第46話 精霊の伝承(下)
「私とミルヴァが元いた国の、精霊に関する伝承・・・まずは、皆さんと初めてお会いした時、ベルシアさんとフィナさんに話したことについて、もう一度整理したほうが良いですよね?」
畑の中、収穫を終えた区域の土を、魔法で深く耕しながら、ティシェが話し始める。
「はい。後から私も聞きましたが、改めて確認しておきたいところですね。」
その近くで、元気に育ちつつある植物の状態を確かめながら、リリネが答えた。
「ということで、ベルシアさん、フィナさん。そこまで距離があるわけでもないですが、通信状況はいかがですか?」
「うん、問題ないよ。ちゃんと、花の髪飾りのほうから聞こえてるね。」
「わ、私もです!」
私は火魔法で、肥料となる灰を焼きながら、フィナは水魔法を使い、湖からの水撒きをしながら、少し離れた場所から声を伝える。
「ところで、灰を焼くのと水撒きって、同じ場所でやる必要はあります? せっかく、通信ができる道具が複数あるんですから、もう少し分散して確認するのも、良いと思いますよ?」
「まあ、それもありだけど、フィナもフリナも一応は病み上がりだし、何より本人達の希望だからね。」
「は、はい・・・できれば、お姉ちゃんと一緒がいいです・・・」
『無理にでもと言うのでしたら、この場で戦っても構いませんわよ、リリネさん?』
顔を少し赤くしながら、私の傍でうなずくフィナに続いて、花の髪飾りから、フリナが少し冷えた言葉を響かせた。
「ああ・・・何と言いますか、ご馳走様です? まあ、うちのルビィも対抗気味なので、今日はそういう感じで良いでしょうかね。」
『うん!』
・・・ルビィのご機嫌そうな声も、リリネの近くから聞こえてきて、ひとまず、この場は丸く収まったようだ。
「それでは、早速話が逸れてしまいましたが、ティシェさん、お願いします。」
「は、はい! まず、あの国は、かつては現在治めているよりも東・・・皆さんが『黒の森』と呼ぶ、この一帯まで進出していたようですが、森のほうにいた何者かによって、立ち入れなくなったというのが、国の王族や上層部に伝わっていることですね。
それを、私の兄が無理に攻め込んだ結果は、皆さんもご存知の通りですが。」
「うん。そのこともあって、私達があの城を凍り漬けにして脅した後、ティシェはこっちに送り出されたんだよね。」
「はい・・・それに、精霊を恐れるような伝承も、あの国にはありましたし、当時の国の人達をこの一帯から追い出したのも、精霊だったのではないかと思います。
おそらくは、体面的なところがあって、公にはされていないのでしょうけれど。」
「そうですね。あれをやった後に、ティシェさんがただ一人で送り出されてきたというのは、王位を巡る争いという面が、大きいと考えていましたが・・・今となっては、精霊の影響も強いように感じてきますね。エアリアさんの、昨日の反応もあったことですし。」
何か具体的なことを聞いたわけでもないけれど、この辺りが自分の縄張りだと考えていた、エアリアの存在に、ティシェがやって来た時の話、さらに昨日の出来事まで重なれば、どうしても繋げて考えてしまう。
「念のために確認ですが、フリナさんは、あの国と関わりは無かったですよね?」
『ええ、私が現在の形でフィナさんに宿る以前に、この辺りに居た記憶はありませんわ。』
「そうなると、思い当たる精霊が、完全に絞られた気がしますが・・・先程から存在感が消えているミルヴァさん、何か情報はお持ちですか?」
「えっ・・・! そ、存在感、ですか?」
リリネの言葉に、ティシェの傍で耕された土を黙々とならしていたミルヴァが、動揺した声を響かせる。
「大丈夫ですよ、皆さん。ミルヴァは何かお仕事をしていても、私の声はちゃんと聞いてくれていますから。」
「は、はい・・・!」
いや、それってティシェの声だけで、私達の話はスルーされている・・・なんてことは無いよね?
「あっ、ごめん! ミルヴァの服に土が付いちゃった!」
「だ、大丈夫だよ、ティシェ。元から畑での作業だし、いつもみたいに洗えば良いから。」
話しながら、ミルヴァの肩に自然と両手を添えていたティシェが、その結果に慌てたところに、微笑みが返った。
「それじゃあ、ミルヴァ。私が知らないような、精霊の伝承があったら、教えてくれる?」
「はい。ティシェがほとんど行くことの無かった、城下町で聞いた話でしたら、いくつか・・・小さい子供が居るような家ですと、『日が暮れるまでにお家に帰らないと、精霊様に連れて行かれちゃうよ。』と親が言っているのを、時々耳にしましたね。」
「うーん・・・子供に注意するやり方としては、よくある
『随分と失礼な人間ですのね。わざわざ、そんな所まで出掛けて、子供を
「えっと、フリナさん。人間からすると、それもすごく怖いと思います・・・」
自分の内側から響く声に、フィナが少し困った顔で言った。
「そして、これは一、二度だけ聞いたことなのですが・・・」
ティシェのほうを、少し気まずそうに見ながら、ミルヴァが言葉を続ける。
「『昔のお姫様みたいに、連れて行かれちゃうよ』と、親が話している時がありました。」
「えっ・・・?」
「そ、それって・・・」
飛び出した驚きの証言に、ティシェとリリネが同時に声を上げた。
「これが本当にあったことなのかは、もちろん分かりません。でも、そう話していた住人が居たことだけは、確かですね。」
「ありがとう、ミルヴァ。私のことは、気にしないでいいからね。」
「は、はい・・・・・・」
今度は、服に土を付けないようにという配慮か、ティシェが両手を後ろに回し、ミルヴァの傍に寄って、頬をぴたりと触れ合わせる・・・お互いの顔が、赤くなっているけれど。
「ありがとうございます、ティシェさん、ミルヴァさん。大事そうな情報は出てきましたが、どうやってエアリアさんに口を割らせ・・・話をしてもらいましょうかね。」
「・・・リリネ。今、言い直す必要はあったの?」
「な、何のことでしょうか? ベルシアさん。それはともかく・・・私に良い考えが生まれました。狩猟組が帰ってきたら、実行してみたいと思います。」
「そ、そう・・・ひとまず、話を聞こうか。」
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