魔法少女族のメイラ

焼おにぎり

魔法少女族のメイラ

プロローグ

エリスファエア



「さあ、目覚めなさい」


 まどろみの中で、耳慣れない声が聞こえた。

 ここはどこだろう。ずいぶんと長く眠っていた気がする。

 私は、ゆっくりと目を開けた。


「はじめまして。私のことは分かる?」


 私を上から覗きこむ者が問うてくる。

 えり付きの白衣を着た、十八歳ほどに見える少女。その少女の向こう側には白い天井が見え、ここが室内であることがうかがえる。


「せん、せい……?」


 少女を見ておぼろげに浮かんだ単語を、そのまま声に出した。

 ――自分は、こんなに幼い声だっただろうか。


「すごーい! 大正解!」


 白衣の少女は弾けたように笑った。年頃の娘らしい、屈託くったくのない笑顔だ。


「あなたの将来が楽しみね! どのきょくに配属になるのかしら。 教育局なんてどう? 私と同じチームで働けたら面白くない? それか、魔法局で研究者になるってのも憧れるわよね」


 少女は、寝た姿勢のままの私の髪をふんわり撫でながら、一人でご機嫌きげんに話し続ける。こちらが話の内容を理解しているかどうかなど、彼女にとって大した問題ではないのだろう。

 私は黙って耳を傾けた。


「まあ、就職なんかの前に、長い長い〈学園〉の教育プログラムを修了しなきゃいけないんだけどねぇ」


 ……〈学園〉。

 その単語を聞いて、ひとつの可能性に思い至った。

 私のが、無事に成功したという可能性。


「最近産まれてくる子たちはラッキーよ。年々、少女族の教育レベルは上がっているんだって。エリスファエア様の奪還だっかん戦争に人手を費やしたせいで、学園の運営は大変になってるそうだけど、教育にだけは手を抜けないのね。

 理事会の皆様は、あくまで学園としての性格を貫きたいみたい」


 少女がぺらぺらと語る話を、ぽかんとした素振そぶりをしつつ、じっくりと咀嚼そしゃくする。

 それだけの情報を得られれば、もう十分だ。


「おっと。学園はとんでもない労働者不足だってのに、こんなにおしゃべりしてたらボスに叱られちゃう!」

「………」

「なーんてね。大人の事情なんて、まだ聞いてても分からないでしょ。ごめんなさいねぇ」


 少女はそう言ってこちらに笑いかけたあと、白衣の内側からペンと手帳を取り出して、集中した様子で文字をしるし始めた。

 ……彼女が何を書いているのかは気になるが、内容までは見えない。


 しばらく暇になってしまい、私は部屋の中を見回した。

 左を向けばスライド式のドアが、右を向けば窓のカーテンがぴったりと閉じられているが、室内は淡い乳白色の光で満たされている。光源らしきものは見当たらないから、魔法によるものだろう。

 壁にも天井にも、余計な細工や飾りは一切見受けられない。殺風景といった印象の部屋だ。

 私は、そんな小さな部屋の床面積のほとんどを占める、無地のベッドの上に寝かされている。


 右腕に体重を掛けて、上体を起こそうとした。しかしそれは、白衣の少女に制止されてしまった。


「今日はまだ、ゆっくりお休みなさい。明日は大変だから。なんてったって、個室卒業よ。この部屋を出て、大部屋に移動してもらわなきゃならないからね」


 やがてここでの仕事を終えたらしい白衣の少女は、「また明日ねー」と手を振って部屋から出て行った。

 ガチャン、と鍵のかかる音を最後に、室内は沈黙に包まれる。

 廊下に出た少女の足音が聞こえるかと思ったが、しんと静まり返ったまま、一向に足音がしてこない。部屋か建物が、防音の機構きこうになっているのだろうか。


 私は再度、ベッドから起き上がろうとした。

 しかし、それが思ったよりも重労働だった。なにせ、今の私の体は、頭が重たくて筋力も少ない幼子おさなごの体。


 さて、無事に〈少女族〉として生まれてくることには成功したが、これから脱出に向けてどう動いて行こうか。


 元の自分がどう過ごしているかは気がかりだが、うまいことやっているに違いない。

 バックアップは完璧のはずだから。



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