1-3
夜の学校は電気はついておらず、暗闇に包まれている。
そんな中、満月の月明かりが、淡い光でわたしたちを照らしていた。
「以心伝心ゲームってことは、お題に対して答えを合わせればいいってこと?わたしたちが知ってる以心伝心ゲームでいいんだよね?」
「そうだよ!お題に対して、ただお互いの答えを合わせればいいだけ。クスクス……簡単でしょ?」
そう言ってアリアさんはニヤリと笑う。
よかったぁ。わたしの思っていた以心伝心ゲームで。
つまり、アリアさんが出したお題に、わたしと星七くんの答えが同じなら勝ちってこと。
このゲームは簡単に勝てそう。
「あなたたちにとっては、簡単なはずだよね。クスクス……」
体を揺らしながら、まるで楽しんでいるかのようだった。
「ルールはそうだなぁー。アリアが10個質問する。5問正解出来たらここから出してあげる!」
え、それでいいの!?
正直拍子抜けしてしまった。
だって10問中、5問の正解。たった半分正解すればいいだなんて。
付き合っているわたしたちには、簡単だと思ったんだ。
よかった。これなら、アリアさんのゲームに勝てる。
夜の学校から抜け出せる……!
にこりと笑って隣をみると、星七くんの表情は曇ったまま。
私は首をかしげる。やっぱり不安なのかなぁ。
突然こんな状況になって、混乱するのは仕方がないよね。
星七くんを巻き込んでしまって心がずきんと痛かった。
「星七くん……あのね、」
話しかけようとしたとき……。
――ゴーン!ゴーン!
まただ。いつもとは雰囲気がまるで違うチャイムの音が鳴り響く。
「あっ、もうゲームははじまったから、余計な会話は禁止だよ! ゲームのヒントになっちゃうからね」
どうやら不気味なチャイムの音が、ゲーム開始の合図だったみたい。
アリアさんの言葉に、言いかけた言葉をのみこんだ。
じっと見つめるけど、星七くんはうつむいたまま。
星七くん……。
話したいことはたくさんあるのに。
わたしのせいで、ごめんね。
このゲームに勝てたら、いっぱい謝ろう…!
星七くんと話せなくて、不安にはなったけど。
私は意を決してグッと手に力を入れた。そして上を向いてアリアさんを睨みつける。
わたしたちは……大丈夫!
そんなわたしをアリアさんは、見下したようにあざ笑った。
冷やりと冷たい空気が校内に流れる。
隣にいる星七くんの心臓の音が聞こえてきそうだ。
アリアさんは、空中でくるりと回ると、にこっと笑ってお題を出し始めた。
「じゃじゃん!第一問、二人がはじめて出会った場所は?」
この場の雰囲気に、似合わないほどアリアさんは陽気に問題を出す。
出された問題について考える。こんなの簡単だ。
わたしと星七くんは中学生から同じ学校になった。
ということは初めて会ったのは、学校ってこと。
星七くんもわかったようで、すぐに顔を見合わせる。
そしてお互いにゆっくりうなずく。
「あれ? 考える時間はいらないのかな?」
首傾げて尋ねるアリアさんに、私は意気揚々と言い放つ。
「うん!こんな問題簡単だもん」
大丈夫。絶対に二人の答えはそろうはず!
「では、せーので応えてね?せーの!」
アリアさんの掛け声の合図で、大きく息を吸った。
そして、頭の中に浮かんでいた答えを叫んだ。
「学校」
「学校」
星七くんと、声が重なる。
よかった!同じ答えだ。
星七くんと同じ答えだったことに、うれしくて両手を上げた。
「やった!」
だけどアリアさんは首をかしげて、不服そうな顔をする。
どうして? 答えが揃ったのに……。
「ちょっと答えの範囲が大きすぎない?」
アリアさんは、頬をぷくっと膨らませる。
まるで不満がある子供みたい。
確かにその通りだと思う。答えの範囲として広いかもしれない。どくん、アリアさんの反応に心臓が跳ねた。
無言のままのアリアさん。これは不正解ってことだろうか……。
額に汗をにじませて、アリアさんをじっと見つめていると。
つぎの瞬間、くしゃりと笑った。
「まっ、はじめての問題だから許してあげる」
私は、ホッとして肩の力が抜けた。
よかった…!
この調子なら、すぐに5問正解できそうだ。
そのあとも、アリアさんの軽快な声と共に問題は続いていく。
「じゃじゃん! 第二問。星七くんの好きな食べ物は?」
私はにたりと笑う。この問題の答えならすぐにわかった。
星七くんの好きなものなんて知ってるに決まってる。
だってわたしは彼女だよ?
「からあげっ!」
「からあげ」
2人の声が重なった。2問目も正解だ。
星七くんは、給食に唐揚げが出ると、こっそり喜んでるんだよね。
その様子を思い出すと、かわいらしくて、ふふっとにやけた。
「おー! すごいねすごいね!」
アリアさんは、空中に浮かんだまま。
子供が喜ぶように両手を叩いてはしゃぎだした。
私はちらりと隣にいる星七くんを見つめる。
優しくて、かっこよくて自慢の彼氏。
星七くんと一緒なら、このままアリアさんとの勝負に勝てる。覚悟を決めて前を向いた。
「第3問! 星七くんの家族構成、一緒に暮らしている家族の人数は?」
私はちょっとだけ悩んだ。
えっと、確か……。
すぐに思い出せなくて、必死に記憶を辿る。
おじいちゃんとおばあちゃんは田舎で暮らしてるって言ってたし。
兄弟は弟がいるって言ってたっけ。
そうだ。思い出した。
正解が分かって、安心していたときだった。
なんだか星七くんの表情が曇っているような気がする。
「星七くん! 大丈夫だよ? 私、星七くんの家族構成覚えてるから」
「……お、おう」
安心させるように、にかっと笑って見せた。
「そろそろ答えにうつるよー。では、せーの!」
アリアさんの掛け声とともに、息を吸い込んだ。そして……。
「家族4人!」
「4人」
正解が重なった。
やった!また正解できた……!
自分の記憶力の高さに感謝した。
私は連続正解できたことがうれしくて、飛び跳ねた。
その勢いのまま星七くんにハイタッチを求めると。
「星七くん、やったね!」
「……」
どこか上の空の星七くん。
せっかく正解できたのに。なんだか、嬉しそうじゃない。
どうしたんだろう……。
星七くんの暗い表情が気になってしまう。
私が星七くんを、そっと見つめていると。アリアさんの忍び笑いが聞こえてきた。
「クスクス。ここまでは星七くんについてのお題だったけど、逆にしようかな〜」
そういって、にたりと笑った。その表情が不気味で、血の気が引いていく。
嫌な予感がして、心臓が激しく波打つ。
わたしは落ち着かせるように、胸元に手のひらを当てた。
大丈夫。星七くんは聞き上手な彼氏だ。
わたしに関する質問だって答えられるよ。
そう自分に言い聞かせて。
「では、彼女の家族構成。一緒に住んでいる人数は?」
わたしは一人っ子。
お父さんとお母さんと暮らしている。
つまり「3人」が正解の答え。
案外簡単な質問だったので、ホッと息を吐いた。
だけど……。
「3人!」
「よ、4人……」
星七くんの答えと揃わなかった。
間違われると思っていなかった私は、一瞬きょとんと固まる。
「ご、ごめん」
「ブッブー!不正解!」
アリアさんは、間違えたのが楽しいのか、ケタケタ笑っていた。
簡単な問題だから、大丈夫だと思っていたけど。
彼が間違えたということだ。ちょっとだけ問い詰めたい気持ちになった。
だけど、申し訳なさげに顔を背けるので、何も言えなくなってしまう。
「だ、大丈夫だよ! まだ4問目だよ?」
わたしは励ますように、無理してニコッと笑う。
笑顔の仮面を張り付けたけど、心の中には動揺が広がっていた。
そんな私を見て、アリアさんはくすっと笑う。
「第5問! 彼女の好きな食べ物は?」
簡単な問題キタッ!安心からか緊張がゆるむ。
だってさ、彼女の好きな食べ物なんて、知らない彼氏いるのかな?
得意顔でアリアさんを見つめた。
「これは絶対正解できるよー。簡単だもん」
大丈夫。星七くんが私の好きな食べ物を知らないわけなんてないもん。
そう思っていたのに……。
「苺!」
「ハンバーグ……」
またそろわなかった。がっかりして体の力が抜けそうになる。
なんで、どうして?
その言葉が頭の中をぐるぐる回っている。頭が揺さぶられるようだ。
「ブッブー! クスクス……。また揃わなかったね。どうしたのかな?」
心配しているそぶりは全くない。
アリアさんは嬉しそうに両手をバタバタとゆらして、ニヤリと笑う。
「ごめん……!俺……」
「だ、大丈夫!間違いなんて気にしないで」
星七くんの額に汗が伝ってるのが見えた。
緊張してるのかもしれない。
だから揃わなくても責めたりしちゃだめだよね。そう思ったんだけど……。
なんだか、不吉な予感がする。
わからない。わからないんだけど。
星七くんの表情や、簡単な問題に答えれないことに違和感を感じた。
そんなわたしの不安は的中する……。
そのあとも、簡単な質問なのに星七くんと答えが揃わない。
おかしい。絶対におかしいんだ。
さすがにムっとしてしまう。気づけば口が開いていた。
「なんでっ! 答えられないの? ちゃんと答えないと、ここから出られなくなっちゃうかもしれないんだよ」
我慢していた怒りの声が口から飛び出した。
違和感がつのって、思わず責めてしまう。
「……ごめん」
星七くんは、ただ謝るだけ。
言い訳も弁明もしてくれない。
星七くんの考えてることがわからなかった。
わたしはこんなにも必死なのに。
どうして簡単な質問なのに、答えられないの?
彼氏の星七くんなら知ってるはずなのに。
芽生えた違和感はどんど膨らんでいく――。
そのあとも……。
「ぶっぶー!また揃わなかったねー!」
また外れた。
なんで。どうして――。
ここである疑惑が思い浮かぶ。
星七くんはわざと外している?
そんな……まさかね。
わたしはぎゅっと手に力を込める。そして芽生えた違和感を星七くんにぶつける。
「ねえ、星七くん。もしかして……わざと外してたりする?」
こんなこと、ほんとうは聞きたくなかった。
だけどこのままだと、わたしたちはゲームに負けてしまうから。
勇気を振り絞って質問を投げかけた。
だっておかしいよ。こんなに簡単な質問なのに。
返事を聞くのがこわくて、動悸がはげしくなる。
「わざとじゃないよ……」
力なくつぶやいた。
わざとじゃない?
だったらどうして間違えるんだろう。
ますます訳が分からなかった。
「なんで、こんなに簡単な問題なのに……!どうして答えられないの?」
私はぎゅっと唇を噛む。
こんな状況で喧嘩をしたいわけじゃない。
だけど怒らずにはいられなかった。
星七くんは、そんなわたしをじっとみつめると。
「わかるわけないだろ……」
冷めた笑みを浮かべながら、ぼそりと呟いた。
なんだか、かなり苛立っている様子に見える。
「え?」
「わかるわけないだろ!俺はお前のことほとんど知らないんだから」
「な、なに言ってるの? 星七くん……?」
一体どうしたの?
いつもの優しい星七くんじゃない。
態度を急変させた星七くんに、わたしは戸惑う。
「せ、星七くんは彼氏なんだから、こんな簡単な問題……」
おろおろしながら、わたしは続ける。
ねぇ、星七くん、どうしたっていうの。
ちらりと視線を移すと、ひゅっと心臓が冷えた。
今まで見たことのないような冷たい瞳で、私を見つめていたから。
「彼氏じゃない……俺はお前の彼氏じゃない‼」
一気に空気がピリつく。
星七くんの言葉の意味が理解できない。
「な、なにいってるの?」
声が震える。だって意味わからないよ。
「俺が付き合ってるのは杏樹だ!」
「そうだよ。だからわたしと星七くんは付き合ってるんじゃん」
「……お前は杏樹じゃない!」
星七くんはそういって、わたしを見下ろす。
張り上げた声は攻撃的で、その視線は痛いほどに冷たかった。
「俺は、手紙に杏樹って書いてあったから、ここに来たんだ。それなのに、待っていたのはお前で、わけがわからなかった。聞こうとしたら、無理やり学校の中に引き込まれて……もう、なんなんだよ」
呼吸をするのを忘れた。
ずきん、頭に強い痛みが走る。
あれ。なんか心が引き裂かれたように痛い。
放心状態のわたしの元にアリアさんが近づいてきた。
「クスクス。少し思い出してきた?」
思い出す?一体なにを……?
「前から怖かったんだよ。杏樹が髪を切ったら、次の日同じ髪型にしてきたり」
星七くんの言葉を聞くと、少しずつ記憶が蘇ってくる。
頭を抱え込む私なんてお構いなしに、彼は続ける。
「筆箱とか、キーホルダーとか。全部杏樹と同じものに変えたりさ……正直気味悪かったんだよ」
顔をわかりやすく歪ませる。
ずきっ、また頭の奥が強く痛む。
「以心伝心ゲームの答えも、ほとんど話したことないのに。好きな食べ物も、家族構成とか知ってたり。怖すぎなんだよ…!」
突き刺すような冷たい視線で、わたしのことを見る。
「お前は俺の彼女でもないし。杏樹でもない。ただのクラスメイトの木下来夏だろ!」
木下来夏。
その名前を聞いた瞬間――。
息が止まった。
そして全てを思い出したんだ。
星七くんの言う通り。
わたしは……杏樹じゃない。
木下来夏。ただの冴えない女の子。
ただの星七くんに片思いをしてる女の子だ。
星七くんの本物の彼女「杏樹」は、くりっとした大きな瞳が可愛らしい女の子。
明るくて活発な性格でクラスの人気者。
わたしは、杏樹が羨ましくて……
憎かった。
わたしはいつからか、自分を星七くんの彼女「杏樹」だと思い込んでいたらしい。
全てがつながると、わたしの思考は停止する。
「あはっ、あはははは!」
途端に、なんだか笑えてきた。
自分を見失って、他人だと思い込むなんて。私ってどうかしている。
「だから、悪いけど。このゲームに勝つのは、ヒントがないと厳しいんだ。俺は来夏のこと何も知らないから……」
そして星七くんはアリアさんに向かって続ける。
「アリアさん!頼む!少しヒントが欲しい」
「うーん。どうしようかなぁ。……クスクス。ねぇ、どうすればいいと思う?来夏ちゃん!」
忍び笑いをしながら、わたしに質問をする。
どうしたらって言われても。
ゲームに勝つためにヒントが欲しいに決まってるよ。
「そんなの……ヒントが欲しいに決まって……、」
言いかけた途中で、私は思いとどまる。
あれ? でもここから出られたとして。
わたしにはなにが残っているんだろう。
好きで、好きで仕方がない星七くんは、彼女がいて。
また2人が仲良くしているところを、見て心が傷ついていくの……?
ぎりっ、右手の人差し指をがりっと噛む。
そんなこと許せない……! 怒りで胸がいっぱいになる。
そんなとき、わたしはあることを思いつく。
そうだ……! そうだよ。
そうすれば、わたしは星七くんとずっと一緒にいられる。
良い考えが浮かんだ途端、心が軽くなった。
にこりと笑ってアリアさんを見つめる。
「アリアさん……ヒントなんていらないよ」
そういうと、慌てた様子の星七くんが私の肩をつかんだ。
「な、なに言ってんだよ!」
ひどく慌てた様子の星七くんは、気が動転しているのか目が血走っている。
焦った様子の星七くんに、とびっきりの笑顔を向けた。
「星七くん? わたしね、アリアさんとのゲームに負けようと思うの」
「はあ⁉︎ なに言ってんだよ……!負けたらここから出られなくなるんだぞ!」
星七くんは怒ったように声を荒げた。
彼に怒られても、私の心は落ち着いていた。
もちろん、知ってるよ。
ゲームに負けたら出られなくなるっていうことも。
わたしはニヤリと笑って、甲高い声で叫んだ。
「私と星七くんは、ここで永遠に一緒にいられるってことだよ!!」
わたしは星七くんの彼女じゃない。
だけど、ここにいる限りは……。
彼女より一緒にいられるってことだから。
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