22 偽医者

 テイト・ラオは必要なのは呪いを祓うことではなく、ベアリスの心を落ち着かせること。それが正しい治療だとの結論を出した。


「でも、それであればやはり呪医の、ラオ先生の治療を受ける方が確実なのでは」

「それなんですが、タスマさん、呪医になりたかったと言ってましたよね。じゃあ、一度呪医をやってみませんか」

「えっ!」


 タスマが一瞬驚いた後、少し不愉快そうな顔になる。


「それは、私が呪医になりたかった、そう言ったからですか」

「いやいや、違いますよ!」


 テイト・ラオは慌てて否定する。そんな風に勘違いされてタスマにへそを曲げられてはたまらない。


「あの、僕の話の仕方が悪かったですね。すみません! ええと、タスマさんがベアリスさんになさっていることを見ていて思ったことがあるんです。それは魔女と呪医ってやってることはそんなに変わらないんだなって、そう思いました。だから、その部分に医者がやることをちょっと入れ込んでもらったら、なんとかなると思うんです。あの、すみません、勘違いさせるような言い方をして!」

「いえ、いいですよ。じゃあ私はそれをやればいい、そういうことですね」


 タスマはまだ少し硬い表情をしていたが、テイト・ラオが素直に頭を下げたことで黙って話を聞いてくれて、了承してくれた。


「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。それじゃあ偽医者になるために色々教えてもらいましょうかね」


 偽医者という言い方に二人で思わず顔を見合わせて笑う。


「はい。タスマさんと僕のやり方で違うのは、呪医の方が医療の分野に傾いているという感じです。そして今回はその医療的なことをやってもらわないといけないと思います」

「分かりました。それでその医療的なというのは、何をどうやればいいんですかね」

「はい、まずは、ベアリスさんがどうしてそんな気持ちになったのかを聞き出さないといけないんです。どうして他の女性たちに負けない、勝とうと思ったかということを。そういう話をするのにはタスマさんの方が適任だと思いました」


 昨日聞いていたところ、タスマは相手の話を聞いてやってもそれを深く掘り下げるということはしていないように思えた。実際、テイト・ラオに経緯を知らせるために、もう一度前のことを尋ねたところ、ベアリスは少し不思議そうだった。おそらくは、いつも相手が話したいことを聞いて、それに合っていると思う処理をするまでが魔女の仕事なのだろう。そこが呪医と魔女の違いのようだ。


「今、ベアリスさんはかなり心を閉ざしている状態だと思います。僕のところに来てくれたら、一からまた話を聞いて信頼してもらう関係を築く作業が必要になるんですよ。できれば一刻も早く楽にしてあげたい。だから、信頼されているタスマさんにその作業をお願いしたいんです」

「分かりました。要はラオ先生の代わりをすればいいってことですね?」


 なんとなくタスマも乗ってきてくれたようで、その後はスムーズに話が進んだ。


 数日後、思った通りにまたベアリスから予約が入った。前回と同じく、テイト・ラオはタペストリーの影に隠れて様子を見守る。


 ベアリスは入ってきた時には土気色の顔をしていたが、今回もタスマと話しているうちに、みるみる明るい顔色になってきた。


(やっぱり「おばあちゃん」に話を聞いてもらってると元気になるんだな)


 その気持ちはいじらしく気の毒ではあるが、そのために自分に自分で呪いをかけているだけではなく、街にも呪いをばらまいているのだ。その状態は早くなんとかしなくてはいけない。


「分かりました、大体いつもの感じですね」

「そうなんです」


 ベアリスはそう言うと、ふっと小さく息を吐いて続ける。


「いつまで続くんでしょうね、この戦いは……」


 やはりベアリスも本心では早く今の状態をなくしたいと思っているのが分かる。


(けど、それと同じぐらい「おばあちゃん」のところに来るきっかけをなくしたくないと思ってる)


 それも症状を長引かせている原因だとテイト・ラオは気がついていた。


(だけどそれも今日までだ。今日一回で終わるかどうかは分からないけど、少なくともいい方向には向いてもらわないと)


 そのためにはタスマに頼るしかない。


(がんばって、タスマさん!)


 テイト・ラオは心の中でタスマにエールを送った。


「今日はね、ちょっとゆっくりお話をしませんか?」

「お話ならいつもしていると思いますが」

「いえ、そうではなくてね、もうちょっとあなたのことを色々と知りたいと思ってね。話してくれますか?」


 タスマの言葉にベアリスは驚いた顔をした後、


「ええ、ぜひ!」


 と、輝くような笑顔を見せた。


 おそらく、これこそが本来のベアリスなのだろう。テイト・ラオにもその笑顔は眩しく輝いて見えた。


「じゃあ、そうですねえ、まずは旦那様との馴れ初め、そんなお話を聞いても構いませんか?」

「クラシブとのですか? ええ、それは構いませんが。でも、今さらなんだか恥ずかしいわ」


 そう言いながらもベアリスはやはりうれしそうだ。


(きっと、ずっとおばあちゃんに聞いてもらいたい話だったんだろうな)


 テイト・ラオもタペストリーの影で頷いていた。

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