第2章 少しずつ開かれる心 part.1

昼休みの屋上での出会いから数日が過ぎた。桜井真奈は、以前よりも少しだけ落ち着きを取り戻していた。西島翔太との短い交流が、彼女の心に小さな変化をもたらしていた。教室での彼の笑顔や何気ない言葉が、真奈の心に静かな波紋を広げていた。


それでも、彼女は自ら話しかける勇気を持てずにいた。クラスメイトたちが楽しそうに話している中で、真奈はまだ一人でいることを選んでいた。だが、翔太の存在だけは、彼女の視線を引きつけて離さなかった。


ある日の放課後、真奈は図書室に向かっていた。読書は彼女にとって、現実から逃れるための大切な時間だった。静かな空間で、本の中に没頭することで、自分の心の中を整理することができたのだ。


だが、その日は違っていた。図書室に入ると、翔太が本棚の前に立っていた。彼もまた、何かを探しているようだった。真奈は一瞬足を止めたが、逃げるわけにもいかず、ゆっくりと彼の横を通り過ぎようとした。


「真奈さん。」


突然、翔太の声が静かな図書室に響いた。真奈は驚いて立ち止まり、振り返った。翔太は手に持っていた本を閉じ、彼女に微笑みかけた。


「ここで会うなんて珍しいね。何か面白い本でも探してるの?」


真奈は一瞬戸惑ったが、すぐに小さく頷いた。本当は何も考えずに図書室に来ただけだったが、翔太の問いかけに対してそれが精一杯の答えだった。


翔太は彼女の反応を見て、再び微笑んだ。「もしよかったら、一緒に探してみない?僕も読みたい本を探してるんだ。」


真奈はしばらくの間、翔太を見つめた後、小さく頷いた。彼の優しい誘いに応じることで、少しだけ自分が変わるかもしれないと感じたからだ。


二人は並んで本棚を巡りながら、ささやかな会話を交わした。真奈は初めて自分から話しかける勇気を出し、好きな作家や読んでみたい本について語った。翔太は彼女の言葉に耳を傾け、時折優しい笑顔を浮かべながら質問を重ねた。


「君のおすすめの本、教えてくれない?」


翔太の問いかけに、真奈は少し考え込んだ。彼に何を薦めればいいのか迷ったが、やがて一冊の本を手に取った。それは、彼女が何度も読み返した大切な一冊だった。


「これ……よく読む本なんです。」


そう言って、彼女はそっと翔太に本を差し出した。翔太はそれを受け取り、表紙を見つめながら微笑んだ。「ありがとう。君が好きな本なら、きっと面白いはずだね。」


その言葉に、真奈はほっとしたように頷いた。彼との会話が、自分の中の何かを少しずつ溶かしていくように感じていた。心の奥に閉じ込めていた感情が、静かに解放され始めていた。


その後、二人は図書室でしばらく過ごし、やがて夕方のチャイムが鳴り響いた。図書室を出るとき、翔太がふと立ち止まり、真奈に言った。


「今日はありがとう。楽しかったよ。また一緒に本を探そう。」


真奈は少し照れくさそうにしながらも、笑顔で頷いた。その笑顔は、彼女自身も気づかないほど自然なものだった。


翔太は真奈の反応を見て、心の中で何かが確かに変わり始めていることを感じていた。そして、その感覚が彼にさらなる好奇心と優しさを抱かせた。


教室へ戻る途中、翔太はふと考えた。真奈の心の中には、まだ触れることのできない部分がたくさんある。しかし、彼はその扉を開けるために、もっと彼女を理解したいと強く思った。


𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭...

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