第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜⑨

 浦風うらかぜさんから路上ライブに誘われ、ローカル・アイドルの思わぬ正体が判明し、ワカねえから独特の人生論を聞かせてもらった翌日――――――。


 オレは、これまでの学生生活と同じく、クラス内での空気的存在として生きていこうと決意しながら、朝の教室の扉を開ける。


 \ムッネリ〜ン/


 と、心の中でつぶやきながら、教室に入ろうとすると、想定していなかった事態が発生した。


「おっ、立花! お前を待ってたんだ! 夏休みのはじめに芦矢浜あしやはまで花火大会があるんだけど、そこに、クラスのみんなで行こうって話しになってるんだよ。当然、立花も来るよな?」


 声をかけてきたのは、クラス委員の久々知大成くくちたいせい。今さら説明するまでもない、陽キャラ・リア充という主人公属性を身にまとった我がクラスの中心人物であるが、それだけに、ゆえに存在感を消したい、というオレの気持ちを汲んでほしいのだが……。


「いや、オレなんかが行っても、みんな白けるだけだろう……やめとくよ……」


 教室の雰囲気を考えて、遠慮がちにそう言ったのだが、クラス委員は、オレの首もとにアームロックを掛けながら、説得を試みようとする。


「ナニ言ってんだよ! おまえのアドバイスのおかげで、葉月はづきに渡したぬいぐるみを落とせたんだろう? 『屋台めぐりの王』として、期待してるぜ! なあ、葉月?」


 さらに、幼なじみであり、クラス委員のパートナーでもある上坂部葉月かみさかべはづきは、急に久々知に声をかけられたことに動じることもなく、


「そうだよ〜! 立花くんが居たから、夜店も楽しめたんだよ! 今度も一緒に行こうよ」


と、満面の笑みで声をかけてきた。

 カラオケのお誘いのときもそうだったが、上坂部にこんなふうに言われると、その誘いを拒否することは、とても難しい。

 オレは、内心でため息をつきながら、クラス委員の二人の執念に対し、観念して応じる。


「わかった! 誘ってくれてありがとう! オレも行かせてもらうよ。ただ、射的以外のことは、そんなにアドバイスできないぞ?」


 そう返答すると、久々知は笑みをたたえ、「おう! そうこないとな!」と言いながらも、アームロックを解くことはなく、


「実は、もうひとつ、立花に頼みたいことがあるんだ」


と言いながら、オレの首元に腕を巻きつける体制を保ったまま、教室の外へと移動しようとする。


「痛てててて……今度は、なんだよ……頼み事って」


 結局、じゃれ合うように、人通りの少ない昇降階段(また、この場所か……)まで、やってくると、久々知は、急にそれまでと表情を変えて、神妙な面持ちになり、こんなことを言ってきた。


「頼みたいこと、っていうのは、葉月のことなんだ。オレが、立夏りっかと付き合いはじめてから、他の男子に告られたみたいでさ……オレの見立てでは、アイツはそのことで、悩んでるんじゃないかと思うんだ。立花は、カラオケや夏祭りも一緒に来てくれて、葉月の事情も知ってると思うし……何て言うか……アイツのことを見守ってやってくれないか?」


 オレは、心のなかで、ついさっき、久々知と上坂部が、絶妙なコンビネーションで花火大会に誘ってきたとき以上の盛大なクソデカため息をつく。


(いずれ、久々知は、こういうことを言ってくるとは思っていたけどさ……)


「念のために聞くけど、それは、上坂部が久々知に相談してきたことなのか?」


「いや……オレの判断で考えているだけだ……」


「だったら、オレは安易に引き受けることはできない。あんたたち二人には、今日も世話になったから、上坂部本人が、直接、オレに頼んできたなら話しは別だけどな……」


 久々知には、教室内で余計な気を使わせた、という自覚はあるので、少し心苦しくはあったし、少し前に、女子生徒の大島睦月おおしまむつきからは、同じようなことを相談されたのだが、今回は、その頼みをキッパリと断ることにする。


「いや、そう言わずに……なんなら、オレは、立花と葉月が付き合っても……」


 先ほどの教室での光景と同じく、なおも、必死に説得を試みようとするクラス委員に、オレは、やや憤りを覚えながら、低い声で応答する。


「いや、久々知……それは、違うんじゃないか? あんたが、いまの上坂部のことをどう想っているかは知らないが……上坂部の感情は、あいつだけのモノだ。いくら、幼なじみだからって、上坂部が交際相手について、口を出してきたら、久々知だってイイ気はしないだろう?」


 陰キャ特有の低い声が功を奏したのか、オレの返答は、クラス委員の胸に響いたようだ。


「そ、そうだな……悪い、なんか、オレたちのことに巻き込もうとしてしまったみたいで……」


「いや、さっきは、教室でオレに気を使ってくれたし、そこは、お互い様ってことで……あんたのおかげで、夏休み前も、二学期からも、教室内ぼっちにならなくて済むかも知れない」


 オレが苦笑しながら言うと、久々知は、さわやかな笑顔で、言葉を返す。


「なに言ってんだ。立花と夜店を回りたいってのは、純粋なオレの気持ちだぞ? 夏祭りでは、浦風うらかぜのことでも世話になったし、まだまだ、恩を返せていないくらいだ。そうだ、立花! おまえが、ラーメン好きなら、今度、『ぶたのつき』に行かないか? 色々あったお礼におごらせてもらうぜ!」


 彼が言う、『ぶたのつき』とは、市内の中部にある人気ラーメン店だ。オープンして5〜6年の比較的あたらしい店舗なのだが、その評判は凄まじいもので、県内はおろか、西日本全体の豚骨ラーメンランキングでも、常にベスト3に入るくらいの人気ぶりなのだ。

 また、ぶたのつきに限らず、浜崎はまがさき市内では、この10年ほどの間、市外から移転してきた店主が開業するラーメン店が評判を呼ぶことが多く、市内の北部・中部・南部それぞれに、全国からラーメン・マニアが集う人気店が点在している。


 評判店のラーメン一杯は、至極のラノベ1冊に匹敵する価値だと判断したオレに、クラス委員の誘いを断る理由はなかった。


「ありがたい! その提案には、遠慮なく乗らせてもらう」


 オレが、ニヤリと笑って答えると、相手は、「おう!」と力強く笑顔でうなずいた。

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