第24話 悪夢は繰り返す

「落ち着きました?」


「ああ、もう大丈夫だ……」


 目が覚めた時、気が動転してしまったが、ひとまずは落ち着いた。


 昨日と同じ悪夢。だが、俺の意思が介入できて、痛みも伝わってくる。


 悪い夢、という言葉だけで片付けられない何かがある。


「……それで、どんな怖い夢を見たんですか?」


「……殺される夢だ。ただ、それだけ……」


 思い出すだけでも恐ろしい。

 的確に俺の嫌な記憶を持ち出し、それを組み替えて絶望へと誘ってくる。


「なるほど……今晩からはシャロが一緒に寝ます。それで和らぐかは分かりませんが、もし何かあった時のために居させてください」


「ありがと……」


 それで変わるかどうかは分からないが、いてくれるだけで心強い。なら、純粋にその提案に頼ろう。


 そうすればきっと―――





▷▶︎▷




 あれから3日経った。


 ダメだ、全然ダメだ。


 俺は何回死んだ?

 俺は何回死を見させられた?


 寝る度に、死が形を変えてもたらされる。


 今日は業火の中で燃やされながら死んだ。


 あの皮膚がどんどん溶けていく感覚が肌に染み付いている。


 悪夢が……終わらない



 心配をかけ続けるのも悪いと思い、日中はいつも通りに過ごすことにした。


 午前は勉強をし、午後は訓練をする。


 体はいたって健康なので、それ自体には何ら影響はない。


「イスルギ! ボーッとしてるけど本当に大丈夫?」


「へーきへーき! 勉強ってやっぱ眠くなるよなぁ」



「あれ、今日はおかわりしないのか?」


「ごめん、ちょーっと食欲なくてな」



「判断がワンテンポ遅れているな」


「分かってるよ。次から気をつける」



「ご主人様……本当に大丈夫ですか?」


「ああ、もう何ともない。眠いしはやく寝ようぜ。俺は平気だから、もう自分の部屋で寝てもいいぞ」


「ですが……」



 こうして、夜がやってくる。


 夜がくると、悪夢がやってくる。



「今日こそは……だ」




▷▶︎▷




『今日は少し、趣向を変えてみようか』




「あれ、ここは?」


 毎晩始まる、スタート地点とはうってかわって、ここは屋敷の中だ。


「悪夢が……終わった?」


 あの炎も、臭いもない。

 正真正銘、屋敷の中にいる。


 何で急に変わったのだろうか。

 俺は乗り越えられたということか?


 悩んでいると足音が聞こえてきた。


「ご主人様!」

「イスルギ!」


「シャロに、ティア?」


「襲撃だ!屋敷の外に30人くらい吸血鬼が暴れてる!何人かは侵入してきてる!アタシ達も鉢合わせたけど、白髪と黒髪の吸血鬼が助けてくれたんだ!」


「襲撃……吸血鬼の反乱……」


 既視感のある光景。

 これはこの間の……


「なんでこの夢を?」


「まずはシルバー様の所へ行くべきでしょう。彼がこの事態を把握していないとは思えませんし」


 シャロはそう言う。このセリフも記憶との相違はない。


 この後はたしか……


「まずッ―――」


 直後、俺の目に映ったのは、犬耳の少女が顔を失った状態で膝から崩れ落ちる瞬間だった。


「てぃ、ティア……? おい、ティア……な、え? おれ……」


 たしかにあの時は腕を犠牲にして助けて……


「きゃああああ! そんなッ! ティア! ティアが!」


 シャロがその様子をみて泣き叫んでいる。


 何がどうなっている?


 シャロの泣き声の合間に、コツコツと靴の音が響いて聞こえてくる。


「あなたが依頼対象ね」


 その女は赤毛で、うっとりとした表情をしながらこちらを見てきている。


そう、やつは―――


「……きょぉぉぅぅうじぃぃぃぃぃん!」


 俺が叫ぶのとほぼ同時に、風の刃が俺ごと空を切る。


「がはッ、ぁあ?」


 下半身が動かない。それどころか力が入らず、顔から地面に落ちる。


「その呼び名で呼ばないで」


 その声は確かな憎悪に満ちていて、俺の耳に入り込んでくる。


 そうか……俺の胴体が……


 気づいた時には、目前にナイフが迫ってきていて、そのまま命を刈り取られた。





▷▶︎▷





「く……うぅ……」


 再び目を覚ますと、屋敷の中だ。中なのだが……


「あ、れ? ベッドじゃない?」


 いつもなら死んだタイミングで目が覚める。

 なのに今は、さっきのスタート地点と全く同じところに立っている。


 すると、また同じ足音が聞こえてきた。


「ご主人様!」

「イスルギ!」


「な……んで?」


「襲撃だ!屋敷の外に30人くらい吸血鬼が暴れてる!何人かは侵入してきてる!アタシ達も鉢合わせたけど、白髪と黒髪の吸血鬼が助けてくれたんだ!」



「まずはシルバー様の所へ行くべきでしょう。彼がこの事態を把握していないとは思えませんし」


「さっきと……同じだ」


 つい先程見た展開と全く同じ。一言一句同じなのだ。


 ということはまだ、終わっていない。


 廊下から足音が聞こえてきて、思い出す。


「ティアッ!」


 前回より早く反応したので、ティアも俺の腕も失わずにすんだ。


 間違いない、死んでも目が覚めることがない。この夢の意味は一体なんなんだ?


「あら、よけられちゃったわね」


「クラ……リス……」


「私の名前、知っているの?」


 赤毛の女はそう嬉しそうな声色で反応する。


 どうする? 何が正解だ?


 だがここは……


「二人とも逃げろ」


 そうだ。前を再現すれば上手くいく。


 今回は腕がある分まだマシだ。どうにかなる。


「……そういう訳にはいきませんよ」


「え?」


 瞬間、俺の体に電撃が走る。


「しゃ……ろ?」


 裏切るのはこのタイミングじゃなかったはずだ。


 何故、いま俺に……


 考える間もなく、夢の中で俺は意識を失った。




▷▶︎▷




「く……」


「よう、目が覚めたか」


 この声、この床の感触。

 つまり今目の前にいるのは……


「ソルヴァァァァァ!」


「何だよ、大きい声だせるじゃねぇか」


 くそ、体が縛られていて身動きが取れない。


「お前には感謝してるんだぜ? あの王に弱点をつくってくれたんだからな」


 そう言って、再び以前にも聞いたセリフを繰り返す。


 だが、話している途中で部屋に誰かが急いで入ってきた。


「ソルヴァ様、大変です! 吸血鬼の1人が王の娘を殺しました!」


「は?」

「なんだと?」


 俺だけでなくソルヴァも予想だにしなかったような反応を示す。


「展開が……早まってる?」


 クラリスと遭遇した後、ここに来る前に俺はメアに会っていた。だが、今回は部屋に行けなかったので、メアはあそこから動かなかったのか?


「ちッ! くそが、必要なピースが無くなった!」


「どうしましょうか!?」


「逃げるぞ! 王が殺せても、王に殺されたら意味がねぇ」


 ソルヴァと報告に来た吸血鬼が部屋を急いで出ていく。


「ま……て……」


 そうだ、シャロとティアは?


 部屋を探してもいない。

 知っている展開と違う。


 低い姿勢のまま辺りを見渡していると、風が俺の頬を過ぎていき、俺の拘束が外れた。


「これ……は?」


「すみません、迂闊でした。私のことはいいですから、ソルヴァを追って貰えませんか」


 そう、壁に張りつけられたままの男、シルバーが言う。


「わか……りました」


 思考がまとまらないが、言われた通りにする。


 俺はソルヴァを追って部屋を出た。


 追いかけていって、屋敷の外に出るが、馬車のような乗り物でソルヴァ達は行ってしまった。到底追いつける速度では無い。


それに、俺だけでは無理だ。それならシルバーを解放して、一緒に追いかければいい。


 そうして、たどたどしい足取りでフリードの部屋へと戻った。


「は?」


 そこには、さっきまで話していた男が、ズタズタに引き裂かれている姿があった。


 まるで恨みを全てぶつけたかのような傷跡に吐き気が込み上げてくる。


「どう……したら……」


 どうしようもなく、屋敷を歩いていると所々に死体が落ちていた。


 屋敷の使用人だけではない。見知った顔の黒髪の吸血鬼の死体も転がっている。


「なん……で?」


 この夢の意味が理解できない。

 俺はこれを乗り越えた。それなのに何故再現する?


「そうだ……メア」


 思い立ったように、俺はメアの部屋にきた。


 俺はそれを後悔することになる。


「め……あ……?」


 可愛いが詰まった少女の部屋は血で荒れ果て、その中心には中年の男の死体と、肉塊があった。


「うそ……だ……」


 近くにいって見ると、腕も足もバラバラにされ、指を1本1本、関節を境目にするかのようにバラバラにされている。


「あ?」


 足になにかぶつかった。


 暗くてよく見えないが何か柔らかい。

 目を凝らしてみるとそれは―――


「うわぁぁぁぁ!」


 目だ。目が落ちている。


 この目は見覚えがある。


「おぇぇぇぇぇ」


 思わず、俺はその場に吐いた。


 とてもじゃないがあの部屋にはいられず、屋敷の外にふらふらと出てきた。


「夢なら……早く覚めてくれよぉ」


 そんな声は届かず、悪夢は俺を許さない。


 1つ、可能性があるとするならばそれは、


「ソルヴァを……殺す」


 実際には、フリードが来てソルヴァを殺したが、もはやそれが叶わなくなった。


 ソルヴァを殺して夢が覚めるなんて、ただの直感に過ぎないのだが、今はそれに縋るしかない。


「俺が……やらなきゃだ」


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