未来戦線物語〜May the world be at peace〜

Kurosawa Satsuki

短編

第一章:気高く強く、そうありたい


人類が居なくなりました。

ある日突然、消えました。

残された私たちは、

もう後がないかもしれません。

………………………

ここは、人類に忘れ去られた終焉都市。

主を失った、私たち機械人形が暮らす世界。

私たちは、それぞれ目的を持って生まれた。

その目的は、本人に知らされる事なく与えられ、

そして、ある日突然叶うのだ。

彼らの願いが叶う度、

一人、また一人と消えていく。

ここは、そういう世界だった。

私たちの親は誰なのか?

私たちは、なんの為に生まれてきたのか?

私は、心の底から知りたいと思った。

私たちは、真実を求めて旅に出た。

リンネ「カノン!クワイエット号の修理終わったよ!」

燦々と照りつける太陽の下、

Bー00086地区周辺の荒野で野良猫と戯れていると、遠くから私を呼ぶ声がした。

旅仲間のリンネが、

大きく手を振りながらこちらに走ってくる。

クワイエット号とは、私たちの寝床でもある大型キャンピングカーのことだ。

走る時の音が静かだから、

私はクワイエット(静寂)と名づけた。

カノン「ウタゲさんに、ちゃんと代金払った?」

リンネ「当たり前じゃん!

ちょっと、安くしてもらったけどね」

修理屋のウタゲさんには、キャンピングカーの修理や私たちのメンテナンスなど、

いつもお世話になっている。

カノン「メルトはどうしたの?」

リンネ「今、仮眠中だよ。

陽が出てるうちにここを出ないと、

約束の時間までに間に合わないからね」

現在の時刻は、朝方の五時過ぎ。

お昼には起きてくるそうなので、

今のうちに仕事を済ませてしまおう。

私とリンネは、携帯型の電子端末で今回の依頼内容を確認し、Bー00068地区へと足を踏み入れた。

今回の依頼内容は、Dー00031地区で骨董屋を営むカゴメさんの手伝いだ。

オパール(蛋白石)の宝石を欲しがっているお客さんがいるので、B地区にある洞窟で宝石を採取してきてくれないかと依頼された。

カゴメさんには、初めて会った時から左目がないのだが、

それには、公の場では触れられない事情があった。

元々、カゴメさんは、

量産型家政婦ロボの一人だった。

まだ、この世界が新世紀と呼ばれ、

人類が存在した頃の話だ。

彼女は、とある資産家の家に買われ、

家政婦としての役割をこなしていた。

しかし、その主人が根っからの悪人だったようで、カゴメさんは、日常的に虐待を受けていた。

ある時、主人の手によって片目を失った。

日常的に暴力を振られていたカゴメさんは、

虐待の最中に片目を抉られて失明した。

本人は決して口にしないが、

以前、私がカゴメさんの手に触れた瞬間、

当時の光景が鮮明に伝わってきた。

普段はおしゃれな眼帯で隠しているため気づきにくいが、

眼帯を外した痛々しい姿は、事情を知らない人からすれば少し怖いと思うだろう。

それでも、とてもおおらかで優しい心を持っているので私は好きだ。

恨みはないのか聞いてみたら、

恨める相手が、もうこの世いないのだから、

恨んでも仕方がないと言っていた。

本当に、それでいいのだろうか?

リンネ「ほら、着いたよ!」

B地区の中で採掘するには、予め白魔女の許可が必要だ。

という訳で、許可申請の手続きを早々に済ませた私たちは、役所から借りた道具を持って洞窟の中へと入った。

カノン「早速、宝石見つけたよ」

リンネ「それは、アレキサンドライト(金縁石)だよ。

私たちが求めているオパールは、もっと奥にある筈だから、

どんどん進んじゃおう!」

カノン「あ、ちょっと、置いて行かないでよ!」

私は、リンネのあとを追いながら、

さらに奥へ進んでいく。

舗装されていない狭い裏道を抜けると、

天井が空いている広い空間があった。

円形に空いた天井から光が差し込み、

その光を浴びた池が青く幻想的に輝いている。

カノン「無機化合物の反応有り。

宝石はここら辺にありそうだよ」

私は、池の中に落ちていた岩石を拾い上げ、

素手で真っ二つに割ってみた。

すると、中から虹色に輝く物体が現れ、

それがブラックオパールだと直ぐに分かった。

リンネ「やったじゃん!

さっそく、カゴメさんの所に持って行こ!」

目的のオパールを手に入れた私たちは、

来た道を引き返し、洞窟を出た。

クワイエット号に戻ると、メルトは既に起きていた。

メルトは、運転席に

メルト「やぁ、遅かったじゃないか。

私は、もう昼食を済ませたよ」

リンネ「私たちも、戻る前に軽く食べてきたよ」

メルト「それじゃ、行こうか」

メルトは、私たちがクワイエット号に乗り込んだのを確認してから、持っていた鍵をキーシリンダーに差し込み、車のエンジンを掛けた。

向かう先は、もちろんDー00031地区の骨董屋だ。

Dー00031地区までは、凡そ四時間掛かる。

私は、目的地へ着く前に仮眠を取る事にした。

………………………

カゴメ「あら、いらっしゃい」

目的地に着き、店のドアを開けると、

私たちに気づいたカゴメさんが、カウンターの奥から慌てた様子で出てきた。

カノン「待たせてすみません。

ご依頼の品を持って参りました」

カゴメ「いいのよ、そんな堅くならなくたって。

みんな、ありがとね」

私は、ハンカチで包んでおいたオパールの宝石を、

ポーチから取り出してカゴメさんに渡した。

カゴメさんは、オパールを見つめながらうっとりしている。

何はともあれ、満足してもらえたのでよかった。

そう思っていた矢先、カゴメさんの口から衝撃の一言を告げられた。

カゴメ「このオパール、お客様からの注文というのは嘘。

ホントは、私が欲しかったの」

メルト「どういう事ですか?」

カゴメ「オパールは、私にとって特別なもの。

あの人から貰ったペンダントに、

オパールが埋め込まれていたの。

最初で最後のプレゼントだった」

カゴメさんの右目から、透き通った桃色の涙がこぼれ落ちる。

カゴメさんにしか出せない色の涙だ。

カゴメさんは、溢れ出る涙を両手で受け止め、

手のひらに溜まった涙をオパールと一緒に飲み込んだ。

カゴメ「本当に、ありがとう」

カゴメさんの体が少しずつ消えていく。

私たちは、カゴメさんが消えていくのを静かに見守る。

カゴメさんの姿が完全に見えなくなった時、

窓も開いていないのに、店の中にそよ風が吹いた。


第二章:世界よ、平和であれ


カゴメさんとの別れの後、

気持ちを切り替えて、クワイエット号に乗り込んだ私たちは、

普段のお礼も兼ねて、ウタゲさんの店へ向かった。

ウタゲ「おお、いらっしゃい!」

目的地に着き、クワイエット号を降りると、

ウタゲさんが、工房の前でいつものように暖かく出迎えてくれた。

事前に連絡を入れていたので、工房の前で待っていてくれていたようだ。

私は、来る途中で購入した菓子折りをウタゲさんに渡した。

ウタゲさんに渡したのは、ウタゲさんの好物のマカロンだ。

ウタゲさんは、スイーツが大好きなのだが、

その中でも特に、マカロンをこよなく愛している。

ウタゲ「ありがとな!

ここで立ち話もなんだから、遠慮なく上がってくれ」

そう言われ、私たちは工房の中の客室に通された。

ウタゲ「紅茶でいいか?」

リンネ「はい、ありがとうございます!」

ウタゲさんは、客室にあるキッチンで丁寧に紅茶を淹れてくれる。

その間に、私たちはソファーに腰を降ろし、紅茶が出来上がるのを待つ。

ウタゲさんは、透明のヤカンでお湯を沸かし、沸騰したら茶葉を入れる。

青いバラ柄の綺麗なエプロンを着け、

ティーカップに注いでいる様は、まるで家政婦さんのようだ。

私はその光景を見て、ウタゲさんも家政婦ロボだったことを思い出した。

ウタゲ「せっかくだから、このマカロンもみんなで食べよう」

リンネ「やった!」

メルト「いただきます!」

私は、淹れたての紅茶を啜りながら、

客室の壁に飾られている写真に目をやる。

写真には、エプロン姿のウタゲさんと幼い少女が写っている。

二人とも無邪気な笑顔をしていて、とても仲が良さそうに見える。

カノン「ウタゲさん、この写真はどこで撮られたんですか?」

ウタゲ「ああ、それは海沿いにある別荘だよ。

私は、そこで家政婦をしていたんだ。

私と一緒に写っているこの子は、雇い主の娘さん」

カノン「仲がよかったんですね」

ウタゲ「まあ、私はその子のお母さんみたいなものだったからね」

ウタゲさんは、過去を懐かしむように微笑んだ。

紅茶を飲み干した私たちは、ソファーから立ち上がる。

カノン「ご馳走様でした」

リンネ「美味しかった〜」

メルト「次の依頼もあるし、そろそろ行こっか」

ウタゲ「もう行くのかい?

来たくなったらまたおいで」

私たちは、玄関の前で見送ってくれるウタゲさんに頭を下げ、

工房の駐車場に停めておいたクワイエット号に乗り込んだ。

………………………………………………

次に向かったのは、R-50338地区。

喫茶店を経営しているシズクさんの所だ。

この時代では珍しい老人の姿をした機械人形のシズクさん。

彼の頼みは、新作のメニューを考えて欲しいというもの。

私は、昨夜みんなで作ったレシピをカバンに仕舞い、

クワイエット号を降りた。

シズクさんに送ったレシピは、まろやかメロンソーダのケーキだ。

メロンソーダ風味のスポンジにホイップクリームを挟み、

一口サイズにカットした果物を贅沢に乗せた絶品の一品。

シズクさんにレシピを渡すと、厨房に入って試作品を出してくれた。

早速味見をしてみると、イメージ通りに再現されていてとても美味しかった。

シズク「美味しいかい?」

リンネ「はい、とっても美味しいです!」

メルト「イメージ通りでびっくりしました。

さすがですね」

カノン「確かに!」

シズク「そうか、それはよかった。

考案してくれた君たちのおかげだよ」

シズクさんは、飲みかけのコーヒーが入ったカップを置き、

軽く咳払いをした。

何かを訴えかけるような目つきから察するに、私たちに大事な話があるみたいだ。

シズク「さて、次はこの世界についての話をしよう。

聞きたいかい?」

カノン「この世界のこと?」

シズク「僕らは、

それぞれ目的を持って生まれた。

その目的は、知らされる事なく与えられ、

そして、ある日突然叶うのだ。

僕らの願いが叶う度、

一人、また一人と消えていく。

ここは、そういう世界だ」

カノン「それは私たちも知っています。

この世界の常識なので」

シズク「じゃ、なぜそれが常識となっているのかは知っているかい?」

カノン「それは、わかりません」

シズク「この世界は、誰かの作り物かもしれない」

メルト「どういうことですか?」

シズク「こことは別の世界があって、

その別の世界に生きる誰かによって作られ、

そして、僕らが生きるこの世界で起きている現象が、

その世界では有り得ない事なのだとしたら…」

リンネ「なんか、怖いです…」

シズク「僕らは、僕らに与えられた役割を遂行するための演者であって、

それを完遂した時、僕らは要らなくなる。

そう考えれば、この世界の辻褄が合う気がするんだ」

メルト「オカルトですか?」

シズク「そう思って聞いてくれ。

これは、あくまでも僕の推測でしかない」

カノン「シズクさんの願いはなんですか?」

シズク「この世界を願った人のことを、僕は知りたかった。

そして、その人が何を願ったのかを理解したかった。

けど、何百年も探し続けても答えは出なかった。

ただ、手がかりは見つけたんだ。

それが、この赤いノートだ」

そう言って、シズクさんは

カウンター内にある鍵のかかった引き出しを開けた。

引き出しから出てきたのは、合皮の赤いカバーが付いたノートだった。

カノン「どこで手に入れたんですか?」

シズク「ワルツと名乗る商人から譲り受けたんだ」

シズクさんは、赤いノートを私たちの前にそっと置く。

読んでもいいそうだ。

リンネ「これは?」

恐る恐る表紙を捲ると、

最初の頁に創作ノートと書かれていた。

次の頁からは、人物の名前や大まかな世界観等、

何かの設定が載っていた。

そして、そこには私たちの名前もあった。

カノン、リンネ、メルト…。

何度確認しても、私たちや私たちの知っている人物の名前だった。

この辺りではよくある名前だし、

同姓同名説や、知り合いのイタズラの可能性も考えたが、ここまで同じだと気味が悪い。

これだけ、人物の名前や世界観がびっしりとあるのにも関わらず、タイトルは一切書かれていなかった。

シズク「欲しいなら譲るよ。

僕には、もう必要ない」

シズクさんの体が、徐々に透けていく。

シズクさんは、まるで以前からこうなることがわかっているかのように、

遠くを見ながら微笑んでいた。

シズク「迎えが、来たようだ…」

赤いノートを置いて、シズクさんが消えてしまった。

また一人、私たちを知る者がいなくなった。

私たちは涙を流さなかった。

私たちにとってはよくある光景だ。

こういう時は、俯きながらお疲れ様と呟くのだ。

…………………………………

シズクさんが居なくなった日の夜。

クワイエット号に戻った私たちは、

電気を消して、明日のために寝る準備をしていた。

私は簡易ベッドに横になって、目を瞑りながらこれまでのことを振り返る。

人生とは、出会いと別れの繰り返し。

だから、いちいち別れを惜しんでいたらキリがない。

私たちにできることといえば、

彼らを笑顔で送り出した後、また誰かのために進み続けることくらいだ。

だけど、私たちは笑顔で送り出すことができない。

彼らにとっては、最後に見る光景なのに。

メルト「隣、いい?」

カノン「どうしたの?

さっき、シズクさんの話を聞いて不安になった?」

運転席から戻ってきたメルトが、私の布団に潜り込む。

そして、私に覆い被さり、私の頬を優しく撫でる。

今にも、強引にキスをしてきそうな雰囲気だ。

メルト「どうして顔を背けるのさ?」

カノン「そういう気分じゃない」

メルト「私は、そういう気分なんだけど」

カノン「最低…」

甘い声色で誘惑してくるメルトをどうにか引き離そうと四苦八苦していると、

近くで私たち以外の気配を感じた。

恐る恐る、気配のする方に視線を向ける。

そこには、リンネが私たちを睨みつけながら立っていた。

リンネ「二人とも、何してるの?」

メルト「何でもないよ。

じゃれてただけ」

リンネ「私も混ぜてよ」

頬を膨らませながら不満を言うメルト。

どこから見ていたのかわからないが、

辺りに気まずい空気が流れる。

なんだか恥ずかしい。

メルト「いいよ。

リンネも、おいで」

メルトは、リンネを布団の中へ引き入れる。

三人同時にシングルベッドに乗ると狭苦しい。

今夜はゆっくり眠れそうにない。

これは、悲しいからではない。

ただ、仲がいいだけ。


第三章:最後の一歩


シズクさんの一件から三ヶ月後。

いつものように受け持った依頼を終えた私たちは、

クワイエット号に乗り込み、次の目的地をどこにするかを話し合うことにした。

メルト「さて、今日の依頼も済んだし、

次はどうすっかな〜」

今のところ、今日中に終わらせるべき依頼はない。

このまま、車内でダラダラと時間を潰すのもいいが、

せっかくだから、みんなが行きたい場所を回りたい。

リンネ「あのさ、

ずっと行きたかった場所があるの。

怖くて、今まで避けてたんだけど」

最初に名乗りをあげたのは、リンネだ。

リンネの行きたい場所は、

Lー00186地区にある自然博物館の跡地だった。

自然博物館は、人類が消える前に閉鎖しているため、

管理者も、飼育動物もいないが、

建物自体は、今でも綺麗に残っている。

建物の中には、たくさんの動植物が生息していて、

私たち機械人形の間でも人気の観光スポットだ。

しかし、自然をこよなく愛するリンネが、

この博物館だけは頑なに避けていた。

今回、私とメルトはその理由を知ることになる。

私たちは、博物館の中に入り、

黙ってリンネの後ろに着いていく。

リンネ「ここだよ」

リンネは、あるところで立ち止まる。

そこは、博物館の裏にあるドーム型の室内庭園だった。

部屋のど真ん中には、複雑な形をした巨大な樹木があり、

天窓を突き破りながら伸びている。

リンネ「私はここで、恋をした。

相手は、人間の男の子」

メルト「それは初耳だな」

リンネ「彼はもうここにはいないけど、

彼からもらったこの髪飾りだけは、

私の命よりも大事なものなんだ」

カノン「もう、行くんだね」

リンネ「そう、ここが私の終着駅。

私の帰る場所」

カノン「そっか…」

リンネ「二人とも、ごめんね」

メルト「いってらっしゃい、リンネ」

リンネの体が、次第に薄れていく。

リンネは、消えゆく間際に透き通った黄色い涙を流す。

両手で顔を隠すリンネ。

リンネの前髪に留められていた桜の髪飾りが地面に落ちる。

リンネ「さよなら」

その言葉を聞いた瞬間、リンネの姿が完全に見えなくなった。

リンネがいた場所には、涙の跡も残されていなかった。

私は、消える間際にリンネが落としていった桜の髪飾りを拾い上げる。

この髪飾りは、リンネが肌身離さず身につけていた物だ。

苦楽をともにしてきた私たちでさえ、髪飾りに触れることが許されなかった。

それくらい、彼女にとっては大切な物だったのだ。

まさか、人間の恋人からのプレゼントだったとは知らなかった。

メルト「いこうか」

私は、桜の髪飾りを樹木の下にそっと置き、

メルトと一緒に博物館を出た。

メルト「さあ、次は私たちの番だ」

カノン「どこに行くの?」

メルト「それは、着いてからのお楽しみ」

メルトは、クワイエット号にエンジンをかけて走らせる。

いつもなら、後部座席にいる私たちに話しかけながら片手運転しているのに、

今日に限って、無言のまま真剣な表情で運転をする。

私の中で、一抹の不安が過ぎる。

メルト「着いたよ、カノン」

車両に揺られて三時間後。

私たちは、クワイエット号を降りた。

そこは、終焉墓地だった。

メルト「私の目的は、君をここに連れていくことだ。

君がここを訪れて記憶を取り戻したら、君も私も消えてしまう。

それが怖くて、今までずっと隠していたんだけど」

私たちは墓地の中を進み、

そして、ある墓石の前で止まった。

墓石には、”償井ツグミ、ここに眠る”と記されている。

償井ツグミ博士は、私たちを作ったアトラス研究所の所長だ。

私たちは、アトラス製の機械人形だ。

その証拠に、私たちの腕には、アトラス研究所の企業ロゴが刻まれている。

今となっては、博士の顔も、

その隣にいた人物の事も思い出せない。

それでも、私は幸せだった。

私の人生は、温かかった。

誰かの大切になれて、本当に良かった。

もう、思い残すことはない。

私は、十分過ぎるくらい生きた。

私は、もう生きなくていい。

自分の弱さを隠す事も、

自分で自分を騙す事もない。

私は、私自身を許していいんだ。

私が紡いできた言葉は、涙は、本物だ。

メルト「私もこれで、ようやく務めを果たす事ができた」

カノン「ありがとう、メルト」

沈みゆく夕陽を背に、

私は、メルトを強く抱きしめた。

メルトは、私の涙を優しく拭ってくれた。

もう、二度と泣けないと思っていたのに…。

そんな事を思いながら、

私の記憶は、ここで途絶えた。

……………………………………………………

……………………

倒れ落ちる人工物、崩壊する都市。

木々は枯れ、生き物たちが泡となって消えていく。

ソプラノの歌声が、世界中に響き渡る。

悲しいけど美しい音色が、ありとあらゆるものを浄化していく。

そこには、恐怖も、絶望もない。

ここで生きた誰もが、世界の終わりを受け入れた。

彼らが命をかけて生きた証は、ここで静かに終わりを迎えた。

何かを得るのも幸福ではあるが、

失うこともまた、幸福なことだ。

そして、私が最後に願ったのは…。


”May the world be at peace”


END


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