盗聴器

あべせい

盗聴器



 マンションの玄関ホール。

 管理室のインターホンごしに、

「ごめんください。夜分、恐れ入ります」

「どなた?」

「テレビさくらの樋本といいます」

「テレビ? 何かな。ちょっと待って……」

 管理室のドアが開き、50才前後の男が顔を出す。

「何ですか、こんな時間に……」

「突然、失礼します。実は、秋の単発スペシャル番組で『盗聴電波』をテーマにした番組の放送を予定しています。現在、その取材のため、専門家とともに都内各所で盗聴器の実態調査を進めていますが、この近辺で盗聴電波が確認されたため、その電波を追ってきたところ、こちらマンションの一室から出ていることが明らかになりました」

「よくわかりませんね。どういうことでしょうか?」

「こちらにお住まいの方のお部屋に盗聴器が仕掛けられている可能性があります」

「そんなことがわかるのですか?」

「こちらが、電波探査研究所の高鳶さんです」

「高鳶と申します」

「はァ」

「私が持っています、この機械を使いますと、簡単に違法電波を探知することができます」

 高鳶、エウコンのリモコン大の機器を取り出す。

「このマンションは賃貸ですが、セキュリティが厳重だから、転居してこられる方が多いンです。盗聴器が仕掛けられているなんて、考えられませんが……」

「間違いであればいいのですが、現にこうして……」

 高鳶、探査器の針を示しながら、

「機械が反応していますから、何らかの違法電波が飛んでいることは間違いありません」

「それで、どうなさりたいのですか?」

「探査器の反応が最も強いお部屋を探し、もし住人の方のお許しがいただければ、盗聴器を捜し出す、ということになります」

「お断りしたら?」

「こちらにお住まいの方々の被害を、放置することになります。被害の訴えが出てからでは、セキュリティに問題ありとなり、マンションの評判が落ちると思われますが」

「それは、困ります。けれど……こんな時間にね」

「これまでの経験ですが、盗聴器を仕掛けられるのはだいたい、昼間外出なさっている方に多いのです。どうしても夜でないと」

「もうお気付きだと思いますが、このマンションは、部屋数は8つしかない小さな賃貸です。そして入居者は女性のみに限定されております。ですから、セキュリティにはお金を惜しまない。入居者の許可がない者は立ち入りができませんし、怪しい者を見かけたら、私がすぐに警察に通報しています」

「はァ」

「樋本さん、ちょっと」

 高鳶、樋本を脇に呼び寄せる。

「ここはやめましょう。あとあと、面倒なことになるかも知れませんから。それに、あの管理人、前に会ったような気がして」

「そうですか」

 樋本、男に歩みよる。

「失礼しました。では、出直すことにします」

「あなたね。私は、帰れと言っているわけじゃないですよ。違法電波が出ている、盗聴器が仕掛けられている、と聞かされて放置したとなると、オーナーとしての責任を問われます。どうぞ、存分にお調べください」

「失礼しました。オーナーの方とは存じませんでした」

「どうぞ」

 男、名刺を差し出す。

 樋本、名刺交換して、男の名刺を見る。

「藤橋マンション、オーナー藤橋法草さん……」

「きょう来られたのは、3名ですか」

「私と高鳶と、カメラマンの節木の3名です」

「ここにあとおふたかたのお名前を書いていただいて、お入りください。但し、静かにお願いしますよ」

 玄関ドアが開き、樋本ら中へ。


 樋本、「妃華」と表示された部屋のインターホーンを押す。

「ごめんください」

「何ですか?」

「こんな時間に申し訳ありません。テレビさくらの樋本と申します」

「テレビ? 用件をおっしゃってください」

「プライバシーにかかわることですので、できましたら直にお話させていただきたいのですが」

「いいから言いなさいよ!」

 樋本、声を小さくして、

「こちらに盗聴器が仕掛けられています」

 突然、ドアが開く。

「盗聴器ですって!」

「この秋の放送予定で、「違法電波」をテーマに2時間のスペシャル番組を企画して、現在都内各所で盗聴器の実態調査を進めています」

「わたしの部屋に盗聴器が仕掛けられているっていうわけ?」

「残念ながら、探査器が反応しています」

「エッ、そんなッ! なんて驚かないわよ」

「エッ!?」

「ここに何人、来ているの?」

「ご覧の通り、ディレクターの私と、電波探査研究所の高鳶さん……」

 妃華、高鳶を見つめて、

「高鳶……」

 高鳶、軽く会釈する。

「高鳶と申します」

「それにカメラマンの節木の3人です。それと、外にロケ車を運転しているドライバーの江濡がいます」

「ドライバーを入れても4人か。それっぽっち?」

「と申されますと」

「前にテレビの旅番組をみた時、タレントの後ろに7人くらい、ぞろぞろと金魚の糞みたく、くっついていたわよ」

「それは、旅番組だからです。ディレクターのほか、カメラマンは、タレントが別れて行動する予定があればその人数分と、ADも複数、あとはタレントのマネージャや付き人がいますから、その程度の数には充分なると思います」

「照明や音声の方は?」

「妃華さんは、テレビにお詳しいンですね」

「いまだって、いないンでしょう。照明さんに音声さん」

「カメラがよくなっていますから、その分、人件費の節約です。必要なときは、私がライトをつけますから、ご安心ください」

「安心なんか、してらンないわ。で、ここにいるたった3人で、わたしをどうしようというの?」

「あなたをどうこうしようというのではありません。こちらのお部屋から、盗聴電波を出している盗聴器を捜します」

「それから?」

「ご希望があれば、盗聴器を仕掛けた人物をあぶりだします」

「それから?」

「それから、ですか。あとは、盗聴犯を警察に突き出す。もっとも、これはあなたのお気持ち次第になりますが」

「それから?」

「それから?……それで終わりです。おしまいです」

「樋本さんだったわね。時計、お持ち?」

「はァ?」

「だったら、いま、夜の8時を過ぎている、ってわかって来ているのね」

「夜分、たいへん申し訳なく思っています」

「わたしは、肉体労働者よ。それも、10トンのミキサー車を運転して、20分前に帰ってきたばかり。体はクッタクタに疲れてンの。これからシャワーを浴びて、コンビニで買って来た幕の内弁当と缶ビールで、サッカー中継を見ながら夕食タイムにするの。これ、わたしの唯一の楽しみ。わかる?」

「はい」

「樋本さん、帰りましょう……」

「あなた、電波ナントカの高鳶さん、だったわね。人が話しているのに、邪魔すンじゃないわよ!」

「すいません」

「夜の8時過ぎに、男3人が、若い女の部屋を突然訪ねてきて、盗聴器を捜させてください、って。それであんたらは番組を作る。イイじゃない。それで仕事が終わるンだから。私は? 盗聴器を見つけてもらって、『オありがとう、ございます』って、言うわけ? 冗談じゃない。盗聴器って、女の1日の大切な時間と天秤に掛けて、釣り合うほど大切な物なの?」

「しかし、盗聴器をそのまま放置しておきますと、妃華さんの大切なプライバシーが、外部に流出するということになりますが」

「けっこうじゃない。けっこうけだらけ、ねこはいだらけヨ!」

「はッ?」

「盗聴器が怖くて、女が独り暮らしできるカッ、っていうの! ちょっと、待っていなさい。動くンじゃないわよ」

 妃華、奥に走る。

「樋本さん、すいません。忘れていました。彼女、前に扱ったことがあります」

「エッ? マジですか」

 妃華が、戻ってくる。

「樋本さん、これ、わかるでしょう?」

「これは……」

「3つあるわ。全部、盗聴器よ。そこにいる高鳶さんに聞いてみたら」

「高鳶さん、どうなンですか」

「盗聴器です。待ってください」

 探査器を近づけると、音を立て反応する。

「間違いありません。いずれも電池内蔵型の盗聴器です」

「これはみんな、こちらで見つかったものですか」

「これにはいろいろ事情があるの」

「妃華さんは、こちらに越してこられて、どれくらいですか?」

「まだ、2ヵ月よ」

「2ヵ月で、3個の盗聴器ですか。もっと詳しいお話、聞かせてくださいませんか」

「この部屋に入ろうっていうの。高いわよ」

「高い、って?」

「それなりの謝礼が必要、ってこと」

「樋本さん、帰りましょう。やはり、ここは……」

「高鳶さん、あんた、忘れたの!」

「高鳶さん、何ですか?」

「カメラの節木さん。すいませんが、後ろのドア、閉めてくださらない。ご近所に、ご迷惑がかかるから」

「はい」

 節木、後ろ手でドアを閉める。

「それと、節木さん。そんなにカメラを回しても、放送には使えないわよ。余計なことかもしれないけれど」

「高鳶さん、説明してください」

「だから、言ったでしょう。前に別の局で同じ企画をやったとき、彼女の部屋から盗聴電波が出ていることがわかったので、調査したンです」

「お名前を確認させてください。妃華……」

「氷見子よ」

「妃華氷見子さんですか。高鳶さん、前にも氷見子さんの部屋を探査したンですか」

「前はここと隣接した区で、住所が違っていたから、同じ彼女とは気がつかなかった。迂闊でした」

「迂闊! ご挨拶ね。わたしが、ここに引っ越した理由は聞かないの」

「高鳶さん、そのとき、何か、あったンですか?」

「言いなさい。高鳶さん!」

「何もないです。ただ……」

「ただ、何です?」

「ただ、前回、彼女の部屋を調べたとき、盗聴器は出なかった」

「盗聴電波が出ているのに、ですか?」

「はい」

「高鳶さん、ウソをつくのもいい加減にしたら!」

「ウソじゃない」

「樋本さん、しっかり聞いてください」

「はい」

「最初、この高鳶さんは、きょうみたく、ディレクターとカメラマンと一緒に来たの。どこのテレビ局だったか? フジ、そォ、富士山テレビだった。でも、そのとき盗聴器は発見できなかった。すると、翌日、ひとりで私のマンションにやってきた」

「それは……高鳶さん、ダメですよ。それは……」

「見つからなかったのはおかしいから、もう一度調べさせてほしい、って言って。そうしたら、すぐに盗聴器が出てきた。樋本さん、これって、おかしくないですか?」

「樋本さん、その盗聴器は古い電池内蔵タイプで、しかも電池は入っていませんでした。だから、前日には発見できなかったンです」

「あまり考えたくないけれど、高鳶さんが仕掛けた盗聴器だったら……」

「樋本さん! なにを言うンですか。私が、自分で仕込んで、自分で見つけたと言うンですか!」

「そういうわけじゃないけれど」

「話にならない。私、帰ります。不愉快だ。もう、おタクとは仕事をしませんから」

 出ていこうとすると、節木がドアの前に立ちはだかる。

「節木、そこをどけ! ケガするゾ」

「高鳶さん、冷静にいきましょう。掛けられた疑いは晴らす。コレ、死んだオヤジの口癖でした」

「高鳶さん。そうです。おれの爺さんも、昔『♪身にふる火の粉は、はらわにゃならぬゥー♪』って、風呂場でよく歌ってました」

「この人が、わたしのマンションに1人で来たのは、それだけじゃない。その3日後にも」

「いったい、何のためですか?」

「それは……」

「高鳶さんは、3日後の昼間、ちょうど私が休みで出かけようとすると、私の部屋があった前の廊下をうろうろしていた……。私、気味が悪くなって結局、そのマンションは引っ越したンだけれど、荷物を運び出しているとき、さっき見せた3個の盗聴器のうち、2個が見つかった。それだけじゃない。私が大切にしているドラえもん、そこにある……見えないわね。いいから、あがって。イヤだけれど……」

 先に進み、リビングに入る。

 続く樋本ら。

「そのソファに寝ているでしょう。わたしのドラ息子」

「ドラえもんのぬいぐるみですか。それにしてもでっかい。人の体くらいある」

「いつもトラックの助手席に乗せているもの。帽子を被せていると、人が乗っていると思ってくれる」

「それで盗聴器は?」

「そうよ。ドラ息子のポケットの中からも、1個出てきたの。これで、計3個よ」

「どういうことですか?」

 節木、カメラを静かに高鳶に向ける。

「こんなことは考えたくない。言いたくない。でも、この人が調べるといって、その間に仕掛けたとしか考えられないでしょう」

「高鳶さん、どうなンですか」

「バカなことをいわないでください。私は違法電波探査のプロです。そんなバカなことをするわけがない」

「しかし、最初に調べたときは見つからず、その翌日に1個の盗聴器を見つけています」

「それは電池内蔵型で、電池が切れていたから探査器に反応しなかったンです」

「それは、どこで見つけたンですか」

「それは……」

 高鳶、動揺している。

「あれは、確か……ここにある」

 氷見子、テーブルを示す。

「このテーブルの脚の付け根に張りつけてあったわ」

「そうだ。氷見子さんがあとから見つけたその3個も電池内臓型だったから、そのときは電池切れで、見つけることができなかったンだと思います」

「氷見子さん、その3個のうち、1個はドラえもんのポケットでしたね。あとの2個はどこから?」

「あれは、私がクローゼットにしまっていたバッグの中から1つ、もう1つは、カーペットの角の裏側だったわ」

「高鳶さんは、探査器の反応を見ながら捜しますから、電池切れだったら、見つけられなかったのも当然です。高鳶さん、失礼なことを言って、すいません」

「はァ」

「氷見子さんは、犯人に心当たりはありませんか」

「さっきから考えているところ。この高鳶さんがやったのじゃないのなら……」

「よくあるのは、別れた恋人、ストーカーなどですが……」

「わたし、ミキサー車を運転していると言ったでしょう。でも、生コンの発注なんて毎日ない。工事現場はいつもどこかでやっている感じだけれど、生コンの打設なんて、ふつうマンションの建設だと2週に1度。私のようなバイトには、忙しいときにしかお呼びがかからない」

「ダブルワークということですか」

「ミキサー車は副業。本業はキャバクラ嬢よ」

「あのキャバクラですか」

「樋本さん、あまり見つめないで」

「しかし……」

「それにもいろいろ事情があるの。とにかく、午後6時から11時半までキャバクラに勤めているから、お客さんが仕掛けたとしたら、それらしいのはいっぱいいるわ」

「そうですか。高鳶さん、どう思われますか」

「盗聴器を仕掛けるには、部屋の中に入る必要があります。前のマンションで、部屋に入れた人物で挙動がおかしかったのがいたら……なんだか、私自身を指摘しているみたいだけれど」

「あるいは、合鍵を持っている人物……その前に、高鳶さん、この部屋からも盗聴電波が洩れているでしょう。この部屋に盗聴器を仕掛けたのも同じ人物かもしれない」

「樋本さん、この部屋には盗聴器はもうないわ。いまお見せした3個が全てです。盗聴電波は、私がこの3個の盗聴器を、内蔵電池を全て新しく入れ替えて、仕掛けていたからよ。私、いままで高鳶さんのしわざと思っていたから。盗聴電波を大量に出していたら、いつの日か、またこの前のように探査にやってくる。そうしたら、そのときは告発したやろうと思って」

「氷見子さん、すいません。私、告白します」

「高鳶さん、どうしたンですか。まさかッ」

「そうじゃない。私は、2ヵ月余り前、氷見子さんの以前のマンションに電波探査で行きました。そのときは氷見子さんの部屋ではありません。氷見子さんの隣の部屋でした。その作業中、氷見子さんを見かけて、好きになってしまった」

「そんな、こと……突然いわないで……」

「それで1週間後、富士山テレビから違法電波探査の依頼が来たとき、盗聴電波が出ていないのに、氷見子さんの部屋が怪しいと言って、訪ねたンです。結局、盗聴器は発見できず、氷見子さんの分はオンエアされませんでしたが、私は、氷見子さんのことが忘れられず、翌日もう一度調べさせて欲しいといって、訪ねました。もちろん盗聴器は出ないはずだったンですが、テーブルの脚の付け根から、思いがけず旧式の盗聴器が出てきた。それで3日後、時間ができたので、もう一度押しかけ、氷見子さんの部屋の外周辺を丹念に調査したンです。しかし、そのときは何も見つけることができませんでした」

「氷見子さんは、引っ越し作業のときに3個、見つけた。しかし、それは、内蔵電池が切れていた。高鳶さんが探査したときは、盗聴電波を出していなかったから、探査器に引っかからなかった。でも、旧式の盗聴器1個を含め計4個の盗聴器を、氷見子さんの以前のマンションに仕掛けた人物は存在する……」

「妃華さん、その盗聴器をもう一度、見せてください。特徴があるかもしれない」

「どうぞ……」

 高鳶が、盗聴器を精密ドライバーで分解して調べる。

「犯人の個性です。盗聴器を仕掛けるとき、それぞれ犯人の個性が出るンです。どういうタイプの盗聴器を使うのか。電源をコンセントからとるタイプなのか。電池内蔵のタイプなのか。また、コンセントの内部に仕込む場合でも、どこのコンセントを選ぶか。よく見える柱や壁の下の位置か、テレビ台の裏のふだん目に入らないコンセントとか。ネジの締め加減がキツいか緩いかでも、犯人の特徴が出ます」

「どうですか。何か、わかりますか」

「これはみんな、同じ人物が仕掛けた盗聴器です。待ってください。探査器が反応している。この3個の盗聴器は、さっき内蔵電池を外したから、電波は飛んでいないはず」

「ということは、この部屋には、まだ盗聴器がある。氷見子さん、だれかが私たちの会話を聴いています」

「樋本さん、怖いこと、言わないで」

「もう一度、整理してよく考えてみましょう。その前に……」

 樋本、テレビをつけ、音量をあげる。

「これで、盗聴される心配はありません。氷見子さんの以前のマンションに仕掛けられていた盗聴器は全部で4個。1つは高鳶さんが発見した旧式の盗聴器、内蔵電池は切れていた。あと3個は氷見子さんが見つけた。これも電池内蔵式だったが、幸い電池はすべて切れていた。この4つは、その特徴から同じ人物が仕掛けた疑いが強い。盗聴器を仕掛けるには、部屋の中に不法侵入する必要があります。以前のマンションのセキュリティはどうだったンですか?」

「ここと同じよ」

「同じ、って?」

「この藤橋マンションは、正しくは『第2藤橋マンション』っていうの。別に『第1藤橋マンション』が、5キロほど離れた住宅街にあるわ。私が以前いたマンションは、その『第1藤橋マンション』なの。盗聴器が見つかってから、マンションのオーナーに、怖いから移りたいと相談をもちかけると、ここがいいと紹介してくれたの。オーナーが同じだったから、敷金も前家賃など面倒な手続きなしで、転居できたってわけ」

 樋本、もらって名刺をとりだす。

「この藤橋法草ってのが、前のマンションのオーナーでもあったのか。氷見子さん、さっき会いましたが、藤橋さんは、自分のマンションに管理人をおいていませんね」

「彼、ヒマだからといって、午前と午後に分けて、両方のマンションを行ったり来たりして、管理の仕事をしているみたい」

「彼、奥さんは?」

「独身よ。結婚歴はあるようだけれど、別れたみたい」

「樋本さん、思い出しました。彼の顔を見て、前に会った感じがしたのは、前に氷見子さんの部屋を調べに行ったとき、彼に会っていたンだ」

「そうだわ」

「氷見子さん、どうされたンですか」

「あのドラえもん、藤橋さんのプレゼント! 前のマンションに入居してからまもなく、『商店会の年末売り出しセールの抽選で当たったから』といって、持ってきてくださったンだった。わたし、ドラえもんが大好きだと言っていたから」

「管理人を兼ねているオーナーなら、各部屋にフリーで入れるマスタキーを持っていてもおかしくない」

「そんなこと、って」

「もし、彼が怪しいのなら、我々がいま盗聴器を捜していることをひどく気にしているはずだ。高鳶さん、探査器を使って、その盗聴器を早く見つけてください」

「もう、見つけました」

「どこに?」

「この壁にかかっているデジタル掛時計の裏側です」

 掛時計を外し、裏返す。

「ホントだ」

「声が大きい」

「それ、藤橋さんが、ここに転居してきた日に、引っ越し祝いだといってくださった」

「これで、決まりだ」

「今頃、やつはドアの外で聞き耳を立てているかもしれない」

「氷見子さん、警察に通報しますか?」

「彼は、最初はキャバクラのお客さんとして来たの。それで前のマンションも紹介してもらった。いろいろ世話になっているわ」

「しかし、やつは若いあなたに岡惚れして、私生活を覗くために盗聴器を仕掛けたンですよ」

「そうです。彼を警察に突き出すべきです」

「そんなこと……そんなことをしたら、キャバクラの、わたしのお客さんが1人、減ってしまう」

             (了)


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盗聴器 あべせい @abesei

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