第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜①
「祐一……」
不安げな表情で、ポツリとつぶやいた目の前の少女は、こちらを見つめている。
親の顔より見慣れた彼女の表情を曇らせてしまったのは、なによりも、自分自身の行動と選択に原因がある。
これ以上、彼女を苦しませるわけにはいかない――――――と、意を決して自らの想いを告げることにした。
・ごめん、実は前から綾辻さんのことが――――――
・ぼ、僕はずっと前から志穂子のことが――――――
選択肢を選んでください。
⇨ ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが――――――
カーソルで選んだセリフが点滅すると同時に、志穂子の表情は、さらに曇り、泣き出す寸前になっている。
「どうして――――――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが……彼女が居るってこと……」
「志穂子……」
「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しはわたしのこと……」
「いや、その……」
「えへへ……一回だけなら、見間違いかなって……わたしの勘違いかなって済ませただろうけど……祐一はかっこいいから……やっぱり、モテるよね」
その切なげな表情を見つめたまま、何も言葉を発することのできない自分に向かって、彼女は言葉を続ける。
「少しの間だけだったけど……恋人みたいで嬉しかったよ。迷惑かけてゴメンね。こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」
「…………」
「祐一は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、綾辻さんがかわいそうだよ」
「…………」
「わたしのことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、なるべく声を掛けないようにするね」
「…………」
「えへへ……彼女のことは、紹介してくれなくてイイからね!」
幼馴染みは、そう言い残して走り去る――――――。
「あっ! お、おい! 志穂子!」
――――――やってしまった……最悪の形で志穂子のことを傷つけてしまった……僕がフラフラしてたせいで……。
・
・
・
ううっ……すまない志穂子……。
涙ぐみそうになりながら、イヤホンを外したオレは、ヨネダ珈琲・
まったく……こんなに可愛くて性格も良い幼なじみを振って、他の女子にフラフラとなびくなど、ヒドイ主人公もいたものである。いや、もちろん、今回のプレイで志穂子ではなく、綾辻さんルートを選んだのはオレ自身なのだが……。
発売から十五年が経過した大ヒット恋愛シュミレーションゲーム『ナマガミ』のシナリオの素晴らしさとヒロインの恋が終わってしまう《嗚咽イベント》の切なさに、あらためて胸を打たれてしまった。
大丈夫、ちゃんとルート分岐直前のセーブデータを残しているので、次回のプレイ(おそらく明日の放課後になるだろう)では、志穂子、
そう心に誓って、これから始まる綾辻さんルートのイチャイチャ描写に対する期待に胸を膨らませながら、シナリオが一段落したことで、オレはトイレに立つことにする。
自分の通う高校から、私鉄電車の駅で二つ離れたこの喫茶店を利用する同級生が居ないことは、一年以上の高校生活ですでにリサーチ済みである。
親戚から定期的にもらうコーヒーチケットの恩恵や長居をしても責められない店内の雰囲気も含めて、自宅の近所にこうした店舗が存在してくれていることに感謝をしながら、トイレに向かうと、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。
「
「
耳に馴染みがあると感じたのは、一人だけではなく複数人のものだった。
本当に、無意識に……思わず、声の主たちの方向に顔を向けた次の瞬間、オレは空席になっていたヨネダ珈琲特有のフカフカした座席に身を滑り込ませる。
(ど、どうして、この店に
声の主は、
オレが通う
自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、高校生は高校生らしく、ワクドナルドやツタ―・バックスに行っておけば良いものを、なぜ、この店を選んだ……!?
そんな自分自身でも理不尽だと感じる憤りを覚えながら、フカフカの座席に身を潜めていると、さっきよりも小さいながら、彼らの声が耳に入ってきた。
「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しは私のことをそういう対象として考えてくれてたの?」
「あっ……いや、その……」
「一回だけなら、見間違いかなって……私の勘違いかなって思うこともできたけど……
「いや、モテるなんて、そんな……」
「少しの間だけだったけど……二人で委員長の仕事ができたこと、とても楽しかった。迷惑かけてゴメンね……こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」
「…………」
「
「…………」
「私のことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、声を掛けるのは控えるようにするね」
「…………」
「えへへ……彼女に告白が成功しても、報告はしてくれなくてイイからね!」
「
「もう行って……私、もう少ししたら、帰るから……ちゃんと、
「
「
「じゃあ、行ってくる!」
と言い残して、店を去って行った。
その姿を身を隠したテーブル席の影から確認したオレは、
(あいつ、レジに寄らなかった気がするけど、支払いはどうすんだ?)
と思いながら、息を潜めて立ち上がる。
その体勢から、高校生活で身につけた、周りの空気に溶け込んで自分の気配を消す、
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