第47話 追憶

『姉様、皆さん。森のほうから、風使いさんと精霊が、戻ってくる気配がしますわ。』

ティシェとミルヴァ、そしてリリネを中心とした話も落ち着いて、皆で畑の作業に集中していたところで、フィナが身に付ける花の髪飾りから、フリナが声を響かせる。


「あれ・・・? 本当ですね。普段よりも、だいぶ早いと思いますが。」

妖精の力で、二人が出掛けていった方向を探った様子で、リリネも言った。


「やっぱり、あの二人の間で、何かあったのかな・・・」

「そ、そうですね・・・それでも、ティシェさんとミルヴァさんから、ゆっくりとお話を聞く時間は取れましたし、大事おおごとでなければ問題無しです・・・!」

「うん、前向きで良いと思うよ。」

少しだけ動揺を顔に出したリリネに、この件を追及するのは、今は止めておこう。



「お帰りなさい、ヴィニアさん、エアリアさん。いつもより早いですね。」

「大きい獲物がいたけど、この精霊が風で必要以上に傷を付けるから、急いで持って帰ってきた。今日は、これから解体する。」

『何よ、敵は素早く仕留めるべきじゃない。』


やがて、私達のところまで戻ってきた二人に、リリネが尋ねれば、少しばかり対立する気配。

獲物を活用するために、狩りをしているヴィニアと、敵を倒すことだけに意識が向いているエアリアの違い、というところかな・・・


「なるほど、状況は理解しました。それでは、解体はヴィニアさんにお任せしますので、気合が有り余った様子のエアリアさんには、もう一つお仕事をお願いしましょうかね。」

『んん・・・? 何か、悪口を言われた気がするわ。』

どうやら、この風の精霊も、此処の空気に少し慣れてきたようだ。


「いえ、気のせいですよ。それで、次はティシェさんの魔法と、ミルヴァさんの護衛としての修練に、ご助力いただきたいと思います。」

『・・・っ!! その人間は・・・! なんであたしが、そんなことしなきゃいけないのよ!』

リリネがちらりと視線を向けた先に、ティシェの姿を見付けた様子で、エアリアが声を上げる。


「おや、残念ですね。お仕事ができないのであれば、今日はうねうねと一緒に、お風呂に入ることになるかもしれませんが・・・」

『ひっ・・・! わ、分かったわよ。やればいいんでしょ!』

その隣でルビィが出したらしい、活きの良い蔦を前に、先程の言葉はすぐに撤回された。



「それでは、ティシェさんが土魔法を放ちますので、エアリアさんはお好きなように、風で受け止めるなり、逸らすなりしてください。護りの訓練もあるので、適当に反撃もしていただけると、嬉しいです。」

『とりあえず、好きにすればいいのね?』

「はい。やりすぎだと判断したら、こちらで止めますので。」

リリネが雑な指示を出しているけれど、あまり細かくしすぎても、エアリアが嫌がりそうではあるかな・・・


「よろしくお願いします、エアリアさん。」

「わ、私も、よろしくお願いします。」

『・・・ふん。やるなら、さっさと来なさいよ。』

こちらは既に言い含められている、ティシェとミルヴァが挨拶をすると、少し視線を逸らしながら、棘のある声が返る。

だけど、私も禁断ちえの実を食べる前は、脳筋というやつだったから、直接ぶつかり合ったほうが早いという考えには、賛成だ。


「・・・ベルシアさん、今の自分は違うみたいに考えてません? 昨日の朝は、私の部屋に強引に押し入って・・・」

「それは悪かったとは思ってるけど、な感じの言い方にするの、止めてもらえるかな?」


「お、お姉ちゃん、リリネさん、始まりますよ。もしもの時は、何とかしないと・・・」

『問題ありませんわ、フィナさん。やらかすとしたら、風の精霊のほうでしょうから、そちらを凍り付けにする準備さえしておけば・・・』

「い、いきなり乱暴なのは、良くないです、フリナさん・・・!」

うん、フィナは優しい子だなあ。



「それでは、私から行きます・・・!」

言葉を交わし合って間もなく、ティシェが魔法で固めた、土の塊を放つ。


『ふん、その程度なの?』

エアリアが風を巻き起こし、それを簡単に吹き飛ばした。


「いえ、まだです!」

それでも怯むことなく、次々と生み出された塊が、続けて宙を舞ってゆく。


『そんなの、何度来たって、同じよ!』

その様子に、苛立ちを覚えたように、風が吹き荒れ始めた。


『あたしからも、やっていいんだったわね・・・!』

向かってきた全ての土塊を吹き飛ばした後、鋭さを感じる風が、ティシェのほうへと向かってゆく。


「ティシェに傷は付けさせません!」

ミルヴァが前に出ると、鎧を纏ったその身で、吹き荒れる風を受け止めた。



『そっちの人間は、出てこなくていいのよ!』

「くっ・・・!」

それを見て、声を荒げたエアリアが、更に風を強め、ミルヴァの体勢が崩れかかかる。


「ミルヴァ! 無理しないで・・・!」

ティシェが魔力を込めると、その場の土が壁のように固まり、二人を風から護った。


『それは・・・! ううん、のは、そんなのじゃない!!』

「・・・っ!」

「ティシェ!」

一瞬、動揺を見せたエアリアが、一点に風を集中させ、土の壁を打ち砕く。ミルヴァが盾を構え、その破片がティシェに向かうのを防いだ。


「お姉ちゃん、そろそろ止めなくて、いいんですか・・・?」

「うん、準備だけはしてるけど・・・ティシェはまだ、やる気だからね。」


「いえ、まだまだです!」

フィナと私が小さく声を交わす中、私達が視線を向ける先で、再び土の壁が現れた。



『いい加減にしなさいよ! そんな弱いの、何度やっても、すぐに壊せるわ!』

風で吹き飛ばした土の壁が、繰り返し現れることに苛立ったか、エアリアが今まで以上に強い声を響かせる。


「いえ。だんだんと、良くなっている実感はありますので、これまでと全く同じではありませんよ。」

魔力を使い続けた影響か、少しの疲れを顔に出しながら、ティシェが笑みを向ける。


「そして・・・もしも私が、貴女の風を受け止められたなら、先程から仰っている方のことを、聞かせていただけますか?」

『・・・!!』

続く言葉に、エアリアの表情がはっきりと変わった。



『なんで、あんたに、そんなこと・・・!!』

此処に初めて現れた時の、暴走していた状態を思わせるような、荒れ狂う風が周囲に生まれてゆく。


「リリネ・・・!」

「はい。後ろにクッションは作っておきますので、これで収まらなければ、ちゃんと止めてくださいね。」

両者の間に割って入ることはせず、ティシェとミルヴァの後方に、柔らかな蔦が集まり始めた。


『全部、吹き飛ばしてやるんだから・・・!』

エアリアの声と共に、吹き荒れる強い風が、土の壁と、その後ろに立つ二人へ向かってゆく。


「いえ、そんなことは、させません・・・!」

ティシェが土の壁に、更なる魔力を込めると共に、光が輝いたように見えた。



『な、なんで・・・・・・』

呆然とする、エアリアの視線の先に、ティシェが作り出した、石のように硬く、輝きを放つ壁が生まれている。


「なんとか、なりましたね・・・私にも、驚きです。」

「ティシェ!」

その壁が薄くなり、やがて消えてゆく中、ふらついたティシェを、ミルヴァが抱き留めた。


『なんで、あいつと同じものを、よく似たあんたが使うのよ・・・・・・』

エアリアの呟きが、風に乗って、空へと溶けていった。



*****



『もう、あまり覚えていないくらい前・・・ううん、あたしがあんな風になったせいかしら。とにかく、ずっと前に、この辺に棲んでいたの。』

静かになったエアリアと、ティシェが隣り合うように座り、その近くにミルヴァが立つ。

私達は邪魔をしないように、少し離れたところで・・・話のほうは、しっかりと聞かせてもらうけれど。


『ここは穏やかな風が吹いて、良い場所だったのだけれど・・・そのうちに人間達がやって来て、近くを荒らし始めたの。この森の向こうで、木を切り倒すような音や、騒がしい声が、たくさん響いてきたわ。』

「それは・・・私が元いた場所にも、伝承が残っています。精霊の貴女には、さぞかし嫌な思いをさせてしまったのでしょうね。」


『ええ。人間なんて、そんなものよ・・・そうして、奴らがどんどんと、こちらへ進んでくるようだったから、前に出ていって、とりあえず全部吹き飛ばしたわ。それで居なくなってくれたら、良かったのだけどね・・・』

「彼らは、戦力を整えて、反撃を試みてきたのですね?」


『そうよ。私も許せないと思ったから、向かってきた奴らは、もう動かなくなるまで、風で切り刻んだわ。それでも止まらないから、後ろに居るのも全部、同じようにすればいいと思ったところで、あいつが前に出てきた・・・』

「貴女が、思い入れのある人、ですね・・・」


『ええ。あいつは、周りの人間を下がらせた後、あんたがさっき使ったやつで、この風を何度も受け止めた。

 そして、だんだんと落ち着いてきた私に、こう言ったのよ。私に身を差し出して、こんなことが二度と起きないようにするから、後ろにいる人間達は、逃がしてほしいって。

 あたしも面倒になってきたから、それでいいと答えたわ。それから、騒ぎ出した人間達に、何か強く言って、あいつは本当に付いてきた・・・』

「想像でしかありませんが・・・その方は、後ろの人達を、守りたかったのでしょうね。」


『ともかく、あいつが来てから、人間達はこの辺りに出てこなくなった。だから、私もそれ以上、何もしなかったけど・・・

 あいつは、食べ物のために火を使っていいか、最初に聞いてきて、それからも私に、よく話しかけてきたのよね。起きた時と寝る前に、する必要もない挨拶までして。』

「それは・・・人間の習慣でもありますが、きっと、貴女のことを、大切に思っていたのでしょうね。」


『・・・だけど、時々じっと空を見て、何をするわけでもなく、ただずっとそこに居るの。

 不思議に思ったけれど、あの姿を見ていたら、何も聞けなかったわ。』

「・・・・・・」


『そうして、人間の短い時間を過ごし終えて、あいつは居なくなった・・・それから、この場所が何だかつまらなく思えてきて、あたしは向こうへ移動したの。邪魔な獣達を吹き飛ばしていたら、いつの間にか、あんな風になっていたけれど。』

エアリアが、『暴風の精霊』となって現れた方角に、視線を向けて言った。


「・・・・・・エアリアさん、あなたは・・・」

『あんたは、なんでそんな顔をしてるのよ。』


「・・・貴女が悲しそうに見えたから・・・かもしれません。」

『・・・・・・』

静かに目元を拭うティシェの前で、エアリアが何も言わず、視線を落とした。


『これで、あいつの話は終わりよ。もう、名も覚えていないけど、これで良いかしら?』

「・・・待ってください、エアリアさん。その方の名前は、『シルティア』ではありませんか?」


『・・・・・・っ! なんで、なんで、あんたがそれを・・・!』

「これは、子供の頃に家系図で目にした、私の遠いご先祖様の名前・・・そして、先程あの魔法を使った時に・・・今まで知る由も無かった術式と共に、頭に浮かんできたものです。」


『じゃあ、あんたは、あいつ・・・シルティアなの!?』

「ごめんなさい。私はティシェ。貴女が想うシルティア様ではありません。この身にほんの少し、ご先祖様から受け継いだものは、残っていると思いたいですが。」


『そう・・・変なことを聞いたわね。』

「エアリアさん・・・?」

小さく首を振った後、エアリアが立ち上がり、ティシェの前に身体を浮かべる。警戒するミルヴァに、ティシェが目配せをして、それを止めた。


『あんたに・・・ティシェに、あたしの加護をあげる。シルティアに比べたら、弱くて見てられないから、上手く使ってみせなさい。』

向けられたその手から、風の力が生まれ、ティシェの胸へと吸い込まれてゆく。


「ありがとうございます、エアリアさん。大切にしますね。」

『・・・ええ。』

両手を胸に当て、微笑むティシェに、少しだけ視線を逸らして、エアリアがうなずく。

穏やかな風が、二人の間を吹き抜けて、やがて空へと昇ってゆくように見えた。

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