第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜③

 修学旅行の日程は、順調に進んでいた。

 一日目の自動車工場の見学と、戦国時代に建てられたという小高い丘の上にある城を見て回ったあと、宿泊したホテルで、翌日に一大イベントを控えている常松つねまつは、緊張しているように見えた。


 彼は、こうした行事の恒例と言って良い就寝時の「クラスの女子で誰がカワイイか?」という男子一同の会話にも加わることなく、早々と布団に潜り込んでいた。そんな友人の様子を見ながら、オレも無駄に異性関連の話しを振られて、常松の計画を口外してしまってはならない、と考えて、女子に関する話題で盛り上がるクラスメート男子の輪に加わることなく、早く寝ようと努力していた。


 ただ、ときおり、男子一同から話し声が漏れて、「潮江しおえ」という女子の名前が出る度に、隣で寝ている友人の布団が、ピクリと動くのを少し微笑ましく感じていた。


 翌日――――――。


 晴天に恵まれた大正村で、様々なレトロ建造物を楽しそうに見て回るグループのメンバーをよそに、オレは、常松と潮江の様子が気になって仕方がなかった。パーク内では、グループ行動をすることが基本なので、なかなか彼らが二人きりになることができない。

 昼食時、大正の洋食屋・オムライス&グリル浪漫亭というカフェで、ワカねえに教えてもらっていた『文士ストレイキャッツ』との期間限定のコラボメニュー「喫茶らせんの謹製オムライス」を口に運んでいると、周囲に聞こえないように、常松が話しかけてきた。


「やっぱり、今日は潮江と二人になるのは無理かな?」


 彼が心配するのも無理はなく、帰路に着くためのバスの集合時間までは、あと二時間ほどしかない。

 それでも、オレたちのグループは、午後から、パーク内の目玉である帝国ホテル中央玄関を見学する予定になっていたので、まだ、チャンスが無いわけではない。


「いや、オレが潮江に図書館に来てくれないか、声を掛けてみるよ。常松は、タイミングを見て、グループから抜け出してくれ」


 そう言うと、友人は「わかった」と、うなずいた。

 彼に話したとおり、みんながランチを食べ終わろうかというときに、『文士ストレイキャッツ』の魅力を女子相手に語っていた潮江が、一人になるのを見計らって、彼女に話しかける。


「潮江、ちょっと、話したいことがあるから、みんながホテルの中央玄関に居るときに、となりの中央図書館の建物に来てくれないか?」


「話しって、なに? そんなにあらたまって……」


 潮江は、不思議そうな表情をしていたが、「とにかく、行ったらわかるから!」と言って、彼女の元を去る。

 このとき、「ちょっと、話したいことがあるから」という言葉をもう少し工夫して伝えていたら、その後の展開は変わったかも知れない……。


 昼食後、オレたちのグループは、すぐに帝国ホテル中央玄関に移動する。しばらくして、ホテルの内装を見学しながら、各部屋を回るタイミングになると、計画どおり、常松と潮江の姿が見えなくなった。


「あれ? 常松くんと潮江さんは、どこに行ったんだろう?」


 しばらくして、二人の不在に気づくグループのメンバーもいたが、


「ん〜、なにか用事でもあるんじゃないの?」


と、適当にごまかしておいた。

 自分の機転が功を奏したと考えたオレは、常松と一緒に考えたプランが、順調に進んでいると思い込んでいたのだが――――――。


 一時間ほどが経過し、広い帝国ホテルの玄関周辺もあらかた見終わったということで、そろそろ、別の施設の見学に移ろうとする頃になっても常松と潮江が戻って来ないため、グループ内でも、


「あの二人は、どこに行ってんだよ?」

 

という声が大きくなる。彼らの居場所を把握しているだったオレは、


「常松と潮江を探してくる!」


と言い残して、すぐに、玄関前から隣の施設にある中央図書館に向かって駆け出した。

 図書館の瀟洒な建物が見えてくると、すぐに向こうの方から、常松が走ってくるのが見えた。


「立花、どういうことだ? 潮江は、図書館に来てないぞ?」


 友人の言葉に血の気が引きかけたオレは、


「そんな……たしかに、図書館に行ってくれと伝えたのに……とにかく、潮江を探そう!」


と、常松に言い、グループのメンバーにも、そのことを伝えて、手分けして友人の想い相手である女子を探し始める。

 彼女が、ようやくオレたちと合流できたのは、集合時間の十五分ほど前だった。

 

 そこから、グループの全員でダッシュして、集合場所である大正村の正門にたどり着いたときには、帰りのバスの出発予定時間まで残り数分となっていた。

 

 当然、グループ内では、気づかない間に、集団行動から離れた潮江と常松に、批判の矛先が向きそうになったが、オレが、


「ゴメン……オレが、話したいことがあるからって、潮江に言ったのを見学に夢中になって忘れていた」


と、話すと、それが引率の教師たちにも伝わったのだろう、学校への帰りのバスで、こってりとしぼられた。

 さらに、学校に帰ってからの反省会では、6年生の全員が居残りで集合時間厳守に関する注意喚起が行われた。

 

 あとから聞いた話しによると、常松は、中央図書館に移動する前に、他のグループのメンバーに声を掛けられ、話し込んでいるうちに、図書館に到着するのが遅くなったらしい。一方、潮江は、自分に声を掛けたのに、を探して、パーク内を移動していたそうだ。


 二人の仲を上手く取り持つことが出来なかった上に、学年全体に迷惑を掛けてしまったオレは、身の置き場が無く、これ以降、積極的にクラスメートと話すことができなくなってしまった。また、このことと直接的に関係があるのかはわからないが、女子の潮江は、修学旅行が終わった半年後、小学校の卒業を前に、他の学校に転校して、それ以来、会うことが出来ていない。

 

 立花宗重たちばなむねしげという人間が、学校生活において、息をひそめ、自分という存在を消してしまいたい、と考えるようになったのは、このときの経験が、とても大きく影響していた。

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