【番外編】魔女に恋をした王子様のお話

「ねぇ、わたくしたちは一体何を見せられているの?」


 驚いたように目を丸くして、訪ねてくる本日の主役であり母である王妃に、わたしに尋ねないでくださいと第三王子、ユリシスは苦笑した。


 目の前で「フローラ、フローラ」と魔女の娘を追い回し、とろけるような表情を見せる末の弟王子の姿が目に入った。


「もうジャドール、場をわきまえてくださいってば!」


 なんなら王妃の母国の言葉である愛情を表現した言葉を自身の名前に当てはめて愛しの娘に呼ばせている。


 J'adore大好きと連呼され、まんざらでもなさそうに笑顔を見せる彼はまるで別人のようだ。


「無垢なフローラに、あんな……」


 絶句した王妃の様子に、ユリシスはお気持ちを察すると言わんばかりに胸に手を当て、頷いてみせた。


「二年前からあの調子です。監視のなかった森の中ではさぞ、もっと自由にしていたのでしょうね」


「そ、そんなまさか……フローラは未婚の女の子よ……」


「一応、彼女に害が及ばないよう術式がかけられているとは聞いていますので、法を犯したり、魔女の逆鱗に触れるようなことはしていないと……こ、心から信じています」


 フローラフローラとなおも追いかけては隙あらば抱きしめている彼の様子に王妃は美しい顔をゆがませる。


「あれが、わたくしたちの大切な息子だと言うの?」


 いつも兄王子たちと比べられ、どんどん自信を失うように表情を隠し、兄たちについてその後ろを歩いていた小さな小さな王子様。


 そんな不器用な性格が災いして、大切な大切な女の子を傷つけてしまった。


 近づきたい、仲良くなりたい。


 それでもうまくいかない。


 彼はよく、王妃のもとにやってきては大粒の涙をこぼして泣いていた。


 兄たちのようにうまくできないと。


 好きなのに、好きだと伝えられないと。


 だったら、心で好きだと伝えるのだと、王妃は教えた。


 声にできないのなら、心で何度も何度も好きだ、大切だと思うのだと。


 そうすることによって、自ずとその気持ちが溢れてでてくるものだからと。


 そして、魔法の言葉を教えた。


J'adore大好き


 異国の言葉だ。


 王妃が育った国で、大切なものに大切だと伝える言葉のひとつだった。


 使い慣れていない異国の言葉なら恥ずかしさも半減するのではないか。


 そう提案したのも王妃その人だったが、まさかこのような形で使われるようになろうとは……想像さえもしていなかった。


「ジャドール、あなたは王子様なんですから、周りの目を気にしてください。あなたの評価にもつながります」


「あなたに変な虫がつかなければそれでいいです」


「またそんなことばっかり」


 自分たちが見ていることを聡い彼は気づいているだろう。


 それでもあえて控えることをしないのは、彼なりのアピールなのだろうか。


 可愛い虫を捕まえたから彼女にプレゼントするのだとほんの少し口元を綻ばせ、もじもじしていた可愛い可愛い小さな王子様はもうどこにもいない。


 小さな魔女が禁忌を犯し、城を追放されてから、彼はすぐに大人になることを選んだ。


 すべてもの反対を押し切って騎士になることを決めたのだ。


 もちろん、いち王子にそんなことが許されるはずもなく、いくつかつけられた無理難題の条件もすべてこなし、認めざるを得なくなったほどだった。


 王子にはあるまじき刻印まで背に背負い、彼は彼女のためだけの騎士になった。 


 王宮に連れ戻された今も、すぐにでも彼女のもとで暮らしたいと王に何度も何度も脅し文句のような言葉を並べては懇願を繰り返し、またかつてのように無理難題を押し付けられ、せっせとこなしているところだと聞いていた。それでも……


「幸せそうね」


「はい」


「今日はわたくしが主役だと言うのに、すっかり忘れてしまって」


 青い空に、無数の光が瞬く。


 フローラがこの日のために計画して施した魔法だ。


「……仕方がないわね」


 近い将来、王族に魔女の血筋が混ざることになるかもしれないと想像しては、それも悪くないわね、と王妃は笑った。


 彼の過去を知っている王宮のものたちも優しい瞳でその光景を眺めていたことに気づいたからだ。


 しかしながら、人目を気にせず抱きついては何度目かの口づけを繰り返した後、彼女が腰を抜かしたのを見かねて、彼をお呼びなさいと王妃はため息混じりに声を上げたのだった。

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