◼️BLACK DRAGON◼️亡国の勇者〜失意の姫がこの世界を焼き尽くすまで〜

Y.Itoda

第1話 勇者

*【短編小説】

ブラック・ドラゴン 100年に一度蘇る黒竜

の続編となります!

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「何が勇者だ……」


 吐き捨てるようにして剣を振い、憤りを越えた感情をぶつけると、コウモリの魔獣は、無作為に地に落ちた。

 鉛のように重たくなった剣を地面に引きずりながら、森をあてもなく歩く。

 背中にまとわりついた憎しみが、ずしりとのしかかり、絶望のふちの私をあざ笑う。

 ふと立ち止まると、暗闇で赤い眼を光らせた猫型の魔獣も、襲いかかってきた。


 ——三匹っ⁈

 大きさは腰丈ほど。


 咄嗟とっさに剣を握りしめ、力を振り絞るようにして、一気に剣で斬りつけた。

 一匹、二匹、三匹と。魔獣は鳴き叫んだあとに、力なく横たわっていく。

 血で滲んだ手は小刻みに震えていた。力はなく、もはや剣を握ることすらままならない。

 声も涙も枯れ果てた。立っているのもやっとだった。

 ここは、人のよりつかない魔獣の森の中。おそらく、夜明けを迎えることはできないのだろう。

 肌寒く、静まり返った空気が怖かった。


 ……空らっぽのはずの心に恐怖心か。


 そのとき、低いうなり声がして、防御魔法の盾で、瞬時に熊の魔獣の攻撃を回避する。巨大な体と鋭い牙の威力で、少しばかり体が吹き飛んだ。

 立ち上がることはできなかったが、手を伸ばし、残りの全魔力を手のひらに込め、炎を放った。

 魔獣は黒焦げになって倒れる。

 そして、私も力尽きるように地にいつくばる。


「はは」


 まだ抗おうとしている自分に笑えた。

 魔力も尽き欠けている。

 一夜にして全てを失い、何のために?


 まんまと騙された。

 勇者になれると思っていた。

 皆も同じ思いだと。

 きっと私は何者かに担ぎ上げられ、はめめられたのだ。


 ——誰に?


 お父さま……。


 お母さま……。


 自分の無力さと、おのれの利得にまれた人間たちが憎かった。

 届きそうだったはずの月は、今ではずいぶんと遠く、木々の隙間から月あかりが、無情に差し込む。

 私が何かしたのだろうか。祈りは毎日、捧げ日々感謝している。

 初めて、神を恨んだ。


 もう、まぶたも重たかった。

 死というものを初めて間近に感じる。


 お兄さまを助けないといけないのに。


 ……ごめんなさい。


 そう心の中で、月に懺悔ざんげをしたときだった。


 何?

 声がした。


「おい! 何があったんだっ?」


 男の人の声……

 鬼気迫りくる感じだった。

 うまく聞き取れないけど。

 

「ヨシハっ、そんなことよりアルベリア国よ! 回復は私がするから」


 女の人もいる。

 男よりも鬼気迫りくる感じだった。


「ばか、ほっとけるわけないだろ!」

「あんた、何かいやらしいこと考えてるんじゃないでしょうねっ⁈」


 ——え?

 いやらしいこと?


「こんなときに何を言ってるんだっ」


 まさか私は——

 この獣に?


 初めての口づけは、イケメンの王子と決めてたのに。 


 ああ、心が灰色に染まる。

 このまま死のう……。

 そう思った。

 その方がましだ——


 こんなやつに……


 もうじき、まぶたがくっつくはずだ。

 もう、視界はぼんやりとしか見えない。


 あ、最後に少しだけ確認してみよう。


 ……あ、


 雲がかってしか映らないが、思ったより、悪くない、と思った。


 顔はそこそこ良い男ね。


 ……でも、


 さよなら——


「おい! どうした? 大丈夫かっ⁈ イナンナ、早く回復魔法をっ——」

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