夜に流されないように

夕凪 倫

第1話 プロローグ

家に帰ると開口一番、葉瑠はるが髪を切ったことを嬉しそうに報告してきた。

正直、どこがどう変わったのか分からないが、「まあいいんじゃない」と言っておいた。


「絶対違い分かってないよね。後で穂純ほすみにも言うからいいもーん」


葉瑠は唇を尖らせてキッチンに向かった。

時刻は五時近くになっている。

夕飯の準備をしていたのだろう。

テレビからは雑音と言ってもいい暗いニュースが流れている。

パタパタ、スリッパで階段を降りる音がして、緋居ひおの顔がひょこっと出てきた。


瑞樹みずき帰ってきてたんだ。おかえり」

「ただいま。宿題中だったの?」

「うん。穂純がケーキ買ってくるって言ってたから、夕飯までにしときなって葉瑠が」

「…今日何の日だっけ、葉瑠」

「んー?今日は何もないよ。穂純の気分じゃない?」


ケーキを買ってくる時は大体付き合って何年何ヶ月やら、緋居を引き取った日やらで、穂純は記念日を大切にするタイプだから、俺が思い出せないでいる様子を見るといつも「もういいもん」と不貞腐れる。

玄関のドアが開く音がして、穂純の声で「ただいま」と聞こえた。


「おかえり」

「おかえりー」

「おかえり穂純、ケーキ見せて!」

「えー、ご飯食べてからのお楽しみにしようよ」


穂純が駆け寄った緋居の頭を撫でながら言った。


「ね、穂純、僕何が変わったでしょ」

「…髪切った」

「おお!せーかーい!瑞樹分かってくれなかったんだよ」

「ふふ、葉瑠の変わったは大体髪かネイルだよ、瑞樹」

「ねえ聞こえてる」


ジト目で言う葉瑠を見て、穂純はもう一回緩めに笑った。

テレビは相変わらず、殺人未遂のニュースを読んでいた。

葉瑠は俺と穂純用のコーヒーと緋居のカフェオレを出しながら、「物騒だね」と呟いた。

夕飯が出来そうな気配に穂純がいち早く気づいて、お皿の準備を始めた。


俺たちの、少し変わったいつも通りがここにあった。

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