自分から壊しやがったぁ!!」


 弾けた義手の欠片たちは俺の手元に集まり、別の形をとる。


「見せてやるよ飯塚……これが、俺の、俺だけの……オーパーツだ」


 次の瞬間――俺の左手に、木造りの刀――木刀が握られた。

 グリップに包帯が巻かれた、木刀。

 これが、俺のオーパーツ。


「墨刀“クロガネ”」





 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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