第22話 贖罪

「なっ、なんでここに!」


「ふふ、なんでだと思います?」


 前屈みのまま躙り寄ってくる。ふわりと香る匂いはどこか甘ったるくて、思考を妨げるようだ。


「前にも言いましたよね、好きにしていいって」


「そ、れは」


 以前の風呂での出来事が甦ってくる。あの時はメアのおかげで正気を取り戻したが、これはヤバイ。


「あの言葉はそのままの意味ですよ。それに、魔力量を増やすのに必要な事なんですよね?」


「なんでそれを!?」


 フリードに言われた魔力を増やす方法。食事・睡眠は大丈夫なのだが、最後のピースが足らない。


「シャロもあの時、聞いていたんですよ。もっとも、フリード様は気づいていらしたと思うんですけどね」


「あのやろぉ、分かっててあの話を……」


 シャロにも聞こえるようにベラベラと話していたと思うとタチが悪い。裏で指示しているようなものだ。


「ご主人様は相手に困っているんですよね? だったらシャロを選んで下さい。わたくしも初めてですけど、頑張りますので」


 ある程度の段階を踏んでからなら、まぁ分かる。だが、その提案は流石に受けることができない。


「いや、だからそういうことは好きな人同士がだな……」


「シャロはご主人様のことが好きですよ」


 そう、あたりまえかのように言い切る。


「んなっ!」


「シャロの気持ちに何の問題もありません。ご主人様が望めば……」


 そう言って、服を少しずらし甘く誘惑してくる。理性に反してその行動に目が釘付けになり、逸らしたくても逸らせない。

 いや、もはや俺の理性すら味方をしているように思える。


 固まったままの俺を見ながら、吐息が聞こえるほどの距離までゆっくりと近づいてくる。


「だ、めだって……」


「したいこと、されたいこと全部言ってください。あなたに尽くしますよ?」


 もう、無理かもしれない。


 これは仕方がないんだ。健全な19歳なら反応しない方がおかしい。据え膳食わぬは何とやら、だ。


俺は……



「――――――雷撃」


「え?」


「がっ!」


 自分の限界を悟った俺は、手を自分に向け電撃を放った。


 一瞬の電雷だが、俺の意識を落とすには十分すぎる。ちょっと痛いがこれは自分への戒めだ。


 そう、これでいい。


 衝動的な感情に呑まれるな。


 余計な情をこれ以上持つべきじゃないんだ。



 無理やり意識を消して、俺は眠りに落ちた。




▷▶︎▷




「ロナーン!シリアー!いたら返事をしてくれーー!!」


 必死に叫ぶが反応がない。辺りからは焦げ付く臭いと鉄、いや血の臭いだろうか、嗅ぎなれない臭いが鼻を刺激する。


「おーーい!どこだーー!!頼む、返事を、、返事をしてくれーーー!!」



 村の住民がどこにもいない。この状況は明らかにおかしい。俺ともう1人の男、ヘルドは声を上げながら村の中心に向かった。

 そこには村の皆が倒れており、近くに人が立っていた。


 白髪で眼が赤く、そしてその手には血が滴っている剣が握られていた。


 村の住民達は腕や脚をバラバラに切断されており、その変わり果てた姿に思わず吐きそうになる。


 男はこちらに気がつくと、その赤い眼をギョロっと動かし、不気味な笑みを浮かべ近づいてきた。


「△△△△△△△△!! △△△△△△!!」


 ヘルドが俺の名前を叫びながら必死に今来た道をさす。おそらく逃げろ、という意味なのだろう。


 皆を置いて行くことに迷いがありつつも、ヘルドのその真剣な顔を見て、俺は死にものぐるいで村の出入口に走った。


『また逃げるのか?』


 誰かが語りかけてくる。


 でも逃げるしかない。


 怖い。ただ、とてつもなく怖いんだ。


 死にたく……ない。



 走っていると、村の出入口が見えてきた。


 あと少しで―――


 ふと目の前に何かが飛んできて、驚いて足が止まる。暗闇の中、辺りの業火に照らされて、その顔が露になる。


「え、、へ、、、ヘルド??」


 眼が見開いて光がなく、口が空いている。首から下がキレイに切り落とされたようになっている。


「ああああああああぁぁぁ!!なんでっ!?ヘルド!!おい!」



『……俺を見捨てたな?』


「うわぁぁぁぁ!」


 俺が近づくと、ヘルドの顔が急に動き、恨みを、怨念を、怒りをぶつけてくる。


 驚いて後ろに下がると、誰かにぶつかった。そう、背後にあの男が立っていたのだ。悲しみと恐怖で声にならない声が出る。


 やばい、殺される。逃げなきゃ。


『立ち向かいもしないのか?』


 逃げようとするが腰が抜けて立てない。


『無様だな』


 男の手には血の着いた剣が握られている。


 俺は片腕を使ってどうにか後ろに下がる。


「嫌だぁ、やめろぉ、くるなぁぁ!!」


『大声で喚いて情けない』


 そんな俺の姿をみて男は、またあの不気味な笑みを浮かべながら俺に追いつかないようにゆっくりと近づいてくる。


 男の方を見ながら後ずさりしていると、再び何かにぶつかった。


「え?」


 後ろを振り向くと、今目の前にいる男と同じ様相をした黒髪の男が立っていた。

 赤い、赤い眼が俺を見下ろしてくる。その手にはやはり剣が握られていて、暗闇の中でもきらりと光って見える。


『見ろよ、これが今のお前だよ』


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 剣に反射した俺の顔は、まるで別人かのように絶望した顔をしている。


 どうにか這いつくばって横から逃げようとするが、その瞬間足に痛みが走った。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 両足が燃えるように熱い。遅れてじわじわと痛みがやってきて、それが正常な思考を奪ってくる。


「俺のっっ、あしがぁぁっっ」


 痛みに悶え、涙が溢れてくる。


死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ


「死にたく……なぃ……」


『自分だけ逃げて、生き残ってそれか』


「あぇ?」


 俺の視界の先には、体の一部がないロナンとシリアが血の涙を流しながら立っている。



『私たちを置いていって、心は痛まなかったの?』



「な……んで……」



『最近は楽しそうだなぁ? 俺らのことなんか忘れて、仇に媚びへつらって』



『内心ではもうどうでもいいんでしょ? お前は自分のことしか考えられないんだよ』


2人の見た目をした何かが、俺に語りかけてくる。


『俺の死だって見たはずだ。怒りは湧いてこなかったのか? 少し時間が経ったからって忘れていいものなのか?』



「ヘル、ド?」



『百歩譲って逃げたのはいいとしよう。なら、今の体たらくはなんだ? 友人なんかつくって、色恋に現を抜かし、仇に頼る』



『それが私達への冒涜だって思わなかったの?』



「ちがッ! おれはッ!」



『違わないさ。何も違わない』



『お前は罪を忘れている。忘れようとしている』



『お前の罪は消えない』



「やめ、ろ」



 俺にこの世界で初めて居場所を与えてくれた人達が、口々に言い放つ。



『この世界で明確にやりたいことなんかないんだろ?』



 そんな事、俺は言ってほしくない。



『いや、前からだったな。お前には夢も目標も何も無い』



「やめて……くれ」



 その声で、その顔で言わないでくれ。



『無いものだらけのお前に、俺たちは生きる理由を、意味を与えてやってるんだよ』



 そんな事、俺は聞きたくない。



『復讐しろ。恨みを忘れるな。アイツらを憎んで憎んで、憎み続けて、決して許すな』



『心を傾けるな。相手に触れ合おうとするな』



『絶望を忘れるな。希望を持つな』



『それが逃げたお前の贖罪になる』



「しょく……ざい……?」




『そもそも、あの屋敷に居場所はないんだ』



『いや、屋敷どころかこの世界にさえ、居場所はないんだよ』



『だってお前は』



『『『この世界の人間じゃないんだから』』』



「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」





▷▶︎▷




「はぁ、はぁ、ゆ、めか?」


 汗がぐっしょりしていて、心臓の鼓動が速い。


 とんでもない悪夢だ。


 三人の言葉が耳に焼き付いて離れない。

 何度も何度も、今も繰り返し響いている。


「ご、しゅじんさま?」


「シャロ……」


 俺が意識を失ったあとも、ここにいたのだろうか。寝ぼけ眼を擦りながら俺に話しかけてくる。


「大丈夫ですか?」


 その表情が、俺に心を許しているような様が、今の俺には気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、


「うッ!」


 胃からせり上がってくる。


「おぇぇぇぇぇ!」


「ご主人様!?」


 咄嗟に布団から出たが、床に食べた物をぶちまけてしまった。


 意識が朦朧とする。


 何か話しかけられているが分からない。


 俺は……どうすればいい?

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