第10話 石動 健一
頭が働いていなかった俺は、すぐに誘いに乗り、言われるがままに部屋に連れられてきた。
部屋は女の子らしい部屋で、可愛いと形容出来るような家具が取り揃っている。
「ホットミルクでいいですか?」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
「分かりました、そこに座って待っていて下さい」
俺は何をしているのだろうか。そんな考えが頭に巡る。
ぼーっとして待っていると、
「お待たせしました」
と、女の子がホットミルクを二個持ってきて、俺の正面の椅子に座った。
「えっと、名前言った方がいいよね、俺の名前は――」
「イスルギ ケンイチさん、ですよね?」
「あ、ああ。覚えていてくれたのか」
あの時はすぐにそっぽをむかれてしまったから、てっきり覚えていないと思っていた。
「君は、確かリーメア……」
「はい、私はリーメアです。リーメア・エンディング」
「エンディング、ってことはもしかしてフリードの?」
「そうです、あの人の娘です」
やはり、前の俺の想像は正しかったようだ。
「ええと、リーメア。なんで俺をここに連れてきたか、理由聞いてもいいか?」
「そ、それは……」
なにか答えづらい理由なのだろうか。だが、理由だけは知っておきたい。
「ごめん、ほぼ初対面なのになんで部屋に入れてくれたか知りたいだけなんだ。教えてくれるか?」
俺がそう言うとしばらく悩んで、そしてポツポツと話し始めた。
「えっとですね、イスルギさんがお風呂に入ってた時に私もちょうど入っていたのですが、そのー、私は他の人よりちょっとだけ耳がいいので、あのー、聞こえて、しまいましてですね」
聞こえた?何がだ?
思い当たる節は―――
あ、
「それで、どうしても気になってしまったので、前のようにタイミングを合わせてしまいました。余計なことをしてごめんなさい」
そう言ってリーメアは頭を下げる。
恥ずかしさが限界突破しそうだ。病んで、泣いて、喚いて、挙句の果てにそれを聞かれてしまったという事実に顔が熱くなる。
「は、はははっ、なるほどな。それで心配して、わざわざ声かけてくれたってことか。なんかごめんな」
「いえいえいえ、そのっ、余計なお世話だったかもしれなくて、ですから、あのっ」
「いや、そんなことはないよ。誰かが心配してくれてるっていうのが、なんか今は嬉しいんだ」
俺は机に置いてあるホットミルクを一口飲んで続ける、
「もし良ければ、なんだけど……俺の話を聞いてくれるかな」
「はっはい、ぜひ聞かせてください」
「ありがとう―――」
こうして俺は、ほぼ初対面の女の子に自分の思い、考え、そしてトラウマのこと全てを吐き出した。普段ならきっと、ここまで弱音を吐いたりはしないのだが、不思議なことに自分をさらけ出すことにそこまでの抵抗は無かった。言語化することで、頭を整理したかったというのもあると思う。
「―――てな感じで、現在に至るってところだ」
リーメアはとても真剣の俺の話を聞いてくれた。時に頷き、時に言葉を挟みながら聞いてくれたので、話しやすかった。
「ありがとう。人に話せて結構すっきりした」
「すみません、聞いているだけでアドバイスらしいものも出来ずに……」
そう言って謝るが、だいぶ頭の霧が晴れたような気がする。肩の荷がおりたような、そんな感覚だ。
「いや、もう全然平気!めちゃくちゃありがたかった!こっちこそ、急に暗い話聞かせちゃってごめん」
一通り話し終えて、最初の時のような静寂が訪れる。何か話題を、と思うがディープな話の後に何を言えばいいのか分からない。
「あー、あっそういえば。君もたしか固有魔法だっけ、持ってるんだよね」
「念話……のことですね」
「そう、それそれ。今は使えないって聞いたんだけど、何か代償があるとかそんな感じ?」
不死・念話・天気予報、まぁ最後のは置いておいてノーリスクとは思えない。今は使えないというくらいだから、インターバルなんかがありそうだと前々から予想していた。
「いえ、代償はありません。普通の魔法と同様に魔力があれば使えます」
「まじ、か。やばいくらい強いな。ん?じゃあなんで使えないんだ?」
「それは、、、」
リーメアの顔が曇る。
「……そういう術式のせいです。この術式のおかげで私は血を必要とせずに済むんですけど、その代償に固有魔法を封じてるんです」
「なる…ほど」
「あっ、もちろん血を吸えばまた使えるようにはなるんですけど……」
「血を吸ったらマズイ、とかか?」
「そうなんです。私は大丈夫なんですけど、吸われた人間の方に影響が出てしまうので、どうしても吸えないんです」
影響が出る。やんわりそう言っているが、頑なに吸わないようにするくらいだ。よほど重症になるのだろうか。
「あれはどうだ、あの輸血パックみたいなやつ。直接吸わなければ大丈夫なんじゃないか?」
「私も父も初めそう思いました。でも、間接的だと私の方がダメみたいで……。」
「これまた難儀な問題だな。」
血を吸わなければ生きていけない種族でありながら、それができないなんてどれほど苦しいのだろうか。
「でも、血を吸わなくなってから、もうかなり時間が経つので、段々吸血衝動が無くなってきてるんです。なので外に出れない以外に不自由はありません」
「あぁ、だから部屋にずっと引きこもっているのか」
「あっ、いえ、これはその、ただ人見知りなだけなんです。ごめんなさい……」
「あーいやいや、こっちこそごめん。あれ、でも人見知りって言うわりには俺を部屋に連れてきたりしてるよな?」
「そ、れは、あの……私は吸血鬼と人間のハーフなので、初めて会う前から勝手に親近感持っちゃってて……」
なるほど。確かにこの世界に来てから吸血鬼と人間のハーフという存在は見たことがない。それによって奇っ怪な目で見られるなんてこともありそうだ。
かくゆう俺も、まだ1割ほどだが吸血鬼と人間の融合体みたいなものだ。
「なら、もし良ければさ、友達にならないか?」
「え?」
「ほら、俺この世界に来てまだ1人も友達できてなくて。恥ずかしい話だけど」
部屋に1人でいるこの子に俺は助けられた。なら、俺は今度こそ恩返しがしたい。こんな事がお礼になるとは思わないが、それでも俺は出来ることをしたい。
「俺も正直不安なんだ。前まで人間だったのに急に一部が吸血鬼になったりして。君が俺に親近感を持った様に、俺も逆に君のことを近しく思ってる。似た存在同士仲良くできればなって思ったんだけど……どうかな?」
「はい……はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」
リーメアはとても嬉しそうな顔で返事をしてくれた。ここまで喜ばれると俺の方が嬉しくなってくる。
「俺のことは石動って呼び捨てでいいし、タメ口で全然いいから、てかそうしてくれると嬉しい」
「わ、分かりました。……あっ違う!分かった、よ?」
敬語が抜けるのには少し時間がかかりそうだが、そんな様子も可愛い。
「私のことはメアって呼んでくださ……あっ、呼んで。お父さんとお母さんもそう呼んでくれてる、から」
「おっけー、よろしくね、メア」
「はい……あっうん!よろし、く!」
部屋の中に月の光が差し込み、ランプの灯りだけが灯っていた部屋が柔らかく照らされる。
こうして、俺に異世界初の友達が出来た。
▷▶︎▷
「今日も来たようだな……ん?昨日までと顔つきが変わったな。何かあったのか?」
「あぁ、ちょっと友達に遅くまでお悩み相談してもらってただけだ。俺自身の性能はなんも変わってねぇけどな」
「……?まぁやる気ならいい。じゃあ始めろ」
昨日今日で何かが変わる訳じゃない。俺自身が強くなった訳でも、トラウマを完全に克服した訳でもない。
今だって正面に立つのが怖いし、痛い思いだってしたくない。今すぐ踵を返して、逃げて、隠れて、忘れてしまいたい。
胸の奥がきゅっとなって、今にも張り裂けそうだ。
でも、今向かい合う相手に対して俺の足は震えてない。これが答えだ。
敗北も無力感も十分味わった。
弱さも醜い部分も全部俺の一部だ。人間らしい部分も吸血鬼としての事も、全部が俺をつくりあげているんだ。不要なものなんか無い。
それを証明する為に俺は―――
「思いっきり当たって砕けてやるよ。そうしてようやく俺は始まれる。」
深く呼吸をし、俺は走り出した。
過去の自分を受け入れるために
現在の自分へ別れを告げるために
未来の自分に生まれ変わるために
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