第二十一話 異変②
俺たちを襲った異常な現象。
その直後に鳴り響いたのは、天音と飛鳥のスマートフォンだった。
相手は当然と言えば当然、ブレイバー協会からの緊急招集。
内容は——橋本駅の消失。
さてさて。
どう考えても尋常じゃない事態。
俺たちは居ても立っても居られず、すぐさま家を出てこうしてブレイバー協会南大沢支部へとやってきたわけである。
そうして現在。
ブレイバー協会へ入った俺たちを、エントランスで待ち受けていたのは。
「待っていたのじゃ! 早くこっちに来るのじゃ!」
「朱奈支部長……どういうことだし、うち達以外のブレイバーは?」
「もうみんな先に出発しているのじゃ! 連絡が付き次第、その場から現地に向かって貰ったのじゃ! それほどの緊急事態じゃからな!」
「なにそれ? 解せないし! どうしてうちだけ、こうしてブレイバー協会に呼び出しだし!」
「これはそこの新人、渋谷隊員にも言えることじゃが……模擬戦と魔物との戦いの連続で、おぬし達は少なからず疲弊しているのじゃ! そんな状態で送り出すわけには行かないのじゃ……特に今回は特にの」
と、苦そうな顔をする朱奈支部長。
ここで、俺は先ほどからずっと気になっていたことを、朱奈支部長へと聞く。
「あの黒い光と振動、それに橋本駅が消失したって……いったい何が起きたんですか?」
「うむ、ダンジョンから一匹の魔物が出てきたのじゃ」
「え、一匹?」
飛鳥から最近、橋本ダンジョンから大量の魔物が溢れ出している。という、そんな話を聞いたばかりだったので、思わず聞き返してしまった。
だって、たった一匹ならばあんな事態になるとは、到底思えなかったからだ。
しかし、朱奈支部長はなおも苦そうな口調で。
「ダンジョンでは通常、ダンジョンの規模に収まるような魔物しか産まれないのじゃ。ダンジョンを魔物と捉えるなら、ダンジョンは自らの力を超えた魔物は生み出せない。無論、量が増えれば総量で超えることはあるじゃろうが」
「単体の質で自らを超える魔物を生み出せない、ってことですよね?」
「うむ。ただ今回はおそらく突然変異個体が産まれたのじゃ」
「話の流れからして、単体でダンジョンよりも強力な力を内包した個体が産まれたってことですか?」
「うむ。その個体がダンジョンを橋本駅ごと吹き飛ばし、魔力の残滓を全て吸収しおったのじゃ」
なるほど。
あの黒い光と振動の正体は、きっとそういうことに違いない。
となると、緊急招集がかけられた理由も見えてきた。
十中八九、その魔物の討伐に違いないが。
「その強力な魔物は現在、真っ直ぐにここ——南大沢へと向かってきているのじゃ」
事態はより深刻だった。
橋本とは違い、南大沢はまだ人が住んでいるのだ。
ダンジョンと駅を吹き飛ばすような魔物が南大沢に到達してしまえば、その被害は計り知れいない。
「だからこの支部のブレイバー達を送ったのじゃ。おそらく互いの進行速度から考えて、多摩境駅周辺で戦うことになるじゃろうな」
なるほど。
多摩境ならばすでに住民は住んでないため、戦場にするには打って付けに違いない。
などなど、俺がそんなことを考えていると。
「だったら朱奈支部長もさっさとやることやるし! 一刻を争う状況なら、こんな話し合いしている場合じょないっしょ、普通に!」
「わかっているのじゃ! それとおぬしには新人の頃から何回も言っているが、少しは敬語と礼儀を覚えるのじゃ!」
「うち、そういうの嫌いだし♪」
「ふん、まぁいいのじゃ……竜宮隊長と渋谷隊員はこっちに来るのじゃ!」
ちょいちょい。
と、俺たちを呼んでくる朱奈支部長。
そういえば、先ほどまるで俺たちの体力を回復させる手段があるような口ぶりだった。
飛鳥は知っているようだが——その方法は果たして。
「固有スキル『セフィロト』」
朱奈支部長はそう言って、俺たちの背中へと手を当てる。
瞬間。
「っ!?」
まるで体内に暖かい何かが流れ込んでいるような感覚。
それは全身を駆け巡り、疲れを端から消し去っていく。
「渋谷隊員は初めてじゃろ? これがワシの固有スキル『セフィロト』の能力なのじゃ」
「回復能力、ですか?」
「まぁそうじゃな。今のように疲れをとるだけじゃなく、怪我を治すことも…….生命力の操作が可能なのじゃ! 無論、傷に応じて時間がかかるがの……例え腕がもげても、一日あれば治して見せるのじゃ!」
「デメリットは何か有るんです?」
「ある。通常の覚者にある身体能力の上昇がワシには少ししかない……あとは使いすぎると、使用不能になるといったところじゃな」
「なるほど」
前者。
身体能力の向上が普通に比べて、あまりされていないという部分。
どことなく天音に通じる物がある。
これは俺の予想だけど。
サポート系の能力が発現すると、身体能力の強化はあまりされないのかもな。
などなど、俺がそんなことを考えていた。
まさにその瞬間。
「う〜む」
と、何やら不思議そうな声を出す朱奈支部長。
俺は背中越しに振り返り、そんな彼女の顔を確認してみると。
朱奈支部長は俺を見て不思議そうな顔をしている。
「どうしたんですか?」
「竜宮隊長の体力や傷は完全に治癒したのじゃ……しかし、おぬしのがまだ時間がかかりそうでな。格上である竜宮隊長と戦ったからといって、ここまで体力の消費に差が出るとは思えないのじゃが」
「ああっと、それは……」
心当たりありまくる。
今日のこともそうだが、異世界での昨今の戦闘全ての疲労が溜まっているせいに違いない。
とはいえ、それをそのまま言うわけにもいかないし。
さてどうしたものか。
と、俺が言い淀んでいると。
「なんだか知らないけど、うちの回復が終わったならうちは先に行くし!」
「ダ〜メ〜じゃ!」
「なんでだし! うちの回復は終わった感じでしょ?」
「今回現れた魔物は、その戦闘力の規模がわからないのじゃ! だから単独行動は禁止じゃ! それに、先に送ったのはスリーマンセルの部隊を5隊、合計15人で——」
「ならいいじゃん! うちもさっさと行って、その15人に合流するなら単独行動にもならないし!」
「話を最後まで聞くのじゃ! ワシが言っているのは部隊単位の単独行動の話じゃ!」
「?」
「渋谷隊員と、有明隊員を放って先に行くなと言う話じゃ! おぬしが強いのは理解しているのじゃ——おそらく、この世界に存在するブレイバーの中では、五指に数えられる実力じゃ」
「なら!」
「それでも危険はある。スリーマンセルの部隊は、その危険をなるべく減らす仕組みなのじゃ! だから——」
朱奈支部長がそこまで言いかけた。
まさにその瞬間。
「朱奈支部長!!」
慌てた様子でエントランスにやってきたのは、スーツを着た職員らしき男性。
おそらく、このブレイバー協会で働いている非戦闘員に違いない。
俺がそんなことを考えている間にも、彼は予想外の事を朱奈支部長へと伝える。
「多摩境に送ったブレイバー隊が壊滅しました!」
「なんじゃと!?」
「生死不明で連絡が取れない状況です! ただ、最後の通信内容から考えるにおそらく——」
「もう待ってらんないし……っ! 『グラビティコア』!!」
と、固有スキルによる大斧を出現させる飛鳥。
瞬間、彼女は能力で自らの重さを変えたのか、まるで風のような速さでブレイバー協会を飛び出していってしまう。
そしてこの時の俺はこの瞬間。
彼女を止められなかったことを、一生後悔することになるのを……。
まだ知る由もないのだった。
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