魔宝由来のチェンジング
小波 良心
第1話 守り人の少女カノン
魔法の国カラバの言いつたえ。
ジャガマの樹海の奥深く、魔法のお宝眠る場所、手にすりゃ力が湧いてくる。
制御しきれぬ
魔法文化が主流の国カラバ。その自然の大半を占め、好き放題に木々が生えるジャガマの樹海。
それをこれ以上進めないかのようにそびえ立つ崖の岩肌に、身を縮めながら見下ろす人影があった。
獣の皮で作った外套で全身を覆って吹き下ろす風を防ぎ、何かをジッと待つ。
その気配は薄く鋭く、狩人のようであった。
「へっ……ぶっしょい!」
「ああもう、なんであたしが見張りなんか」
狩人のようであった気配はくしゃみと共に吹き飛び、外套を引き寄せれば中から若い少女が現れて文句を口にする。
短く切られた鮮やかなオレンジ色の髪は長さがバラバラで、さらに目つきの悪さが野性的な部分を強調していた。
「寒いし、腹は減ったし、交代は来ないし、ジジイの嫌がらせか?」
今の季節は新緑の時期。寒さの厳しい雪の時期に比べれば気温は大したことはないのだが、それでも高所から下りてくる風だけは関係なく体を冷やす。
少女は時折吹いてくる風に縮こまりながらも、ジッと樹海を見つめていた。
「はぁ、怪盗だか何だか知らないけど、来るなら早く来てくれよ。見張りの鬱憤にぶっ飛ばしてやるから」
「勇ましいのぅ、カノン」
「うわっ、声ぐらいかけろジジイ!?」
少女……カノンが驚くのも無理はなく、いつの間にか隣に老人が座っていた。
老人は長老の証である長く伸ばした髭を触りながらカノンに話しかける。
「長老と呼ばんか。まったく、持ってきてやった昼飯やらんぞ」
「これはこれは失礼しました、長老さま」
「調子のいいやつめ」
「そんなことないですよー」
「まぁ、よいわ。ほれ」
「やったー!」
長老はカノンの態度の変わりように呆れながらも、大きな葉で巻かれた包みを渡してやる。
それはまだ温かく、冷えていた手に熱を戻してくれた。
「お、ガケジカの肉!」
「カノン、食べる前に報告を頼む」
「はいはい。異常はなし、森もいつも通りだよ」
「そうか、ご苦労。……もうええぞ」
「いっただっきまーす!」
待ちに待った食事の時間。香草と一緒に焼かれて食欲をそそる肉に齧りつきながら、カノンは長老の声が少し低くなっていることに気がついた。
「長老、怪盗だかなんだか知らないけど。これってそんな警戒するほどのもの?」
「分からん。じゃが、備えておけば後の行動が楽になるのよ」
「そう?」
こうなったのは一週間ほど前のこと、カノンたちの住む村に一通の手紙が降ってきた。
珍しいこともあるものだと住人たちは思ったが、その手紙の内容はあまり穏やかなものではなかった。
【近々、魔宝を頂戴しに参る。私が現れたとき、諸君らには安眠が訪れるだろう 怪盗スピリットより】
これを読んだ長老はすぐに偵察、隠密などに長けた住人を集め警戒を強化し、カノンは若いながらも気配を感じることに長け、戦闘もこなすことが出来るので大人に混じって駆り出されていた。
しかし、一向に現れない怪盗という存在に、多くの村人たちは内心疑いを持ちはじめていた。
「一応、マールストの調査室にも連絡を取ったが対応が間に合うかどうか」
「なにそれ?」
「まぁ、こういう事態に首を突っ込んでくれる物好きよ」
「ふぅん、大変だね」
カノンは話に飽きたのか、再び食事に集中しはじめる。
来なければ何事もなく日常に戻ることができるが、意味も無く見張りをやらされたお礼ぐらいはしてやらないと気が済まない。
「今さらなんだけど、魔宝って盗られて困るものなの?」
「それも分からん。じゃが、魔宝を外に出すことなかれと代々キツく言われ続けているから、何か危険なものなのは確かじゃ」
「分からないことだらけじゃん」
長老は短いため息をついて胸辺りまで伸びた髭を撫でる。
カノンはそれを見て、心配し過ぎではと思いながら、名残惜しそうに最後の一切れを口に放り込んだ。
「あのさ、交代の時間って……」
カノンがそう尋ねた瞬間、崖から見下ろしていた森の一部がカッと光る。
正確には光の柱のようなものが一瞬だけ立ちのぼったのだが、森育ちの二人からしても見慣れない現象、つまりは異常事態であった。
「なんじゃ? 星でも上がったか?」
「星は上るもんじゃなくて、下りてくるもんでしょ! ちょっと見てくる!」
「おい、カノン!?」
「
カノンは崖から飛び降りると同時に魔法名を唱えて身につけていた腕輪を光らせる。
するとカノンの体は羽のように軽くなり、纏っていた外套は風を捕まえてブワリと膨み、ゆっくりと舞い降りる木の葉のように下に降りていく。
「異常が無ければすぐ戻るよ!」
「そういえば、調査室から派遣されてくるのはお前と同じくらいの娘っこらしいぞ」
「なんで今それを?」
「もしかしたら、その調査員が出した魔法かもしれんじゃろ。結構危なっかしい子らしいからのー」
「そんなの寄越してどうすんのー!」
声が届かない所まで降りてきたのか返事は聞こえない。
カノンはそこそこの太さの枝を踏むと魔法を解除して地面に降りる。
「まぁ、しょうがない。行ってみるか」
カノンは首を鳴らしながら、樹々で空がほとんど隠れた樹海の中を走り出した。
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