第2章〜ふられたての女ほど おとしやすいものはないんだってね〜⑧

 人気動画配信者のお悩み相談を視聴した翌日の夕方、オレは自分たちの通う市浜いちはま高校から徒歩十五分ほどの場所にある県立浜崎はまがさき青少年創造劇場(通称:ピッコリシアター)の入口に立っていた。

 今日は、この場所で、ひばりヶ丘学院の演劇部が、定期公演を行うという。


 市立浜崎はまがさき高校という名前のとおり、偏差値も中程度の公立高校である自分たちの高校が、なぜ、校内設備も充実しているという私立わたくしりつのひばりヶ丘学院の演劇部と、交流を持っているのか、一般生徒のオレにはわからないのだが……。

 会場となるピッコリシアター近辺の高校であるということで、声が掛かっているのかも知れない。


 集合時間の五分前に劇場に到着すると、すでにオレ以外の観劇参加メンバーは揃っているようだ。


 市浜高校からの観劇メンバーは、全部で五人。

 3年は生徒会役員の小田栄一おだえいいち先輩と長洲ながすさつき先輩、2年はオレと上坂部、1年は浦風弥生うらかぜやよいさんという1組のクラス委員を務める女子生徒が参加していた。

 本来は、もう一人、1年の男子生徒が参加する予定だったらしいのだが、体調不良で出席できないらしい。


(なんだ、そういう理由で欠席することも可能だったのか……)


 と、数日前のオレなら思っていただろうが、今日は、観劇のあとに上坂部と話し合うという、クラスメートの大島から託されたミッションがあるので、オレは、その会談の場に備える。


立花たちばなくん、こっちだよ!」


 という上坂部葉月の声に気づいて、メンバーの方に歩み寄ると、


「急に話しを振ったのに、来てくれてありがとう立花くん」


と、生徒会の副会長である長洲ながす先輩が声を掛けてくる。


「久々知が来れない、と聞いたときには驚いたけど……代わりに来てくれる生徒が居てホントに助かった! 立花くん、感謝するよ」


 続けて、さわやかな笑顔で、そう語るのは、生徒会長の小田おだ先輩。


「よろしくお願いします」


 最後に、緊張しているのか、一年の浦風弥生うらかぜやよいさんは、無表情のまま、小さく頭を下げた。


「高校生の演劇を観るのは初めてなので、楽しみにしてます。今日は、よろしくお願いします」


 オレが、ほぼ初対面の三人にそう返事すると、小田おだ先輩が笑顔のまま返答する。


「劇を楽しみにしていた、ってのは終演後に、の演劇部に言ってあげてくれ。きっと、喜ぶと思う」

 

 笑みを絶やさない心地良い話し方に、オレは、内心で、小心者らしい感想を抱く。


(イイ人そうなヒトたちばかりで良かった〜)


 収容人数が100人ほどの小ホールで行われた演劇部の舞台は、『わたしの貴公子プリンスさま』というタイトルの現代劇だった。

 

「SNSで同世代の女子から絶大な支持を誇るインフルエンサーの桂木綾かつらぎあやが、ある日のライブ配信中に、恋人の尾浜遥おはまはるかの浮気現場に遭遇し、そのまま別れを告げられるという屈辱を受けてしまう。自分の名誉回復のため、『どんなにダサい生徒でも、イケメン男子に育てることができる!』と豪語した綾は、友人との賭けに乗って、クラスの冴えない男子・潮江珠太郎しおえじゅたろうを学園祭の人気投票トップに変身させるべく奮闘する」


 前日に、の動画配信を視聴していたオレにとっては、とても、タイムリーな内容でもあり、非常に興味深く観劇することができた。


 観賞前に配られたチラシによると、脚本を担当したのは、真中仁美まなかひとみ針本針太郎はりもとはりたろうという二名の生徒の名前らしいが、自分と同世代の高校生が、こんなに楽しめる内容の物語を描いたことに驚かされた。


 小田先輩が言っていたように、観劇後には、ひば学の演劇部メンバーと話す機会があったのだが、観劇を楽しみにしていたことと、ストーリーが、期待以上に興味深い内容だったことを彼らに伝えると、脚本を担当したと思われる女子生徒と男子生徒は、お互いの顔を見合わせて、はにかむように微笑み合っていた。


『わたしの貴公子プリンスさま』を楽しく観賞したのは、他の観劇メンバーも同じだったようで、ピッコリシアターを出たあとは、「この面白さを語り合おう!」と、五人で駅の近くあるカフェに繰り出した。


 警察署のそばのビルの二階にあるそのカフェは、洒落た雰囲気の内装で、ここが、浜崎はまがさき市内であることを、ひとときの間、忘れさせてくれる。広くゆったりとした空間のため、居心地の良さを感じた。このお店は、長洲ながす先輩と小田先輩の行きつけのカフェだそうで、二人のセンスの良さを感じずにはいられない。


 ただ、そうした雰囲気で、演劇の感想戦を繰り広げる中、オレには、このあとの上坂部葉月との会談とともに、気になることがあった。

 それは、会話のたびに、小田先輩の様子をチラチラとうかがったり、グラスの水が無くなるたびに、甲斐甲斐しく水を注ぐ、一年生の女子の姿だ。


 その様子が少し気になったので、オレは思い切って、小田先輩に聞いてみた。

 

「小田先輩と長洲先輩、浦風うらかぜさんは、前から仲が良いんですか?」


「あぁ、オレとさつきと弥生は、同じ大勢中たいせいちゅうの卒業生なんだ。なんなら、上坂部も久々知も同中おなちゅうなんだぜ」


 なんだ……ここは、大勢たいせい中出身者の集まりだったのか……。どうりで、みんな、仲が良さそうなハズだ。


「そ、そうなんですか……そんなところに、武甲中むこちゅう卒業生が混じってて、すいません」


 オレが、申し訳なさそうにそう言うと、長洲先輩が笑顔で応えてくれた。


「なに言ってるの立花くん! 出身中なんて関係ないじゃん。私は、新しい仲間が増えて嬉しいよ!」


 心から歓迎してくれている様子がうかがえる彼女の表情に、オレの心も和む。

 人の良い先輩たちと気の利く後輩の輪に加わったオレは、このメンバーで語り合えることに幸せを感じながら、このあとに控えるクラスメートとの話し合いに向けて、気持ちを整える準備に入った。

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