第9話 罠
時間はカノンとイオが宝物庫で気を失っていた頃まで遡る。
(予定よりも時間はかかったが、まぁいい。このペースで走れば夜までにはあそこに着けるだろう)
イレギュラーだった障害を排除し、目的の物を手に入れることが出来た怪盗スピリットは、歩きづらそうな靴を履きながらも颯爽と樹海の中を駆けていた。
彼の黒い服装は意外にも樹海の樹々が作り出す影に溶け込んでおり、保護色の役割を果たして周囲の獣たちの視認を阻む。
「む……」
村から大きく離れて余裕が出てきたのか、スピリットはポケットにかすかな違和感を感じとると、スピードを緩めずにその中を探索し、小さいながらも綺麗に輝く魔鉱石を発見する。
それは、先ほど対峙した少女が仕込んだ抵抗の証であった。
「ふむ、目くらましの時に仕込んだか。おそらくは私の位置を探るつもりだな」
「くくく、気弱そうに見えて、なかなか強かな娘だ」
取り出した魔鉱石を見て、スピリットは口もとを大きく歪ませ、それを捨てずに再びポケットに仕舞う。
「次の再会の為にありがたく利用させてもらうとしよう」
そして、怪盗は前を向き、樹海を抜けることに集中しはじめる。
やがて黒い影は目的地に到着したのか、一本の樹の前で足を止め、その根元に隠してあった小さな麻の袋を掘り起こす。
「さて、帰るとしよう」
影が袋を握りながらステッキを光らせるとそこには誰もいなくなり、樹海に静寂が戻った。
時は戻り、トレスがトキに到着した翌日。
カノンとイオは、トレスの部屋のドアを叩いていた。
「昨日はウィナがしつこかったな」
「結局、特殊な家庭ってことにしちゃいましたけど。納得いってないでしょうね」
カノンたちと合流したトレスはウィナの口利きにより、流星観測の繁忙期ながら従業員用の部屋を借りることができ、宿無しを回避。
しかし、三人の姉妹関係についてウィナが食いついてしまい、誤魔化すのに昨晩は苦労していた。
「ふぁいっていいよ」
「随分と眠そうだな」
「お姉ちゃん、朝弱いんですよね。入りますよ!」
眠たげな返事を聞いて、イオがドアを開けると、ベッドで横になっているトレスの姿があった。
長い髪は体に張り付き、とろんとした表情は色っぽさを感じさせる。
「お姉ちゃん、よく寝られた?」
「ふぁ、おはよ……。片付いた部屋で寝るの久しぶりだから、なかなか寝付けなかったわ」
「普段、どんなところで寝てんの?」
「私の研究室狭いのよ」
「いや、散らかってるだけですよ」
「え!? そ、そうかな」
イオの呆れた表情にトレスは苦笑いしながらベッドに座り直す。
「そういえば、ウィナさんは?」
「今日は探し物とかで、早朝から箒で飛んでいきましたよ」
「元気ね。魔法考古学の生徒は体力勝負のところあるし、普通っちゃ普通か」
トレスはウィナがマールストの学生であることを知ると、カノンには分からない話で盛り上がり、仲良くなっていた。
流石に魔宝や入れ替わりの話は出来ないが、考古学者としての意見も欲しかったのでトレスは少し肩を落とす。
「大事な用事みたいなので、しょうがないですね」
「うーん残念。じゃあ、そろそろ逆探知始めよっか」
「起きたてで大丈夫なのか?」
「平気平気。私、一回起きたら寝れないタイプだし」
「そういうことを言ってるんじゃないと思いますが……」
イオは椅子に座りながら、ため息を吐いた。
「そういえば、この部屋ってイオたちのと同じなのよね。もしも、ここに泊まれなかったら私も同部屋ルートだったかな?」
「あたしは別に同じ部屋でもよかったけど」
「ダメですよ! お姉ちゃん大きいし、魔法使ってる間はベッド占領するし、カノンさんとウィナさんに迷惑です」
「妹の反抗期だぁ~。カノンちゃん今日からこっちの部屋で寝ていいよ」
トレスはしょぼくれてカノンに抱きつく。
カノンは咄嗟のことで抵抗できず、トレスの全体重をその小さな体で受け止めた。
「んな!?」
姉の予想外の行動に面食らったイオはその場で固まってしまう。
同時に何故かモヤっとした感情がこみ上げてきたが、イオにはそれがなんなのか分からない。
「トレス、体重かけないで……」
「あ、ごめん」
トレスはカノンから離れるとベッドに戻っていく。
「おふざけはこのくらいにして、今度こそ逆探知始めちゃおっか」
そう言うと、トレスは瞼を閉じて枕元に置いていた魔鉱石を膝の上に置いた。
「
魔鉱石は蒼く輝き、トレスは時折眉をしかめては元の表情に戻ることを繰り返し始める。
声は一切出さなくなり、室内には緊張感が広がっていく。
「なんか、難しいことしてるのは分かる」
「通信していないものを探すので大変な作業です。こうなると私たちに出来ることはありません」
「どれくらいかかるんだ?」
「早くても半日、長いと丸一日はかかると思います」
「そんなにか」
カノンは長丁場になりそうだと思い、厨房で朝のまかないをもらって来ようかと思い立ち上がろうとすると……。
「見つけた!!」
驚きの声を上げるトレスに驚いて変な格好で固まってしまった。
イオもあり得ないという顔で姉の側に近寄り、状態を確認しに行く。
「ほ、本当に見つけたんですか?」
「うん、信号は拾えた。でも魔力が注ぎ込まれて活性化してるからすぐに判ったんだよね」
「早く見つかったならいいんじゃないの?」
トレスはそれが意味することをよく理解しているので、難しい顔をして首を振る。
「早すぎるのよ、意図的に見つかるようにしてあるとしか考えられない。間違いなくイオの作戦がバレてる」
「反応してる場所も罠が仕掛けられてると考えたほうがいいですね。上手くいったと思ったのに……」
イオの悔しそうな顔を見てもカノンの表情は全く変わらない。それどころか、笑顔すら浮かんできていた。
「なぁんだ。じゃあやることは簡単じゃん」
「え?」
「トレス、その場所って遠いの?」
「ううん。トア郊外の森だからそんなに遠くないけど」
イオはハッとしてカノンの言おうとしていることを理解した。
「カノンさん、罠に飛び込むってことですか!?」
「うん。もし怪盗がそこに居なくても一度は立ち寄ってるから痕跡があるだろうし。居たらぶちのめせばいい!」
(イオってこんな顔できたんだ……)
中身が違うと表情も全く違うものになるのだとトレスはようやく理解する。
ずっと見てきた妹の姿なのにこんな爛々とした笑顔は初めてだった。
「今日が休みで良かったな」
「まだ行くとは言ってませんよ!」
「でも、手がかりはこれしかない」
イオは止めようとするがカノンの言葉は正しい。
ここで罠だなんだと言っていることこそ、怪盗スピリットの思惑通りな気もしてくるが、そう簡単に動くことはできない。
「お姉ちゃん……」
イオは姉を不安そうな目で見る。
トレスはその視線に気づき、頬杖をつきながらイオとカノンを交互に見ると手を叩く。
「イオの不安もカノンちゃんの気持ちも分かるんだよね……。だから最低限の準備はして挑もうか!」
「そう来なくっちゃ!」
「はぁい……」
カノンは元気そうに、イオは不安そうに返事をした。
ジャガマの樹海と比べると、その森は庭のように感じてしまうほど安全であった。
鳥のさえずりや風が枝葉を揺する音は安らぎを与え、イオの緊張感を和らげてくれる。
『どう、そっちは?』
イオの耳に付いたイヤリングからトレスの声がする。
これはカノンが付けているものと同じ物で、もしもカノンが倒れるようなことがあればイオにすぐ指示を出せるようにトレスが用意してくれた最低限の備えだった。
「今のところ何もありません」
「まぁ、向こうからしてもずっとここにいるってわけにもいかないんだと思う。この森住むのには適さなそうだし」
「そうなんですか?」
「食べられる実を付ける木が全くないし、動物の痕跡も少ない。街が近くにあるからかな」
カノンは森に入ってからというもの、木に触れたり、頭上を確認していた。
それが森の環境を観るためだったのをイオはここで初めて知る。
『面白い視点だね。でも二人とも、そろそろ目標地点だよ。十分気をつけて!』
「「了解!」」
トレスの忠告に合わせて二人に流れる空気が重くなった。
人の通った跡は途絶え、木々が深くなった獣道になると成長を阻まれない草たちが膝をくすぐり、邪魔をする。
やがて、周りの木々よりもどっしりと構えた大樹が現れると、低いところに伸びた枝に小さな袋が吊してあるのが見えた。
「あれってもしかして?」
『当たり。そこから反応が出てるよ』
イオの疑問にトレスが答えた。
「隠れられる場所もなくはないけど、気配がしない」
大樹が他の植物の成長を阻んでいるのか、視界もそれほど悪くない周辺をカノンはナイフに手をかけながら注意深く観察し、イオもそれに続いて危険がないか確認する。
「大丈夫そう、かな?」
カノンはそういいつつもナイフから手を離すのを止めない。守り人としての勘が何かあると告げていた。
「いないならこのまま、これを回収して立ち去っちゃいましょう」
『イオ、ちょっと待った!』
イオが枝に吊された小袋に手を触れたそのとき、木の上に影が落ちた。
「久しぶり、というには早すぎるかな?」
「「!」」
聞き覚えのある声に身構えて上を見上げてみれば、枝の上には黒い服装に口元以外を覆った仮面の男。そこには数日前に交戦した怪盗がいた。
どういった仕掛かは判らないが、その場に突然現れたとしか言いようがなく。二人に感覚を合わせていたトレスでさえその出現を察知することは出来なかった。
「しっかりとトラップにかかったところをみると、やはり優秀なサポーターがいるようだ」
『素直に喜べないないわね』
スピリットはこの場にいないトレスに向けて賞賛の意味を込めて拍手を送り、イオはその底知れなさに恐怖を覚え、小袋から手を離してカノンの隣に後退した。
「イオ、大丈夫か?」
(さっきのは魔法? この人、いったい何者なんでしょうか? そもそも調査室でも知らない魔宝のこともどこで?)
イオの頭の中が疑問で溢れそうになり、カノンの声が届かない。
カノンは首を軽く振ると、ナイフの柄を握り込んで一歩踏み出した。
「ほう、やはり君は勇ましいな」
「そんなのどうでもいいだろ」
「いや、行動するというというのは最も前向きな輝きだよ」
怪盗の言葉を理解できず、カノンは少し苛立ってナイフの柄を強く握り込んだ。
「どうやって出てきたかはこの際どうでもいいんだけどさ、あたしとイオの体を入れ替えたのはあんた?」
『カノンちゃん、無理しちゃダメよ』
「いかにも」
「なら、ぶちのめす理由が出来たな!」
今度はカノンがトレスの言葉を無視して向かっていく。
スピリットが頷くと同時にカノンの指輪が光った。
「
「! カノンさん、待ってくだ……」
思考に囚われかけたイオは遅れて状況に飛び込んだが、カノンはイオの言葉を最後まで聞かず、強化された脚力で地面を踏みつける。
カノンの体は大きく飛び跳ね、自分の背よりも高い枝を足で捉えると、それを更に踏み台にして怪盗に突っかかっていく。
「ほう、新しい魔法を覚えたか。しかし、その体で大物が扱えるのかい?」
「言ってろ!」
足場にされた木のしなりが味方して、勢いを増したカノンのナイフが「ギラリ」と鞘から引き抜かれれば、獰猛に斬りかかる。
力のないイオの体でも当たれば十分に致命傷を与えられる筈だったが……。
「おっと」
しかし、ナイフの重心に振り回されて狙いが分かりやすいのか、怪盗はそれを軽々と避け、別の枝に飛び退く。
「もう少し小さいほうが良いのではないか? 例えばバターナイフとか」
「ああっ!?」
相変わらずの余裕と小馬鹿にした態度がカノンの神経を逆撫でして、集中力を奪う。
枝から枝への移動と標的の追跡で頭がいっぱいになり、既にカノンの中でイオのことは置いてけぼりになっていた。
『ああもう、言ったそばから! イオ、カノンちゃんのサポートお願い』
「は、はい」
(とはいっても……)
「シイッ!」
「もう動きが単調になってきた。 体力が無いんだな」
イオは木の上でバランスを崩さずに戦闘を行う二人を観察しながら有効な魔法を模索するが、動きが速すぎてどれも決定打に欠ける。
(外したらカノンさんに当たる)
既に五度目の攻撃に失敗したカノンの動きは鈍り、直近の着地も危ういものであった。
危うく、落下しそうになり片手で枝を掴めば、振動が上半身にも伝わって体力を更に削る。
「もう終わりかい?」
「まさか!」
(とは言っても、もう体力ほとんど残ってねぇんだよな。強化(チャージ)もいつ切れるか分かんねえ)
戦い始めてから数分しか経っていないが、カノンの体は酸素を求めて息を激しく吸い込む。
基礎が出来上がっていない状態で無理矢理強化した体を動かした代償は重く、体全体で呼吸をしないといけないほどに消耗している。
ドクンドクンと鼓動がうるさく響き、頭痛すらもしてきた。
「その程度では私に触れることはできないようだ」
対して、怪盗はカノンの攻撃を全て避け、同じように枝から枝への移動をしているのに疲れを見せないでいた。
余裕があるのか、怪盗は一仕事終えたようにカノンから視線を逸らすと、仮面のズレを直し始める。
煤のような黒い煙がこめかみの辺りから少し漏れたが、カノンにそれを気にしている余裕はない。
「おい、まだ終わってねえぞ!!」
「いや、君の手番は終わりだ」
なおも視線を合わせない態度にカノンの怒りが燃える。
ここまで馬鹿にされては傷の一つも付けておかないと気が済まないと、限界の体を無理矢理動かして足場の枝を蹴った。
蹴られた枝の葉がザワザワと揺れ、落ちないように必死で耐える中でカノンの一撃が飛んでいく。
「熱い輝きだ……だが脆い」
スピリットはステッキを懐から取り出すと、ようやくカノンと目を合わせて笑った。
「
カノンのナイフが怪盗の体を斬りつけた……はずだったが、出血したのはカノンのほうだった。
黒いスーツは確かに裂けているが、その皮膚に傷はついていない。
逆にカノンの身に纏っている白い調査員の制服は同じように裂け、真っ赤な鮮血を噴き出した。
「ガハッ!?」
「カノンさん!?」
真っ白な制服のほとんどが赤く染まり、カノンはそのまま枝に着地することなく落ちていく。
イオはその光景をただ見ているだけしか出来なかった。
(なにが起きたか、全く分からなかった)
落ちていく最中、スピリットの姿が嫌でも目に入ったが、ダメージが入った様子は一切無かった……。
『カノンちゃん!? イオ、間に合わせて!!』
トレスの声にハッとしたイオは脚に力を込める。
トレスは指令役として冷静さを保とうとしていたが、声には焦りが見えていた。
「絶対に間に合わせます!
イオは自身の速度を上げて地面に叩きつけられる前のカノンを受け止めることは出来たが、加減が聞かず木の幹に背中を打ち付けてしまう。
「痛っ!」
『大丈夫!?』
「平気です、これくらい……」
かなりギリギリであったため、イオも多少ダメージを負ったが最悪の事態は避けられた。
手が赤く染まっていることに戦慄する余裕も無く、イオは次の行動に移る。
「カノンさん! 今止血しますからね!」
カノンは意識を失ってしまったのか返事がないが、呼吸は荒く、額には大粒の汗が浮いてきていた。
イオはそれに構わず、痛々しく染まった制服を破いて患部を露わにする。
「
緑色の光が手のひらから溢れると、触れた個所の傷を塞いでいく。傷は浅いのか血もすぐに止まった。
「よかった」
『イオ、気を抜かないで!』
「……もちろんです」
一種の興奮状態に入ったのか、イオは応急処置が完了したカノンを見ても慌てることは無く。
彼女を傷つけたスピリットに怒りを燃やす。
「カノンさん、ナイフ借りますね」
イオはカノンを汚れの少なそうな平地に寝かせると、自分の着ていたシャツをナイフで千切って傷の保護に使う。
胸から下は全部使ってしまい、へそが露わになるが今のイオにそんなことを気にしている余裕はない。
イオはナイフを鞘に戻すと標的に向かって手を伸ばした。
「
言葉を交わさずに放たれた空気の弾丸は、怪盗が足場にしている枝を飲み込んでそのまま根元からへし折る。
「ほう」
「バキン」という音とともに枝は地面に落ち、怪盗も受け身を取ってようやく地面に足を着けた。
「この間とは随分と輝き方が変わったようだ。その体は君に気づきをくれたようだね」
「カノンさんを早くお医者さんに診てもらわないといけないんです。だから……」
イオはスピリットの問答に答える気は全くなく、腕輪を構える。
「さっさと倒れてください」
その緑色の瞳は哀しみと怒りが混じり、強い感情をもって魔法の強度を高めた。
「
スピリットの足もとを囲うように光の円が現れると、円の中をズタズタに引き裂くように風が舞い踊る。
「こ、これは!」
ようやく余裕を崩した怪盗だったが、風の刃は容赦なく服や帽子を傷つけ、そしてついに皮膚を裂いた。
『イ、イオ。そんな魔法使えたの?』
トレスは今まで見たことのない妹の攻撃的な魔法に恐怖を感じた。
「傷には傷でお返ししようと思いまして、イメージしました」
淡々と言うイオだが、怪盗の足元は真っ赤な血で染まった草花が広がる。
「危なかったよ。だが急所は全て外していたね」
飛び散った血で汚れた仮面の下で、痛みに耐えながら怪盗は体勢を整えた。
「魔宝を返してもらわないといけませんから、それにカノンさんの体で殺しはしません」
胸の中で暴力的な感情を抑えつつ、イオは構えた手を解かない。
「素晴らしい。君はそうやって輝くんだね」
美術品を見たときのような賛美を怪盗は贈ったが、イオにしてみれば、ただただ邪魔な言葉でしかなかった。
「……」
『イオ、もういいよ! カノンちゃん連れて逃げて!』
トレスの叫ぶような声にハッとしたイオは手を下ろす。
「了解です!」
「
纏っていた雰囲気も影を潜め、いつもの調子に戻ったイオは周囲一帯に煙を張る。
(今のうちに)
真っ白な煙の中、イオはカノンの元へ走り、その体を抱きかかえた。
「逃げられると思っているのかい?」
「!」
煙の中で怪盗の声が怪しく木霊(こだま)する。姿が見えないというだけでどこから仕掛けてくるか分からないという不安が訪れた。
(悪手でしたか)
こちらの声を出さないようにイオは息を潜めたが、草を踏みつける音は確かにこちらに向かって来ている。
「さぁ、もっと私に輝きを見せてくれ!」
(仕方ありませんか)
イオはカノンを抱えたまま迎撃しようと手を構えたが、その必要は無かった。
「見つけたぁ!」
「む!」
「
突如、上空から叫び声が響き、同時に吹きつけるような風が煙幕を一気に吹き飛ばす。
煙が晴れると声の主は空中に箒で浮きながら怪盗を見下ろし、敵意を向けている。
それはイオが知っている人物であった。
「ウィナさん!?」
ウィナはイオの声に気がつくと、目を丸くした。
「イオちゃん、なんでこんなとこに?」
「説明はあとで、それよりもカノンさんが……」
ウィナはイオの腕の中でぐったりとしているカノンを見つけると怪盗を睨む。
「あんた、よくも……」
「私は攻撃を防いだだけだよ」
「あっそ!」
ウィナの箒を握る手に力が入ると、再び突風が吹き荒れた。
「前と同じか、芸の無い」
「うっさい! てか、ウチの手帳返せ!」
『手帳?』
普段の飄々としたウィナとは違い、荒れた口調はその怒りを表していた。
それに合わせて殴りつけるように標的に向けて風が襲い掛かるが、残念ながら怪盗の体を吹き飛ばすことはできない。
「風に風をぶつけると相殺するのだよ」
「ちっ!」
『イオ、なんだか分かんなけど今のうちに逃げよう』
「はい」
怪盗は自身に当たろうとした風を跳ね返し、違う風にぶつけて見せる。攻撃が無駄だということが分かると、ウィナは風を起こすのを止めた。
「さて、続きを……」
手負いであるはずなのに冷静さを取り戻しつつある怪盗は、ウィナを無視してイオたちのほうを見るが、そこにはもう誰もいなかった。
「逃げられたか、邪魔も入ったし私も帰るとしよう」
怪盗は残念そうに呟くと、胸のポケットから先ほど回収した小袋を取り出すと、中身の魔鉱石を取り出してウィナに向けて放る。
「それ、返しておいてくれるかな?」
「待ちな!」
魔鉱石を何とかキャッチしてウィナが叫んだが、既に怪盗の姿は消えていた。
「なんなんだよ、もう!」
「そうだ! カノンちゃんとイオちゃん大丈夫かな!?」
ウィナはしばらく、やり場のないモヤモヤした気持ちを抱えたまま宙に浮いていたが、カノンとイオのことを思い出すと急いで街の方へ飛んでいった。
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