4

表情ひとつ変わらず、中牧は2人のすぐ後ろに立ったままだ。


「冬くん、俺の代わりに中牧をぶっ飛ばしてくれないかな?」


「えっ?」


「情けないけど俺には中牧を倒すはない。

でも冬くんなら中牧を倒すパワーも気合いもあると思う。

なぁ、中牧を倒してくれよ。

仇をとってくれ。」


冬児から貰ったティッシュペーパーを鼻の穴にグリグリ詰めて止血している。


「僕が中牧と…?」


「冬くんは正義感が強くて優しい。

クラスのみんなだって乱暴な中牧がいると怖いって言ってるんだ。

俺の為だけでなく、クラスの為にも中牧を倒してほしい。」


シャー


突如、カーテンが開いた。


不意をつかれた2人はーーーー特に潮田は中牧の顔を見て恐怖のあまり悲鳴をあげた。


「潮田、おまえは俺を倒して欲しいって季節原きせつばらにお願いしていたな。」


「言ってない!言ってないよ!中牧くん!

俺はただーーーー」


「嘘をつくんじゃねえよオカマ野郎!

俺はハッキリこの耳で聞いたんだぞ!」


「助けてぇ!冬くん!」


中牧の怒声と潮田の泣き叫ぶ声に、教室内が凍りついた。


小柄である冬児の背中に隠れ、丸まっている潮田に中牧は殴りかかろうとした時、男の担任教師が教室に入ってきた。


「はーい。みんな席に着いて。」


カーテン付近にいる3人を見かけた担任教師は席に着くよう促すと、潮田が鼻血を流していた事に気付き、何があったか心配そうに問いただした。


「潮田君、大丈夫か?鼻血かな?」


中牧は眉間に皺を寄せながら潮田を睨む。


中牧の睨みに心底怯えた潮田は、担任教師に殴られた事は言えず黙って頷いた。


担任教師は潮田の元へ駆け寄り、潮田を保健室へ連れて行った。


冬児は担任教師にひと声かけて了解を得るべきか考えたが、断られてしまう可能性を危惧して何も言わず黙って担任教師と潮田の後を追って保健室へ向かった。


保健室へ向かう3人の後ろ姿を見た中牧は冬児が言いつけるのではないか少し気を揉んでいた。


20分後、3人は教室へ戻ってきた。


潮田の鼻には保健室で処置が行われ綿花が詰めらていた。

鼻血は出たものの鼻骨折やヒビなどはなく、潮田の目からは涙は止まっていた。


1時間目の国語の授業の際、担任教師が中牧を名指しで呼び潮田に対して暴力をふるったことを叱ったと同時に、本人の前で謝罪するのを強要したが、謝ろうとしない中牧を怒鳴り、担任の迫力に押されてようやく中牧は渋々ながら頭を下げた。





5時間目の音楽の授業が終わり、帰りのホームルームの時間も過ぎ去った。


教科書や筆記用具をランドセルにしまっていると、仲の良い男子や女子が冬児の周りに集まっていた。


「冬くん、一緒に帰ろうよ!」


「俺ンチでスイニャンのカードで遊ぼうぜ!」


「はぁ?冬くんはあたし達と帰るの。アンタ達、男子はあっち行ってよね!」


毎度の事ながらみんなからの熱烈な誘いを受けて、冬児は頬を赤らめている。


「お夕飯を食べている時に冬くんの話をしたら、ウチのママが冬くんを可愛いって言ってたよ。」


「俺の幼稚園の弟は冬くんが遊びに来たらすげえ喜ぶんだ!

しょっちゅう俺に聞くんだぜ。

冬くんは今日、遊びに来るの?って。」


「そんな事言ったら私の中学生のお姉ちゃんだって、冬くんの事を弟にしたいって言ってるぅ。」


人気者の冬児は人差し指で頬をポリポリ掻きながら、まだ声変わりしていない声でみんなに言った。


「僕の事を褒めてくれてありがとう。

でもさ、その、うん。

仲良くみんなで帰ろうよ、ね?」


冬児を取り囲むクラスメイトは、みんなを気遣う発言を耳にして、どっと笑い声をあげた。


「ちぇ。」


1番後ろの席で舌打ちをした潮田は自分の置かれた立場とは正反対の冬児に対し、貧乏ゆすりをして妬ましくそれを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る