新・桃太郎伝説

カボチャ

第1話

 信号機が赤だったか青だったかなど覚えていない。

 今日もあの地獄学校に行かなくてはならないという現実に気分が下がり、俯いて歩いていたせいだ。

 車のクラクション音に驚き、バッと顔を上げると、もう既に真横に大型トラックが迫っていた。

 悲鳴を上げる間もなく、「あ、死ぬんだ」とだけ思った。


 短い、つまらない人生だった。



 目を開けると俺は、とても狭い、少しピンク掛かった白色の球体の空間の中にいた。

 もしかして誰かが通報してくれて、病院に運ばれたのだろうか?

 しかし自分の身体を見て、それは違うとすぐに分かった。

「(え、裸!? てかちっっっさ!!)」

 俺は裸で、この空間に座っていた。しかも、俺の身体じゃない。明らかに手足が丸っこくて小さいし、何よりが3㎝もない。

 赤ちゃんの姿をしているのだ。

 俺は驚いて、体の後ろに手をついた。が、ヌメヌメベタベタしていて滑って転んでしまった。

「(うわっ! 痛っ……くない?)」

 俺は確実に頭を床に打った。しかし、床はヌメヌメベタベタしているだけでなく、柔らかかったため、全く痛みを感じなかったのだ。

 また、側面や床に触ると、ベタベタしている液体が手につく。試しに舐めてみると、桃の味がした。

「(え、いやいやまさか。いくら桃の中に赤ちゃんの姿でいるからって、桃太郎に転生したわけ……)」

「おやおや、これはみごとな桃だこと。おじいさんへのおみやげに、どれどれ、うちへ持って帰えりましょう」

 いかにもおばあさんという感じの声が外から聞こえた。

「(え、これマジのやつ……?)」

「うーん、届かないねえ」

 トン、と外で何かが軽くぶつかる音がした。おばあさんの手だろうか。

「あっちのみいずは、かあらいぞ〜。こっちのみいずは、ああまいぞ〜。かあらいみいずは、よけて来い〜。ああまいみいずに、よって来い〜」

「(え、おばあさん歌ってんの?歌ったらどうにかなるもんなの?)」

 そんな俺の疑問などお構いなしに、この桃だと思われる物体はゆらゆらと横方向に進みだした。

 そして、上に持ち上げられた。

「早くおじいさんと2人で分けて食べましょう」

 恐らく、おばあさんだと思われる人は、この桃だと思われる物体を背負って、えっちら、おっちら歩いて帰っているのだろう。めちゃくちゃ上下左右に揺れて、この強烈な桃の匂いのせいもあって、酔ってきた。

「(うぷ……。ツライ……)」



 外で話し声がして、目が覚めた。どうやらおばあさんの背中で揺られて酔っているうちに、眠ってしまっていたようだ。

 恐るべし、赤ちゃんの睡眠能力。

「おばあさん、今帰ったよ」

「おや、おじいさん、おかいんなさい。待っていましたよ。さあ、早くお上がんなさい。いいものを上げますから」

「それはありがたいな。何だね、そのいいものというのは」

 すると、この桃だと思われる物体が持ち上げられた。

「ほら、ごらんなさい、この桃を」

「ほほう。これはこれは。どこからこんなみごとな桃を買って来た」

「いいえ、買って来たのではありません。今日川で拾って来たのですよ」

「え、なに、川で拾って来た。それはいよいよめずらしい」

 このままだと、桃を食べるために、俺諸共切られてしまうかもしれない。

 俺は流石に赤ちゃんでは死にたくないと思い、この桃だと思われる物体を内側から赤ちゃんパンチをした。

 すると、天井が真っ二つに割れた。

 俺は外の眩しさについ目をきつく瞑った。

「おぎゃっ! おぎゃっ!(うわっ! 眩しっ!)」

「「おやおや、まあ」」

 おじいさんとおばあさんの声がハモった。リア充かよ滅べ。

「まあまあ、わたしたちが、へいぜい、どうかして子供が1人ほしい、ほしいと言っていたものだから、きっと神さまがこの子をさずけて下さったにちがいない」

「おぎゃあ、おぎゃあ(んなわけあるかボケ、ちょっとくらい疑問に思えよ)」

 生まれたてで呼吸をするため、赤ちゃんというのはどうしても泣かなくてはならないからなのだろう。普段は人前で喋ることのない俺が、老夫婦にツッコミを入れていた。

 目を開けると、おじいさんとおばあさんが慌ててお湯の準備をしていた。恐らく産湯だろう。

「さあ、お湯ですよ」

 おばあさんが俺を入れようとしている桶を見ると、ブクブクと泡を吹き出して、湯気をモクモク立てていた。

「おぎゃあ!おぎゃあ!!(そんな風呂に入りたくねえ! どっからどう見てもこのお湯沸騰してるわ!!)」

 俺はそう言っておばあさんの腕から飛び抜けた。

「おやおや、何という元気のいい子だろう」

 そうおばあさんが言い、おじいさんと顔を見合わせて、2人で「「あっはっは!」」と笑った。

「おぎゃあぁぁぁ!!(このリア充めぇぇぇ!!)」

 こうして桃から生まれた俺は、桃太郎と名付けられた。



 数日後。

 俺は何度かこの老夫婦の家で寝たり起きたりを繰り返して、ようやく夢ではないことがわかってきた。

 あの日、俺は確実に交通事故で死んだのだ。そして、今流行りの異世界転生で桃太郎に転生したと言う訳だ。…正直今でも信じがたいが。

「桃太郎はよく食べるねえ」

「これはこれは。日本一になるのもそう遠くないかもな。はっはっは!」

 俺的に桃太郎に転生したことより信じがたいのが、この老夫婦だ。

 まだ(桃から)生まれて数日の俺に、炊きたての白米と焼き魚を食わせている。

 おかしくない?おかしいよね?生まれて数日の赤ちゃんは普通固形物は食べないんだよ。〈ミルク ➡ 離乳食 ➡ 薄味の小さく切った大人と同じ食事〉っていう段階をゆっくり踏んでから、白米とか焼き魚丸ごとあげるんだよ。

 というか初日から白米食べさせられてた。これ転生者じゃなかったら食べ方わかんなくて死んでない?

 あとまだ歯生えてなくてクッソ痛いんだけど。

「おや、おかわりかい。ちょっと待ってね」

 俺はツッコミどころ満載のこの世界を、もう異世界だからと言うことで全部丸めてしまうことにした。

 もういいや。このおばあさんのご飯無限に食えるレベルで美味いし。

 しかし問題も一つある。それは俺が運動音痴コミュ障陰キャであることだ。

「桃太郎、美味しいかい」

「………。」

「うーん、困ったねえ。桃太郎、生まれたあの日から一度も喋っていませんよ」

 俺は一人のときはブツブツ自分の思うことを喋るが、他人を前にすると何も喋れなくなるのだ。

(初日におぎゃあおぎゃあ言っていたのは、赤ちゃんは産声を出さないと死ぬからということにした)

 また、俺は運動音痴でもある。もし転生先がモブキャラとかだったら運動音痴コミュ障陰キャでも問題なかった。

 でも俺は桃太郎に転生してしまった。このまま原作に沿っていくと、俺はの武士として、鬼退治に行かなくてはならないのだ!

「まあまあ、おばあさん。こんなに食べているんだから、元気であるにちがいない」

「そうですね。2人で大切に育てましょう」

 俺は空っぽになった茶碗をコン、と床に置いた。

 俺は決めた。絶対に鬼退治なんか行かない!と!



 〜ひと口momo〜

【次回予告】桃太郎は親切な老夫婦と村人たちと共に、豊かでなくとも幸せな生活を送っていた。そしてついに、桃太郎は、原作では桃太郎が鬼ヶ島へ向かう15才になる。するとある高貴な服装をした男性が村を訪れ、「桃太郎という少年はいるか」と問う。一体何事なのか……!?

【2024.9.2.19:更新内容】第2話の前半、赤ちゃん期を第1話にまとめました。また、改行を増やし、より読みやすくしました。なお、内容はほぼほぼ変わっていません。

 ※ひと口momoとは……

 次回予告や更新予定を記入します。また、大きな内容の変更があった場合は、その対象話のひと口momoと、近況ノートを更新してお知らせします。memoとmomo(桃)を掛けています(初心者の決死のギャグ)。

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