第3話『河合風香と陽菜ちゃん。今日はいったいどうなっちまうんだ』

いつかの日に軽く話していた事が現実になるなど、誰が想像しただろうか。


私は配信を見ながら、何故この店に撮影の日に予約していなかったのかと全力で悔やんでいた。


『はいはーい。本日のヒナちゃんねるは!?』


『私のお店から放送しているよ!?』


『コラァ! 風香!! 勝手にお前の店にするんじゃねぇ!!』


『ひぇ。ご、ごめんなさい師匠。来年まで我慢しますっ』


【一年しか待てないの笑う】


【いきなり画面がうるせぇ】


【河合風香と陽菜ちゃん。今日はいったいどうなっちまうんだ】


【そら世界の終わりだよ】


画面の中では以前の放送で話していた河合風香という人と、陽菜ちゃんが話していた。


どうもこの河合風香という人は有名な人らしく、ネットで調べた情報によれば、テレビに出るたびにコメントが酷くて炎上しているとか何とか。


いくつかあった炎上の発言としては。


「これが料理? え? 貴女プロの方ですよね。料理ってカップラーメン作るのとは訳が違うんですよ?」


「これがこの値段ですか。まぁ確かに素材は良いですけど。その素材の味も活かせてませんし。これならスーパーでソース買ってきて、ご飯にかけて食べた方がマシですね」


「え!? これが味付け? この付けてんだか付けて無いんだか、優柔不断の塊みたいな味付けが? 料理? あぁ、分かった。これあの童話のネタを使ってるって事ですよね。バカな王様でしたっけ。なんかこんな料理で誇らし気にしてる貴方みたいですね」


「二十年修行してたって。随分と無駄な時間を過ごしたんですね。その時間があればもっと別の事が出来たんじゃ無いですか? は? 料理? いやいや。笑わせないで下さいよ。これが料理とか。これを料理と誇って良いのなら魚釣りして、塩かけて食べても料理ですよ」


みたいな感じだった。


まぁ、これは燃えるわ。


口が悪いとかそういうレベルじゃない。


同じ人間とは思えない程に厳しい言葉ばかりであった。


しかし面白いもので、河合風香という人の評価は悪いものばかりではないのだ。


中には良い事を言っている人もいる。


それは彼女が素人が料理する番組に出た時だ。


包丁も握った事のないアイドルが、爪すら切らずに出てきたというのに、包丁を使わない方法や、綺麗なネイルをしたままでもやり方次第でいくらでも出来るんですよ。なんて笑いながらフォローする。


そして天才的な腕を持っているという彼女がさりげなく手伝うことにより、彼女の料理は番組内で大好評。


そのアイドルは料理の楽しさに目覚めて、河合風香さんを師匠と崇めつつ、日々その楽しさを発信しているという。


こういう所から見えるのは、彼女のプロ意識が非常に高く、さらにそれを周囲にも当然のものとして押し付けているという事なのだろう。


だから素人であれば問題は無い。


問題はプロだけなのだ。


【で? 今日は何をするんや】


『よく聞いてくれましたー! 今日はっ! 私と綾ちゃんが、お兄ちゃんへの手料理を振舞う配信デス!!』


【おー!!】


【羨ましい!!】


【え? どっちが】


【そら、陽菜ちゃんの手料理を食べられる兄さんだろ】


【は? 光佑さんに手料理を食べて貰える事でしょ】


【バチバチで笑う】


【結局どっちなんだ】


【両方ですわゾ】


『じゃ、今日は頑張ろうね! 綾ちゃん』


『う、うん。緊張する、けど、頑張る』


【かわE】


【二人の妹の手料理か。ふぅ】


【今夜はこれで良いか】


【お前らは何に興奮してんだよ】


『という訳でコース料理なので、まずは』


『お肉だね!?』


【なんでやねーん!】


【肉で始まるコース料理とは、うごごごご】


【焼肉食べ放題かしゃぶしゃぶ食べ放題か】


【コースってなんやねん】


【ヒレ! ロース! タン!】


【野菜もしっかり食べよう!!】


『陽菜ちゃん。一般的なコース料理なら、最初はサラダだよ』


『そうなんだ。綾ちゃんは物知り! ね!? みんな、凄いでしょ!!』


【天才!】


【凄い!】


【おい、お前ら何でもいい、褒めろ!!】


【褒めると何が起きるんです?】


【知らんのか。綾ちゃんがいっぱい出演する】


【うぉおおお!! 綾ちゃん天才!!】


『ほら、凄い褒められてる』


『……もう帰ろうかな』


『なんでぇ!?』


【ふぁ!? 話が違う!】


【どういう事だ曹長!! 説明しろ!!】


【いえ、自分もサッパリ】


【かぁーっ! つっかえ!!】


【君、今まで何してたの?】


『はいはい。喧嘩しないの。じゃあまずはサラダね。教えて! 風香先生!』


『任されよう! んじゃ、適当に洗ってー。むしってー。ドレッシング! はい完成』


『あら。簡単』


【おいおい】


【男の一人暮らし料理かな?】


【難易度1で笑う】


【まぁ陽菜ちゃんと綾ちゃんだしな。当然といえば当然】


『では次は!』


『スープだよ。陽菜ちゃん』


『スープかぁ。スープは大事だよね』


『んじゃウチで出してるメニューにしよっか』


【おかしい、おかしい】


【いきなり難易度を五百倍くらいにするな】


【お前のエンジン壊れてんのかよ】


『いや、流石にそれは難しい、かな』


『そう? んじゃポタージュにしようか。はい。では順番にいきますよー』


そして河合風香の指示の下、二人はわたわたと厨房内を動き回りながらスープを作っていく。


立花さん一人分にしては随分と多いなと思ったが、どうやらこの日に限り、特別に注文すれば陽菜ちゃんと綾ちゃんが作ったスープが飲めたらしい。


くっ! タイムマシンは無いのか!?


しかしどれだけ悔もうとも時計は逆には進まない。


『ふぃー。スープ出来たね。んじゃ、次行こう』


『次は魚料理でございます。お嬢様方』


『魚料理だって、綾ちゃん作った事ある?』


『川でお魚釣って焼いたくらい?』


【結構アウトドアな事やってんな】


【二人とも元気だしな。さて、ワイの自慢のルアーを見てくれ】


【俺も釣りを教えてぇなぁ】


【釣りオジサンうっきうきで出てきたな】


【料理に集中しろ。オジ共】


『魚の次はー?』


『えっと、えっと、何だっけ。お肉、じゃないよね?』


『お肉の前に口直しだね』


『ほへー。色々あるんだなぁ』


【それな】


【まぁコース料理なんて滅多に食べんし】


【おじ達は皿一枚におかず乗っけて米と味噌汁食べる感じでしょ】


【舐めるな。漬物もあるわ】


【大事だわ】


【このレベル感よ】


そして二人の料理はどんどん進んでゆき、やがて最後のデザートになった。


どうやら今日はここを一番重要視していたらしく、二人は気合を入れながらそれぞれにデザートを作っていく。


しかし、何故かこのデザートを作る段階になってからその内容を見せて貰えず、視聴者はただ困惑するばかりであった。


だが、その理由はすぐに明かされる事になる。


『じゃじゃーん! お兄ちゃん。遂に、お肉を食べ終わったね?』


『あぁ。美味しかったよ』


『では、デザートに入るわけですが……! ここでクイズです! ババン! これから出す二つのデザートの内、どちらが私が作った物で、どちらが綾ちゃんの作った物でしょう、かっ!』


『中々難しい問題が来たね』


【いや、マジで難しいな】


【そらまぁ、まったく違うからな】


【方やデカいタルト、方やシンプルなムースか】


【普通に考えればこの異常なまでの自己主張の強さでタルトが陽菜ちゃん作だが……】


【言うて、ムースは作るの楽だからな。陽菜ちゃんが楽を求めた説もある】


【いや、陽菜ちゃんが兄さん絡みで手を抜くか? あり得んだろ】


【なんだ? テメェ。綾ちゃんが手を抜いたって言いてぇのか】


『じゃ、正解はまた次週~! 楽しみにしててね!』


【えっ! ちょっ! 終わり!?】


【正解は言え!!】


この日、呟きアプリにデザートが乗る程にこの事は話題とされたが、結局次週になった時、陽菜ちゃんはこの時の話をすっかり忘れており、答えは闇の中に消えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る