第6話 盗人と箒
商業の街『トキ』はカラバの中心部と言われ、ここでは毎日さまざまな物や人が入っては出て行く。
食料品、衣類、武器、魔鉱石、冒険の仲間まで揃わないものはないと言われるこの街の広場にカノンとイオはいた。
「おぉ、人がいっぱいだ!」
「この国で一番賑わってる場所ですからね」
カノンは慣れてきた三つ編みを尻尾のように振り回しながら当たりを見渡し、イオは道中で買った帽子を弄りながらそれを見ていた。
「ていうか、なんで帽子なんて買ったんだ?」
「髪があまりにも乱切りになってたからですよ。恥ずかしくないんですか?」
「別に?」
二人の体が入れ替わってから数日。慣れてくると色々気になってくるもので、イオの場合は髪の毛が顕著であった。
樹海育ちであるカノンは見た目など気にすることがないので、髪も短くなればいいと自分で切っていて酷い有様である。
遠くから見ればそうでもないのだが、帽子でも被らないとイオには耐えられなかった。
「年頃の女の子なのにワイルドが過ぎますよ……」
「切りたいなら切っていいよ」
「では、そうさせてもらいます」
笑顔の裏でこの体に似合う服を買おうと密かに計画しながら、イオはベンチに腰を落ち着ける。
樹海や道中の街道と違って、草花や食べ物、衣類、住宅の匂いが混じった風がゆったりと流れていて違和感を感じた。
カノンの体がこういったところに慣れていないからだろうか、知っているはずなのに知らないという感覚がイオを疲れさせる。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「いえ、ちょっと感覚がおかしくて……。カノンさんこそ足とか大丈夫ですか?」
「こうして立ってても痛くないし、多分治ったよ」
イオと違い、カノンは環境に慣れた様子で動き回り、腿を上げて走るポーズを取りながら笑顔を向ける。
「無理はしないでくださいね。私の体は怪我の治りも遅いので、完治してないかもしれません」
ジャガマの樹海を抜け出た後もカノンは捻った足がなかなか治らず、イオに背負ってもらいながら移動していた。
もともと元気に駈けまわっていたカノンからすればこの日々は辛いものであった。
「まぁ、大丈夫だろ。すぐに全力で走るわけじゃないし」
「そうですね」
「ど、泥棒!!」
突然、広場には似つかわしくない叫び声が聞こえると、二人組の男が人ごみをかき分けて走って行く。
それぞれ小脇に麻の袋を抱え、片方は箒を持っていて、それが彼らが奪った獲物らしい。
「物騒ですね」
「人のもの盗って楽しいのかな?」
かなりの早さで広場を横切っていく男たちを見て、カノンの脳裏に先日の怪盗がよぎる。
それを追いかけてカノンたちよりも年上の青髪の少女が息を切らしながら走ってきた。
「はぁ……まてぇ」
「おっと、大丈夫?」
少女は前に進もうとするが疲れきってしまい、イオを切らしながらカノンにもたれかかる。
「ウチのお金と箒……」
「なんで箒?」
「多分この人の魔法の媒体でしょう。実は魔法の媒体って高く売れるんですよ」
それを聞いて、カノンの中でモヤとしていた気持ちが火力を増して燃え上がる。
「ねぇ、イオ」
「なんとなくカノンさんの考えていること分かりますよ」
イオはため息をつきながら言う。
これからカノンがしようとしていることが当たっているなら止めるべきだが、言って聞かなさそうな青い瞳に見つめられ言葉を引っ込めた。
「魔法はイメージだったよね」
「はい」
「どこまでやれるか分かんないけど、試してみっか!!」
「無理はダメですからね! また足捻りますよ」
「りょーかい!」
カノンは指輪をグッと握り込み、念入りに足を伸ばすと、泥棒が走っていった方向に人ごみを避けながら進んでいく。
イオもぐったりしている青髪の少女をベンチに寝かせると仕方なさそうに追いかけていった。
広場を抜けた露店通りの薄暗い路地。そこでは男たちが麻袋の中身を覗き込みながら休憩をしていた。
「今日の稼ぎは良い感じだな」
「そりゃそうだ、リースの宿屋の売り上げだぜ? そこいらの出店とは比べものにならねぇよ」
どうやら彼らはかなりの手練れらしく、他の店の売り上げと比べながら本日の成果に満足そうな声を出す。
中にぎっしりと詰まった銀や銅の硬貨を手のひらですくって落とせば、男たちの品の無い笑顔が満面に浮かぶ。
そして慎重そうな話し方をする男は背後に背負った箒に手をかけてさらに饒舌になる。
「それにこの箒、飛行魔法の媒体はレアだからな。闇市に流せばかなりの額になるだろ!」
「両手にこんな重いの持ってりゃ、飛べもしないか。全く不用心なガキだぜ」
自分たちを追いかけて息を切らしていた少女の必死な顔を思い出しながら気楽そうに話す男が笑った
「さて、今日も酒場でパーッとやろうぜ」
「まてまて、最近派手にやって自警も動いてる。まずは隠れないと……」
慎重そうな男が相方を窘めていると、路地の上の方から屋根を蹴るような音が聞こえてくる。
「なんだこの音?」
「猫じゃないか? ここけっこういるだろ」
気楽そうな男は路地の出口をスタスタと歩いていく猫を指さして言ったが、音はどんどん大きくなる。
それが小さな動物の出す音ではないことは明確であった。
「いや、こんな大きな音出す猫はいないだろ!」
「見つけたぁ!」
突然、頭上から声がしたと思えば、ブロンドの髪を三つ編みに纏めた少女が飛び降りてくる。
整った顔立ちに白い肌、その姿はまるで森人(エルフ)のようでもあった。
「なんだぁ、こいつは?」
「その制服、調査員か」
「そういえばそんなだったっけ」
自分の服を軽く摘まみながらカノンはこの服を纏っている意味を思い出し、男たちに向かって手を出した。
「ねぇ、それ返してよ」
「なんだ、横取りしようってか?」
「違う、持ち主に返すんだ」
それを聞いて男たちは笑い始める。
「ははっ、嫌だね!」
「素直に返すなら最初から盗んだりしねぇよ!」
「あっそ……イオが言ったとおりだった」
予想通りの返答にカノンは軽く息を吐くと、狭い路地の壁を蹴って男たちの背丈を追い越す。
「おいおい、曲芸でも見せてくれるのか?」
「いや、これわぁ!?」
慎重そうな男が何かを言おうとするが、その前に空中で一回転したカノンの踵が男の頭に振り下ろされて、相方はその言葉を最後まで聞くことは出来なかった。
カノンはそのまま男の頭を踏み台にしてもう一度宙返りをしたが、体が動きについていけなかったのか着地はひどいものであった。
「この体動きやすいけど、気持ち悪い……」
「このガキ!」
「っ!」
相方をやられて激昂した男はカノンに掴みかかろうとするが、小さい体を活かしてそれを避ける。
しかし、男の方もやられっぱなしでは気が済まず、カノンの三つ編みを掴むと乱暴に自分の方へ引き寄せた。
「いたた、髪抜ける! 抜けちゃう!」
「うるせぇ! 相棒をやった代償は払ってもらうぜ」
カノンは男の手を振り払おうとしてみるものの、体格で負けているうえに先ほどの動きで力を全部使ってしまったのか思うようにいかない。
「さっきとは違って随分か弱いじゃねぇか、
「……」
図星だが答える義理はない。
元々、戦闘向きでないイオの体で以前のような動きをするには体幹などを魔法で補強するしか方法がなく、カノンは試しに肉体を強化するイメージで魔法を使っていたのだった。
「悪い子にはおしおきが必要だな」
男はカノンの体に目を光らせ、いたぶろうと手を挙げる。
しかし、捕らえた少女に集中するあまり、背後の気配には気づいていなかった。
「ええ、同感です」
「は?」
(今だ!)
「いで! このガキ!」
「
突然、後ろから声が聞えたと思えば、男の体は路地の反対側の通りに向かって吹き飛んだ。
カノンは髪の毛を掴んでいたほうの手を引っ搔いて緩ませることで、巻きこまれる前になんとか脱出する。
「あっぶな」
「咄嗟に撃っちゃいましたけど、カノンさんが巻きこまれなくて良かったです」
「結構ギリギリだったんだけど……てか、そういう魔法も使えるんだな」
「いろいろ知識は蓄えてたんですが私の体だと魔力が足りなくて、カノンさんの体だとすんなりと使えてビックリしてます」
イオは自分のやりたかったことが実現出来たのが嬉しかったようで、若干興奮気味に答える。
「まぁ、あたし魔力だけは結構あるらしいし、そこにイオのイメージが重なるとこうなるんだな」
「逆にカノンさんはどうでした?」
「魔力不足が酷すぎる」
カノンは足下に転がっている方の男から麻袋を奪い、落ちていた箒の埃を払うと、ため息をつきながら言った。
「うぅ……やっぱりそうですよね」
「まぁ、なんとかなりそうではあるけど」
「どうやってですか?」
「とっておきの修行」
「どんなですか!?」
「イオ、近い!」
食い気味に近づいてくるイオを制止していると、もう片方の男を吹き飛ばした通りが騒がしくなってきた。
『さっきの突風なに?』
『誰か倒れてるぞ!』
『あれ、こいつ最近露店の売り上げを狙って盗んでるヤツじゃないか?』
外の騒ぎが大きくなるにつれて自警団に連絡しに走っていく人も出てきたので、二人はこっそりと反対側の路地から出ていくことにした。
「面倒そうだし、任しちゃっていいよね?」
「そうですね。では私たちはコレを持ち主に返しに行きましょうか」
「あのさ……」
歩きながらカノンが何か言いづらそうに髪を触る。
「どうしたんですか?」
「その、無茶して、あと髪も傷つけちゃってごめん」
「気にしてないと言えば嘘になりますが、カノンさんが無事なので許します」
イオはカノンの髪に触れて乱れた箇所を優しく撫でた。
「宿が取れたら髪の手入れを教えますね。これから大切にしてもらうんですから」
「が、頑張るよ」
反対側の通りが騒がしいのに気づいた野次馬たちが我先にと移動するのに紛れて、二人はその場から静かに立ち去った。
魔宝由来のチェンジング 小波 良心 @ryousin
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