夕立の合間に、僕と淑女と黒猫
岩村亮
第1話
***
滝のように降り注ぐ雨に打たれながら、自分の行動に対して後悔を抱いていた。
僕が暮らす場所は田舎と呼ぶに相応しい場所で、どこへ行くにも時間と体力と根気が必要だった。毎日通わなければいけない高校でさえも、修練かと間違うくらいに歩かされてしまう。普段であれば近所の幼馴染と一緒に帰るのに、僕は今、遠い道のりをたった一人で帰っていた。
そして、いつもよりどこか寂しい想いを抱えながら一人で歩いていたところ――、これだ。
最近は暑く晴れ渡った日が続いていたから、夕立という概念は頭の中から失していた。ただでさえ自分を取り巻く状況を整理することに手いっぱいだったということもある。
だけど、今日に限ってここまで降らなくてもいいじゃないか。ひとまず夕立を凌げる場所に隠れなければ。と言っても、僕が暮らしている場所は、とんだ田舎町。今だって、田舎らしい木々に囲まれた山道にいて、雨風を凌げるような建物はない。
ここから家まで、全力で走っても十五分は掛かる。十五分の間、この雨に打たれ続けてしまえば、流石に風邪を引くことは容易く想像出来る。
この山道だけなら十分ほどで抜けられるとして、そこから家に着くまで避難出来るような場所はない。
「あ、詰んだ」
脳内でシミュレーションしたところで、思わず愚痴のような言葉が漏れた。
もう割り切って、雨に打たれながら帰ろう。どちらにせよ、今は全力で走って、憂さ晴らしをしたい気分だ。
そう決意した瞬間、皮肉なことに雷が鳴り響いた。轟音と共に、あたり一面が眩い光に照らされる。
「……うわっ」
視界が遮られるほど雨脚も強くなったことも相まって、僕は足を止めてしまった。走る気力が、根こそぎ奪われる。
まるで最近の僕の状況を投影しているかのようだ。前に踏み出そうとした瞬間、僕の決意は容易く打ち砕かれてしまう。
どうしようもなくなった僕は、首をキョロキョロと動かした。左、右と動かしたところ――、
「わっ」
身を震わせるほどの雷鳴が、再び轟いた。思わず身を震わせたけど、林の中に建物のような影が光照らされたことを、僕は見逃さなかった。
あんな場所に、建物なんかあったっけ……。
疑問に思うところはあったけれど、迷っている余裕はなかった。夕立がいつ治まるかも分からない中、ここに留まり続けて打たれ続ける訳には流石にいかない。
目測ではあるけれど、数分走れば建物の前まで近付けるだろう。
まるで吸い寄せられるように林の中に飛び込み、建物へと訪れることにした。
僕の目測は正しく、瞬く間に目的地へ辿り着くことが出来た。遠目で見た時は分からなかったけれど、目の前にしてようやく、ここが古びた教会の跡地だということが分かった。
僕の町は田舎だから、人口も多くない。ましてや、ここはそんな田舎の山奥に位置している。人の目から離れ、忘れ去られてしまうのも仕方のないことかもしれない。
容赦なく降り注がれた雨によって、体と服の境界線も曖昧になるくらいずぶ濡れになっていたことで、辿り着いた先で受け入れてもらえるだろうかという不安もあった。
しかし、古びた景観の前に、その不安は払拭された。
人もいなそうなここでなら気を遣うことなく、雨宿りすることが出来る。
そう思い、扉の前まで行こうとしたところ、「にゃあ」と雨音に消されてしまいそうな鳴き声を僕の耳は捉えた。
「あ、ごめん。先客がいたんだね」
玄関の前に黒猫がいた。黒猫はまるで我が家でくつろぐように身を丸くさせていた。
「雨宿り出来る場所を探しているんだ。よかったら、僕もここで休ませてもらっていいかな?」
僕の言葉を理解してくれたかのように、黒猫は体を起こして、ちょうど僕のお尻が収まる分のスペースを開けてくれた。まさか本当に僕の言葉を理解してくれたのか。普段ならすることのない思考だけれど、古びた教会という不思議な雰囲気が、そう思わせて来る。
僕は「あ、ありがとう」とそこに腰かけ、黒猫に手を伸ばした。すると、「ふしゃあ」と威嚇するような鳴き声が響いたので、僕はすぐさま手を引っ込めた。どうやら、ただの猫の気まぐれのようだ。
そりゃ当然だよな。そんなファンタジーみたいなことが、この現実に起こるはずがない。
浅はかな思考に僕は自嘲を漏らすと、
「うわっ」
「ふにゃっ」
近くで再び雷が落ちた。僕と黒猫の反応は、ほぼ同時だった。そして、再び雨脚が強くなる。
この古びた教会に辿り着かなければ、僕はあの滝の中を今もなお走り続けていたということか。想像するだけで、ゾッと震え上がる。
「……暫く仲良くしてくれると嬉しいな」
いつ通り過ぎるか分からない夕立を前に、少しの間だけ運命共同体になることになった黒猫に声を掛けた。仕方がない、と言わんばかりに、黒猫はほんの僅かだけこちらに身を寄せて丸くなった。
「ところで、君の名前はなんて言うの? 僕は和斗って言うんだけど……」
沈黙に耐えられなくて僕は黒猫に語りかける。返事なんて来ないことは分かっていたけれど、興味がないように尻尾を振られてしまうと、少しだけ落胆してしまう。
「……何やってるんだか」
一人渇いた笑いを漏らし、僕は上を見上げることにした。
――すると、本来なら交わるべきはずのない視線が、僕を捉えていることに気が付いた。
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