勇者と魔王は異世界で充実した探索者生活を満喫するようです

結城ヒカゲ

第1話 魔王は笑い、勇者は嘆く

「何故、お前達魔族は人を殺す?」


 正面の玉座に座す魔族の王、魔王ディアボロに問いかける。


 すると、ディアボロは紅の乗った艶やかな唇を愉し気に歪め、黒いロングブーツに包まれた足を組み替える。丈の短いスカートとブーツの間から覗く瑞々しい太腿が、妖艶な色香を放つ。

 金の装飾が成された黒い衣装は、露出は少ないが、その魅惑的な肉体美を強調している。

 七大罪の権化といわれた魔王の美貌は、女の私でも見惚れてしまいそうな程だ。


 同時に、額から伸びる捩じれた二本の角と、広げられた漆黒の翼は見る者に畏怖を抱かせる。


 油断なく剣を構える私を嘲笑うかのように、ディアボロはゆっくりと口を開く。


「ふむ、其の問いに答える前に此方からも問おう。何故、貴様等人間は魔族を殺す?」


 返答は期待していなかったが、向こうに対話の意志があるのなら、それは願ってもない事だ。


「それは、お前達が人間を殺すからだ」

「では、其の言葉、そっくりそのまま返そう」


 先程の問いに対する答え、という事だろう。たしかに、人間も魔族を殺している。だが、それは——


「初めに仕掛けてきたのはお前達だろう?」

「初めに、か。貴様は其れを見たのか?」

「は?」


 人間と魔族の戦争が始まったのは三〇〇〇年前。見ている筈がないだろう。


「見ていないのか? では、何故此方から仕掛けたと断言できる?」

「それは、そう伝えられてきたから」

「其れを馬鹿正直に信じている、と。ククク、滑稽を通り越して、最早愛おしくすら感じる愚かさだな」


 ディアボロは立ち上がり、コツコツと細いヒールを鳴らしながらこちらに歩いてくる。


「どういう意味だ」

「貴様等人間は、魔族と違い短命だ。故に、継承という文化が根付いている。其れは、実に素晴らしい文化だ。磨いた技術、培った知識を次の世代へと継承する。そうする事で、技術は研ぎ澄まされ、知識は積み重ねられた。遂には、永き時を生きる魔族に匹敵する力を得た」


 私の周りをゆっくりと回りながら、ディアボロは芝居がかった口調で語る。その声音からは、人間に対する敬意が感じられた。


「しかし、其れ故に貴様等は勘違いしている」


 ディアボロの纏う雰囲気が一変する。血色の瞳に宿るのは、憐れみと侮蔑。


「先人は偉大であり、其れ等の残した言葉こそが真実である、と」


 聞いてはいけない。頭ではわかっているのに、体が動かない。ディアボロとの距離は、私なら一歩で詰められる。魔王といえど、私の一振りを防ぐ事はできない。その一振りで戦争は終わる。


 それなのに、ディアボロの言葉に耳を傾けてしまう。


「其れが、自らの失態を隠し、他者に責任を押し付ける為の愚劣な嘘と知らず、愚直に信じる人間共のなんと愚かな事か」


 黒鳥の濡れ羽のような、艶やかな長髪がふわりと舞う。歌劇さながらに語るディアボロは、人間わたしを見下ろし嗤う。


「まるで、人間の歴史を見てきたかのような言い草だな」

「いかにも。ワタシは魔王。五〇〇〇年の時を生きる古の魔。退屈な魔の歴史も、愚かな人の歴史も、此の眼で見て来たとも。断言しよう。始まりは人の欲。罪深き人間の業であると」


 パチン、とディアボロが指を鳴らすと、私の脳内に映像が流れ込んできた。

 それは、吐き気を催す程醜悪な、人間の蛮行だった。

 これは幻覚などではない。ディアボロが体験した記憶だ。


「此れが始まりだ。だが、今更そんな事は如何でも良い。三〇〇〇年にも及ぶ長き戦は、何方かが根絶やしになるまで終わらない。其れ程迄に、互いが受けた傷は大きく、憎しみは深い」


 いつの間にか剣を下ろしていた私に歩み寄り、ディアボロは私の顎に手を添えて瞳を覗き込む。


「勇者ミティア。小娘の貴様に一つ教えてやろう。戦争とは、何方かが悪なのでは無い。何方も悪なのだ」


 最早、思考もままならない。ただ、血色の瞳に吸い込まれる。


「貴様の剣がワタシの心臓を貫くか、ワタシの魔法が貴様を消し飛ばすか。何方にせよ、其れで戦争は終わりだ。残るは有象無象の掃除のみ」


 今、ディアボロが魔法を発動すれば、私は簡単に消し飛んでしまうだろう。しかし、そうはなっていない。


 ディアボロは慈しむように、私の頬を撫でた。


「フッ、貴様はワタシの手で葬ってやりたかったが、其れも叶わぬか」


 名残惜しそうに手を離したディアボロは、無防備な背中を晒しながら玉座へと戻った。

 足を組み、頬杖をつき、傲慢に右手を差し出す。


「なかなかに楽しめた。褒めて遣わす、勇者よ。では、始めるとしよう。世界の終わりを」


 ディアボロの背後に幾百の魔法陣が現れる。そこから撃ち出される闇は、触れた物を塵と化す死の驟雨。


 理解できないディアボロの行動に動揺させられたが、頭を戦闘に切り替える。


 私の剣は、その闇をも斬り裂く。

 私に魔法は使えないが、私の剣は勝手に私の魔力を纏っている。


 向かってくる闇を斬り払い、一直線にディアボロに向かう。油断か驕りか、ディアボロは座したまま動かない。

 心臓を目掛けた突き。しかし、それはディアボロの魔力障壁に阻まれた。両手で柄を握り押し込むが、たった一枚の薄い壁を破る事ができない。


 闇が肩を、太腿を、耳を、抉っていく。構わない。たとえこの身が塵となろうとも、この剣をヤツの心臓に突き立てる。

 魔力障壁に罅が入る。その罅は一瞬で広がり、パリン、とこれまでの抵抗とは裏腹にあっけなく砕ける。剣は吸い込まれるようにディアボロの胸を貫いた。


「ククク、そういう結末か。まあ、悪くない」


 血を吐きながら、ディアボロは妖艶に笑う。剣を引き抜こうとした私の手首を掴み、血に濡れた逆の手で私の頬を撫でた。


「予言しよう。貴様は人間に殺される」


 私の頬に血化粧を施した右手が、私の胸——心臓のある位置に添えられる。


「お前にすら殺せなかった私を殺せる人間が存在するわけがないだろう」

「では、予言が当たった暁には、ワタシの命令を一つ聞いて貰うぞ」

「……いいだろう。その時は、どんな命令だろうと聞いてやる」


 予言とやらが当たったのなら、その時には私もディアボロも死んでいる。命令も何もないだろう。

 しかし、私の返事を聞いたディアボロは満足気に頷き、ゆっくりと瞼を下ろす。


「其の言葉、忘れるなよ……勇者……」


 胸に添えられていたディアボロの右手が力なく垂れさがる。口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 魔王ディアボロが死んだ。長きに渡る人と魔の戦争が終わった。




 魔王ディアボロの死から一年。この日、勇者、否、元勇者である私の処刑が決行される。

 裸に剥かれ、磔にされ、公衆の面前で、私は火炙りにされる。


 ディアボロの言った通り、魔族は根絶やしにされた。そして、魔族のいなくなった世界で、強大な力を持つ私はいろいろと都合が悪いらしい。

 結局、全てディアボロの言葉通りというわけだ。勇者である私よりも、魔王であるディアボロの方が人間という生物の事を良く理解していた。


「これより、大罪人の処刑を行う! この魔女は、我々尊き人類を謀り、魔族に与した裏切り者である!」

「何が勇者だ! この詐欺師め!」

「お前のせいでお父さんが死んだんだ!」

「さっさと殺せ!」


 観衆から石が投げられる。こんなものはディアボロの魔法と比べれば、毛程のダメージもない。


 それなのに、こんなにも痛いのは何故だろうか。


「裏切りの大罪人に天誅を下す!」


 十字架の根元に盛られた藁に火がつけられると、わっ、と歓声があがった。

 つくづくディアボロの言った通りだな。人間とは、かくも愚かで醜悪なのか。

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